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孤高の龍  作者: エルフェリア
第2巻【学園】
24/30

第7章ートラブルメーカーー 後編

   3.


「……君は、落ち着くということを知らないのかい?」

 中庭から場所を変え、レックスたちは訓練所にいた。

「学園を見て回りたかったのでしたら、私に言ってください。下手をすればレックスさんに無益な傷害を押し付けられた可能性があったのですから」

 その(はし)っこで、レックスは現在、正座させられていた。

「本当に……許せないわ……とっとと殴らせなさい」

 1人は静かに怒りと呆れを宿し、1人は落胆を宿し、最後の1人はパンッと乾いた音を何度も出してレックスを取り囲んでいた。

「あの……皆さん…………」

 鬼の形相をした3人の後ろで、ユニアはなんとかこの状況を打破しようと声をかけるが……。

「「「ユニア(さん)は黙ってて(ください)」」」

「……はい」

 3人の気迫に押され、ユニアは押し黙る。

「まさか半日足らずでアルフォンスと接触するとは思わなかった。今回は面倒になってこっちに逃げたから良かったけど、もう2度と、自分から接触しないように」

 つい先程と同じ内容を聞かされたのは、これで3度目。流石のレックスもうんざりした表情を隠せない。

「向こうから接触してきたんだが」

「向こうは揉み消す」

 レックスが抗議してもバッサリと切られる会話もこれで初めてではなく、未だ解放される気配は微塵もない。

「しばらくレックスさんは私か皆さんと一緒に行動を。くれぐれも、1人きりにならないでください」

 1人になってもならなくてもアルフォンスが来る可能性は変わらない。むしろユニアを狙っている様子なので遅かれ早かれ再び接触されるだろう。しかし、誰かと一緒ならばどうにかフォローできるだろうし、何より1人にさせればどうなるか本気で想像できないようだ。

 ――バレたらまたうるさいか。

 中断してしまった3階の探索を夜1人でやろうと思っているレックスにとっては、それが新たな壁となった。

「ユニアをあんな危険な目に合わせたのよ?なんでさっきから避けるのよ!」

 口より先に手を出す少女のストレートを紙一重で避けること数十回。レックスよりも先に息が上がっているのは単純にスタミナに差があり過ぎるのだろう。

「…………」

 アルフォンスの元から中庭からにいたキアの元まで飛び降りたのは良かった。だがそこにレイナとティスがいたのはやはり、誤算だったと言うべきであろう。

 まずはユニアの怪我の有無から始まり、食事もせずに訓練所まで直行され、そこでアルフォンスが来ないようティスが手配してくれた。それを知ったユニアは安堵のせいか、ポロポロと涙を流し始めた。

 それがきっかけとなりレイナが笑ってレックスに正座を要求した。その目は笑っておらず、笑顔から滲み出される殺気にレックスは無言で従った。

 そこからレイナの愚痴が始まった。そこへ追い打ちをかけるようにキアが攻撃を開始した。スピードはそこそこ遅いので、レイナの愚痴(はなし)を聞きつつ避ける状況。

 ある程度経緯を説明すると、最後にティスが加わって、今に至る。

 ちなみにリート、アクル、アーミルは鬼の3人の後ろで静観に徹していた。いや、アクルとアーミルは笑いを堪えているのが見える。

「――反省していないな?君」

 ――気付くなよ。

 心の中でツッコミを入れるが、レイナが己の武器である大剣エクスリヴァーを取り出したので、口に出しても変わらないと悟る。

「……今度はなんだ?」

「もうちょっとストレス発散と、昨日の続きかな?」

 茶目っ気たっぷりに答えるレイナだが、殺気は薄まるどころか濃くなっている。完全に獲物(レックス)を逃がす気はないらしい。

「せっかくだから、鬼ごっこにしようか。私が鬼をやるよ」

 先程まで鬼の形相だったのだ。あまり違和感が湧かない。ようやく解放されると思い、キアのストレートを掴んで止めた。

「ちょっ!?」

 そのまま立ち上がり、キアの拳を離してやる。足に付いた砂を払い落とす。

「巻き添えを食らいたくなければ縮こまっていろ」

 キアとティスの間を過ぎて笑いを堪えた2人が逃げる前に頭にチョップをかましてやる。

「いたっ!」

「いっ!?」

 頭を抱えて(うずくま)る2人から目を反らし、訓練所の中央へと無言で歩いていく。

「何を始める気かね?」

 レックスの行動の意図がわからず、リートは首をかしげた。

「鬼ごっこ」

 リートの質問に、レックスは普通に答えたが、レイナ以外は皆意外そうに目を丸くした。

「えっと、遊びの……?」

 再度確認するユニアにしっかり頷いて答えた。

「まずは、見ておくといい」

 そう促され、レックスとレイナから距離を取るユニア。

「まずは色々と質問したいし、今回は魔法は無しね」

 レイナからの提案にレックスが頷いた瞬間、2人は同時に後ろへ大きく跳躍した。

「質問1、合成竜(キメラドラゴン)の攻撃パターンは?」

 質問を終えると同時にエクスリヴァーを大地へ叩きつけ、衝撃波を走らせる。

「基本は暴れるだけだ。だが、充分な時間があればブレスを放とうとしていた節はある」

 レックスはそれを横に反れることで回避。そのままジグザグに走り出しながらレイナへ接近する。

「質問2、ブレスの範囲は?」

 レイナも応えるようにレックスへ接近し、エクスリヴァーを薙ぎ払う。刹那、暴風の刃がレックスの目の前に迫る。

「チャージによるだろうが、ミッセリアが無くなってもおかしくないかもしれん」

 レックスは答えると同時に暴風の中へと突っ込んだ。幾多の刃を最小限の動きで避け続け、無傷で抜けきった。

「質問3、途中で強い光を発していたけど、あれも型の1つだったの?」

 抜けきられることを予測していたように鋭い突きを目にも止まらぬ早さで繰り出す。

「……いや、あれは――――」

 上へ跳躍する事で回避し、レックスの落下に合わせて振り上げられたエクスリヴァーの腹に足をかけ、吹き飛ばされるようにレイナと距離を離した。

「上手くは説明できんが……とりあえずあれは型じゃない」

 空中で回転し、足から着地。力強い踏み込みと同時にレイナとの距離を一気に詰める。

「新しい型でも出来たのかと思ったのに、残念」

 レックスの回し蹴りをエクスリヴァーの腹で受け止める。が、思った以上に力があったのか、今度はエクスリヴァーごとレイナが飛ばされる。

「ま、いいや。質問4、合成竜の身体は何でできていたと思う?」

 レイナも空中で回転し、足から着地する。間髪入れずに接近しようとするレックスへ、質問と共に炎の薙ぎ払いを見舞わせる。

「魔物の身体。それも、元素解離を起こせないギリギリの状態だろうな」

 目の前に迫る炎の波を再び跳躍し、飛び越える。上下左右から繰り出される剣撃をかわしきり、レイナの頭を蹴り上げて、1度体勢を整えるようにレイナから離れた。

「イタッ。も~……。そうそう、君があの時挙げた魔物が全部入っていたよ」

 蹴られた部分を(さす)りながら、補足を加える。それに意外そうにレックスは眉を上げた。

「いつそんなのが判った?」

 "片手"で持っていたエクスリヴァーを両手持ちに変え、レイナは疾走した。

「合成竜の唯一の戦利品(ドロップアイテム)からポンポン出てきてるらしいの。そのおかげで、大地に染みてしまった毒を解毒できる方法が見付かるかもってハーウェルンはやる気を出してた、よ!」

 先程とは比べ物にならない程のスピードでほぼ一足でレックスに接近すると、エクスリヴァーを大きく振り仰いだ。

「そいつは良かったな」

 しゃがみこむように回避し、レイナの手元に拳を放った。

「質問5、ユニアのフリーサイズは?」

「はぅっ!?」

 その拳目掛けて柄を振り落とすが、手を掴まれて一気に上空へ逃げられる。ユニアの悶絶する可愛い声もちゃっかり聞こえた。

「本人に聞け」

 逃げるついでとばかりにエクスリヴァーの腹を蹴って地面に叩き落とすのも忘れない。

「質問6、なんで学園の探索を止めたの?」

 レイナはエクスリヴァーを拾い上げ、何故か追撃する事なく魔力を高めていく。

「答える義理はない。……で、なんでお前は魔力を高めている?」

 距離を取ったまま、レックスもまた魔力を高める。レイナが嫌な笑みを浮かべているせいか、嫌な予感がする。

「最後の質問、アルフォンスは強い?弱い?」

 レックスの質問はしっかり無視をして更に質問をぶつけた。

「弱い部類だな。隙だらけだった。お前は質問に答えろ」

「我が力を糧に、敵を焼き尽くす業火よ沸き上がれ。インフィニティ・エンド!」

 しかしレイナは笑ったまま詠唱を開始する。レイナがエクスリヴァーを突き出したと同時に、地表から百熱の業火が噴き出した。

「虚ろな眼差し、煌めき凍れ。世界に寄りし無垢なる氷精(ひょうせい)に安らぎを与えよ。今ここに氷結の世界よ、顕現せよ。アイシクルフォール!」

 インフィニティ・エンドに対抗すべく、レックスもまた魔法を放つ。極寒の銀世界から氷の龍が何体も出現し、百熱の業火と真正面からぶつかった。

「っ……!どれだけ込めたんだよ……!!」

 氷の龍がぶつかった瞬間から溶けて砕ける。悪態を付きつつ、何度も氷の龍をぶつけ、インフィニティ・エンドをどうにか相殺させる。

「あっ、負けちゃった」

 押し勝てると踏んでいたレイナにとって、相殺されるのは負けと同義だった。

「鬼ごっこも俺の勝ちだ」

 相殺できたことに大きく安堵の息を漏らしながら、静観していたユニアたちへと目を向ける。

「……あれ?」

 首を傾げるレックスと同じ事を感じたのか、レイナも不思議そうにユニアたちを見た。1度目を合わし、2人は同時にユニアたちの元へと向かった。

「ずいぶん口を大きく開けてるけど、みんなどうしたんだい?」

「…………ハッ!え、あ、のその、……終わったのでしょうか?」

 レイナの問いかけによって最初に現実に戻ったのはティスだった。少々しどろもどろになりながら、事の終わりを確認する。

「ええ。今回はレックスの勝ちとなりましたが……」

 見ていれば分かるような結果だったにも関わらず、そんな事を聞かれるのでレイナは困惑した。

「あの、どの辺りが勝ち判定になったんでしょうか」

「え?そりゃレックスが私の頭を蹴り上げた時だよ?あとは私のエクスリヴァーを叩き落とした時?かな」

 続け様にアクルから聞かれ、蹴られた部分を指差しながら説明する。

「……今の、鬼ごっこのはず、ですよね?」

 最後のユニアからの質問に、レックスとレイナはもう1度顔を見合わせた。

「……ふふふ。どうやら、擦り合わせが必要みたいだね」

 数分後。互いの知る鬼ごっこのルールを確認し終えたレイナは、盛大に笑っていた。

「なるほどね~!そりゃ、みんな驚くわけだよねっ。ごめんごめん、まさかそんな違いがあるとは思わなかったよ、うん」

 簡単に違いを纏めるとこうなる。

 1つ、鬼以外は捕まらないように逃げ回る。

 1つ、魔法や武器による攻撃、反撃、妨害は禁止。

 1つ、捕まった人は捕まっていない人が触れることで再び逃げられるようになる。

 これらがユニアたちの知る、鬼ごっこのルールである。対するレックスとレイナの鬼ごっこのルールは1つだけだった。

 武器有り魔法有り妨害有り。気絶させたら鬼の勝ち。逆に気絶させられたら鬼の負け。

「だからレックスは逃げずに戦ったのね……」

 何処か肩透かしを食らったかのようにキアは納得した。

「よしっ、じゃあルールは把握したね?」

 笑顔で手を叩くレイナはユニアたちをぐるりと見て確認する。

「え……」

「レックス、今度は君が鬼をやるといい。もちろん、最初は魔法も無しで手加減あり、でね」

 ユニアたちはレイナの笑顔に唖然と見返す。そんなユニアたちの視線をさらりと流してレックスにあれこれと注文する。

「……寝たい」

 午前中はずっと寝ていたせいもあり、昨日よりも眠気は無い。が、レックスはレイナとの鬼ごっこを終えて、やる気を無くしていた。

「まぁまぁ、気絶有りなんだから、やりなさいな」

 が、レックスは大きく欠伸をするだけで動かない。

「――新作料理、作ったんだけど?」

「っ――!?」

 次の瞬間、レックスは、見事な逃げを見せた。

「あー……うん。食べなくていいから降りてきなさい、レックス」

 瞬き1つで訓練所の最上部にまで登りつめると、レイナの死角になるような場所に隠れてしまった。

「そのまま隠れ続けるなら、魔法当てるよ?」

 そう言いながら魔力を高めていくレイナ。レックスも仕方なく死角から出てくるが、降りてくる気配はない。

「本当に恐怖なんだね」

 ユニアたちも見上げるようにレックスの姿を捉える。

「レイナさんの料理ってどんな――むぐっ!?」

「興味を持つな!」

 ユニアの呟きが最後まで紡がれる事なく口を塞がれる。

「ちょっとレックス。それ、どういう事?」

 青い顔をしたレックスがユニアの背後に回り込み口を塞いでいるのだ。そんなレックスに頬を膨らませて抗議する。

「確か、料理に使った器具は腐敗して、スープはウルフを、メインもどきはギガントオークを倒しちゃうんだっけ」

 ご丁寧に昨日レックスが言っていた事を繰り返したアクルの態度に、レックスは頭を抱えたくなった。

「むっ、失礼だな。スープはオークを倒せるようになったし、メインのお肉で100体くらいの魔物の群れくらいは倒せるようになったよ!」

「ちょっと待て!?なんで進化なんかしているんだよ!?」

 まさかのレイナからの告白に、レックスは本気でツッコんだ。

「当たり前だろう?料理とは、進化するものだ」

「お前の場合は後退しろ!」

 ふふん、と得意気に胸を張るレイナはレックスの言葉を無視した。

「はぁ……。なんか、勝てそうな気がするわ」

 あまりにも馬鹿げた話に脱力しつつ、キアはぼやいた。

「あっ、それと器具は腐敗じゃなくて溶けて原型留めなくなるだけだから」

「地面へのダメージまで心配するレベルに達したのか…………」

 止めの1撃を浴びて、レックスはがっくりと項垂れた。

「えっと、お2人とも、よろしいですか?」

「はい、何でしょう?」

 頃合いを見計らい声をかけたティスへ元気よく返事をするレイナと戦意を喪失させたレックスが青い顔のままティスに視線を向ける。

「それで、鬼ごっこは行えるのでしょうか?」

「……やればいいんだろう、やれば」

 もはや自暴自棄のように投げやりにレックスは答えた。ユニアから手を離し、最初と同じように訓練所の中央へ歩き出す。

「お前たちは好きに攻めてこい。必要に応じて軽くいなしてやる」

「随分余裕なのね。あんなに動き回っていたのに」

 キアは雷槍(らいそう)ハルバードを、リートは光幻剣(こうげんけん)をそれぞれ構える。

「みんな、頑張って~」

「ふん、頑張るまでもなく叩き伏せましょう」

 唯一戦わないアーミルは、動かずにユニアたちに声援を送っていた。

「結局、やるんだね……」

「授業だから、仕方ないよ。行こう、ユニア」

 少々不安げなユニアの背中を押して、レックスと対峙するように陣形を組む。

「やはり彼らは甘いですね」

 ユニアたちには聞こえないよう注意しながら、レイナは呟いた。

「レックスは今、アルミスティアを出せないほど弱体化しているとはいえ、1人でヘルフォードやギガントオークは倒せる力は残っているのに。その程度の事を見抜けないようでなければ今後の戦いは苦戦します」

 (レックス)を目の前にのんびりするのもどうかと思うが、これは嫌がおうにもレックスが叩きこんでくれると信じよう。

「レイナさん。その、レックスさんも言っていましたが、アルミスティアが出せないとは、どういう意味でしょうか」

 レックスの説明はどこか曖昧で、本人以外には疑問が残るのだ。

「アルミスティアはアルミスティア」

 指を1本立てて、普段レックスが言っている言葉を繰り返す。

「あの子の口癖みたいなものです。そもそも、自分の武器の事なのに、あの子も理解できていない部分があります」

 レイナの話に、ティスとアーミルは揃えて首を傾げた。

 武具精製によって生み出された武具はいわば魔力の塊だ。鉄のような硬度を持つことも、ゴムのような伸縮性を持つこともできる。それらの情報を魔方陣に刻み込み、定着化させる。

 魔方陣に刻んだ武具の名を唱えれば、大気の魔力を集めて武具を顕現させる事ができるようになり、逆に武具の魔力を霧散させる事で武具の収納が可能となる。

「あの子の扱う技の1つに、【型】と呼ばれるものがあります。様々な能力を持つ【型】ですが、今のレックスが扱えるのは4つだけ。番号がバラバラなので、他の番号の型はどんなものか、聞いてみたことがあったんです」

 それは『ルシルド大戦』の時に尋ねたこと。型の種類が増えた、という報告も受けていないので、初期から変わってはいないのだろう。

「『型についてはアルミスティアから教わっているから、俺も知らない。』……そう言われました」

 2人の困惑する顔に、レイナはやはりか、と肩をすくませた。

「その気持ち、よく分かります。ですが、1つだけ分かるのは、アルミスティアはただの武器ではないということ」

 ――本当は、もう1つ分かることはあるけど。

 レイナは心の中でそう付け足した。これだけでもレックスに対する見方が変わる者がいる。不気味な者を見るかのような、怯えが見え隠れする嫌な()に。

「やっぱりレックスさんって超人なんですね~」

「へっ……?」

 ケラケラと笑いながら言われた言葉に、レイナは一瞬耳を疑った。

「誰が超人だ」

「ぐはっ!?」

 戦闘を終えたレックスがアーミルにチョップをかます。頭を抱えて(うずくま)るアーミルにやれやれとため息を溢す。

「終わったから寝る」

 ティスは壁に寄りかかって寝ようとするレックスには目もくれずに慌てて中央に視線を泳がせる。

「って、ええっ!?」

 見れば全員倒れていた。大急ぎで安否の確認のため走り出す。

「ありゃ。また傷薬を使わなかったか」

 せっかく大量に用意したものの、昨日も今日もあまり使っていない。あまり日持ちするようには作っていないため、このままでは駄目になってしまう。

「なら、迷幻薬(めいげんやく)を作ればいいだろう」

 寝ていたはずのレックスからのアドバイスに、アーミルはポカンとした後に首を横に振った。

「それって幻術を見破る時に使いますよね~?まだまだそんなのは教えてもらえませんよ~」

「ハインが言っていたやり方なら、傷薬と解毒薬を作る材料で出来るはずだ」

 レックスがそれを告げた瞬間にアーミルは流れるような土下座を繰り出した。

「レックス様、教えて下さい!!」

 ――この子たちは、レックスに対する見方が変わらないみたい。

 レイナが静かに見守る中、レックスはアーミルに迷幻薬の精製方法を教えていく。

 それから暫く経ち……。

「……………はっ」

 キアの目の前にはレックス。その背後には青い空が見える。つまり、自分は寝ている状態だ。

「……あら?えっ?」

 頭の下には柔らかい何かが敷かれているようで、あまり痛くはない。むしろ、レックスに覗かれているこの状態は、もしや――。

「やっと起きたか」

「いっやあああぁぁぁっ!!」

 レックスに問われた瞬間にキアは起き上がり、彼方へと駆けていく。

「…………」

「あっはははーー!もしかしてキア、初めての膝枕~?」

 唖然とするレックスの隣でアーミルが大笑いする。

「うん、ユニアに負けないくらい、中々いいリアクションだね」

 グッと親指を立ててキアを誉めるレイナは随分と目を輝かせていた。

「キアさん、覚えてますか?レックスさんにどうやって気絶(おと)されたのか」

 どうにか落ち着きを取り戻したキアに、他の3人にもした質問をぶつけた。

「皆さんは弱い。それを自覚して、強くなってください」

 口を閉ざすキアへ諭すようにティスは優しい声をかける。

「まずは、各々の問題点を見付けることから始めましょう。それから少し難易度を下げてもらってもう1度やってみましょう」

 ティスを中心に、キアたちは作戦会議を始める。

「……それじゃ、私はそろそろおいとましようかな。次に来る時はレックスが全快になった時だね」

 その様子を眺めていたレイナはおもむろに立ち上がった。その動きだけでレックスは目を覚ました。

「レイナ」

 服についた砂を払い落とすレイナを真っ直ぐ見上げる。

「家庭の事情とやらは、『合成竜(キメラドラゴン)襲撃事件』の事か?」

「それと、『孤高の龍』の件の事だよ」

 それだけ言うと、ティスたちには何も言わずにレイナは訓練所から姿を消した。

「さぁレックス!2回戦を始めるわよ!」

 作戦会議を終えたキアが勢いよくレックスへ掴みかかる。ため息と共にキアを回避して仕方なく立ち上がる。

 今度も手加減などすることなく容赦なく叩きのめす。



 ――翌日。レックスが1期生のSクラスとティスを叩きのめしたという噂が駆け巡ることとなった。

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