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孤高の龍  作者: エルフェリア
第2巻【学園】
23/30

第7章ートラブルメーカーー 中編

   2.


 レックスがミストラル学園にやってきて、翌日。少々ぐったりとした様子でレックスはユニアたちと午前授業を受けるため、教室に赴いていた。

「……………」

 その教室では既にざわめきが起きていた。そのざわめきを作った張本人(レックス)はユニアの肩に頭を預け、寝ている始末。

「……聞く気ないわね、こいつ」

「面白いから、もうちょいこのままだね~」

 呆れるキアと、もはや涙が出るほど笑いこけるアーミルを見比べてユニアは改めて助けを求める。

「これじゃ、授業どころじゃないよ……」

 リスのように頬を膨らませるも、効果は無い。ちなみに、レックスを起こそうと揺すって見たが、それも効果は無い。

「皆さん、おはようございます」

 ガラッと教室の扉を開けて入ってきたのはティス先生。その後ろには黒髪ロングの女性が1人。

「あ……えっと、皆さんにお知らせが1つあります」

 教壇に立ったティスが最前列に座っているユニアたちを見て状況を察する。

「皆さんも気付いていると思いますが、本日から1期生に新しい人がやって来ました。彼の名はレックスさん。家庭の事情から皆さんとは少し遅れて、この学園に編入してきました。クラスはSとなりますが、皆さん仲良くしてくださいね」

「はいはーい!なんで起こさないんですかー?」

 ティスが頭を下げたのと同時に、グサリと刺さる質問が飛び出した。

「レックスさんって~その~彼女とかいるんですかぁ~?」

「ユニアさんといったいどんな関係ですか!?」

「何言ってる!アーミルさんとの関係も気になるだろ!」

 それを皮切りに、あちこちから質問が飛び交う。

「あの、皆さん、落ち着いて――」

「…………」

 慌てるティスとは対称的に、レックスは静かに目を覚ます。肩を貸しているユニアもそれに気付かない。

「穿て、焔の弾。ファイアボール」

「え?」

 収拾がつかなくなる教室の中でレックスの詠唱が聞こえたのはユニアだけ。突如現れた火の玉に気付かない生徒たちだが、その質量はみるみる内に大きくなっていく。

「な、なんだぁ!?あれ!」

 人の身長くらいにまで膨れ上がった火の玉にようやく1人が気付き、次々にそれを指差し始める。

「落と――」

「だ、駄目です!絶対絶対駄目ですっ」

 充分火の玉に注目が集まった所で、後ろにいる生徒目掛けて落とそうとすると隣にいたユニアにおもいっきり抱き締められる。

「「「ああああっ!?」」」

 悲鳴のような声がこだまする。恨みのような悶絶する声もちらほらと。

「……うるさいときの対処法だろう」

 最初のざわめき程度なら問題ないが、先程の質問ラッシュは眠れない。だから黙らせようとしたのだが。

「だからって、魔法は駄目です!」

 ――頑固拒否された。

 仕方なく、ファイアボールは不発させた。ホッとしたユニアが離れると、後ろにいる生徒たちも安堵していた。

「ところでティス」

 先生を呼び捨てするレックスに対するざわめきが起きるが、先程のこともあり、少々控えめとなる。

「さっきの、家庭の事情?は何の話だ?」

 レックスは物心つく前から兄――ロックスと旅をしていた。兄から両親の事を1度も聞いたこともないので、レックスの肉親はロックスただ1人。そのロックスも『ルシルド大戦』で魔王に殺された。

 つまり、レックスは天涯孤独の身であり、ティスの言った"家庭の事情"とやらは存在しない。

「…………レックスさん、後で話し合いましょうか」

 ――レイナの根回しか。

 その一言で全てを察したレックスは面倒くさそうにまたユニアの肩に頭を預けた。

「ひゃうっ」

 ユニアが可愛い悲鳴をあげても無視してレックスはまた目を閉じる。

「あらあら……」

 すると、無言を貫いていた黒髪ロングの女性が柔らかな笑みを浮かべてレックスへと近づいていく。

「これから授業が始まりますよ~」

 にこやかな笑みを浮かべたまま、彼女は拳を握り締め、レックスの顔面目掛けて振り切った。

「きゃあっ!?」

 瞬間、反転する世界。瞬き1つの間に逆転される。

「あらあら……」

 目の前にはレックスと天井。驚きを隠せない女性を暫し観察し、やがて解放して定位置に戻る。

「カテリーヌ先生、大丈夫ですか!?」

 ティスが女性――カテリーヌを助け起こし、身体に付いた埃を払い落とす。

「まさか私が負けちゃうなんて~。強いのね、貴方。ティス先生も、ありがとうございます~」

 柔らかな笑みを取り戻し、感心したようにレックスの頭を撫でようと手を伸ばす。しかし、その手は途中で止まる。

「ふふふ……警戒心が強いのね~」

 そう言って、伸ばしていた手を引っ込めて、ティスと共に教壇に踵を返す。

「……誰だ?」

「私はカテリーヌ・フォンリィーンよ。これでも超近距離打撃専門よ」

 カテリーヌが半身だけ振り返り、ウィンクすると、またも後ろの生徒たちが悶絶の声を上げる。

「え~っと……それでは、授業を始めましょうか」

「待ってください!」

 しかし1人の少女の挙手によって授業は始まらない。

「レックス君をどうにかしてください、ティス先生、カテリーヌ先生!」

 教壇から振り返ったその先には既に寝息を立てているレックスと、そのレックスに肩を占領されたユニアが助けを求めていた。

「……私には無理です」

「ふふふ……ごめんなさいユニアさん」

 ティスとカテリーヌは1度互いに顔を見合わせて、匙を投げた。



「…………」

「ううう…………」

 午前の授業が終わるのは12時丁度。その時間を知らせる鐘が学園のあちこちから響き渡る。その鐘と同時に目を覚ましたレックスは、何故か隣で羞恥に耐えるユニアの顔を見た。

「もう、いいですよね……?」

 触れているので、ユニアがカタカタと震えているのが伝わってくる。だが、ここは程よい日差しが差し込むので寒いよりむしろ心地よい。

「はぁ……もういいわよ、ユニア」

 なぜユニアが震えているのか疑問に思っていると、キアの合図と共にユニアの両手が目の前に迫る。

「あっ!?」

 無論捕まってやる筋は無いため、レックスはそれに合わせてユニアから身体を反らせる。残念そうな悔しそうなユニアと真正面に向き合う形になった。

「……レックス君」

 しかしすぐに真面目な表情になり、声も真剣そのものとなる。

「レックス君のお陰で授業に集中できませんでした。ですから、悪戯をさせてください」

「嫌だ」

 レックスは断ると早々に立ち上がり、伸びをしながら教室を出ようとする。

「絶対、悪戯をします!」

 ユニアもまた勢いよく立ち上がると、レックスを捕まえるため、走り出した。よほど耐え難い状況だったのだろう。

「あっ、ちょっと!」

 キアが慌てて止めるが、既にレックスとユニアの姿は無い。

「追うわよ、リート!」

「お任せを、キアさん!」

 リートは決めポーズをしているが、キアは無視して走り出す。

「お腹減ってるのに、みんな元気だね」

 アクルは追いかけず、見送るように手を振るだけ。

「みんなレックスさんを追っかけちゃったけど、レックスさんって寮の食堂は知ってても、学園の食堂は知らないっすよね~。ティス先生が案内してくれるのにな~……」

 完全に居なくなったのを確認してからのんびりと食堂へ向かおうとしたところで、アーミルがふと気付く。

「お待たせしました皆さん。それでは食堂へ……あれ?レックスさん、は?」

 そこへティスが教室へ戻ってくる。しかし、ユニアの横で寝続けた赤髪の姿が見えない事に首を傾げながら辺りにいないか確認する。

「あ、ははは……」

 アクルは乾いた笑いしかできなかった。



 一方、背中をポカポカやられながら、レックスは気ままに学園を探索していた。行き交う生徒たちから様々な視線を浴びながら、レックスは気にする様子もなく突き進む。意識を辺りに散らして害意が無いかの確認も忘れない。

 ちなみにキアとリートは最初の分岐点をレックスたちとは別の方向へ向かったようなので、合流しないように逐一気配を探っている。

「……このくらいか」

 昨日は魔力切れを起こし、終始ユニアたちと一緒だったために、学園の探索が全く出来なかった。なので、ここがどのような構造か把握していない状況下だ。

 万が一の事が起きる事は無いかもしれないが、今のように逃げる前に相手に見付かる可能性が高い事を考えると、ミストラル学園全体を見て回る必要がある。

 入り口がある1階部分の探索を終えたので、2階の探索に向かおうとすると、制服が引っ張られる。

「レックス君、どこに行こうとしていますか?」

 振り返れば、ユニアが怯えた様子で制服をギュウッと握り締めていた。

「1階の探索が終わったからな。次は上だ」

「だ、駄目、駄目です!」

 引っ張りが強くなるが、レックスは気にせず登る。

「この上は2期生のクラスがあるんです!用もないのに行ったら大変な事になります!」

 引っ張りを止めないので、ユニアもつられるように階段を登っている状態だ。

「だからなんだ?言っておくが、2階の探索が終われば3階の探索だからな」

 もはやユニアの顔からは血の気が引いていた。

「なら、せめて出入口の階段からにしてください!あそこの階段から直接調合室へ行けますから!」

 昨日アーミルも登っていったあの階段は、1期生用の調合室へ行ける唯一の場所である。あそこからならば2期生のクラスまで繋がる道は無い。

「気配で探り済みの所を探索する気はない」

 ――そんな無茶苦茶な!?

 そんなユニアの気など露ほども気にも止めずについに2階に足を付けるレックス。

 瞬間、幾多の視線がレックスを射抜く。それは、1階で感じた好奇や羨望などのような優しいものではない。

「…………」

 苛立ち、そして殺気。レックスは暫しその場に留まったが、1度目を細めてから、1階の時と同じように臆することなく、歩き始める。

「…………ところでユニア」

 歩き始めてから数分経っても視線の数は減らず、むしろ増している。レックスはもはや慣れたものではあるが、背後にピッタリくっつくようについてくる人物にいつもの通りに呼び掛ける。

「嫌なら引き返せばいいだろう。何故ついてくるんだ」

「うぅ……だって……」

 蛇に睨まれた蛙の如く、萎縮しまくるユニアに、それ以上の会話は不可能だった。レックスは肩をすくませたが、引き離すこともせず、とりあえずユニアのやりたいようにやらせることにするのだった。

「多少異なるようだが、概ね把握できたか」

 更に数十分と時間をかけて、レックスは納得したように1人頷いた。

「もう、1階に……」

「無論、このまま3階だ」

 すかさずユニアが撤退を提案するが、レックスはばっさりとその提案を切り捨てる。

「そこの1期生、待ちたまえ」

 2階の探索を終えたレックスを1人の生徒が呼び止める。その声に、ユニアは聞き覚えがあった。

「先程からいったい何をやっているのだね?」

「ただの探索だ。そちらの邪魔をするつもりは無い」

 平然と返すレックスの背中越しに対峙している人物を見る。

 ――アルフォンス様……!?

「おや?ミセリア殿ではないか!ようやく私の誘いを乗ってくれる気になったのだね!」

 しかも相手は目敏くユニアに気付いて両手を広げて歓迎してきたのだ。

「知り合いか?」

 ユニアが否定する前にレックスがとんでもない事を尋ねてきた。

「貴様、アルフォンス様を知らないのか!?」

 ユニアが唖然とする中で、アルフォンスの取り巻きの1人が鼻息を荒くしてレックスを見下した。対するレックスの態度は変わらず、何かを思い出すように顎に手を当てた。

「アルフォンス……。あぁ、『孤高の龍』とかいうつまらない事を吠えてる奴か」

 ……もはや開いた口が塞がらない、とは正にこのことだろう。

 『孤高の龍』は世界的栄誉。莫大な褒賞金もさることながら、多くのギルド員が求めるのは"英雄"として讃えられることだ。

「――レックス君!」

 おもいっきり制服を引っ張り、レックスの耳を寄せさせて急いで忠告する。

「今のは禁句です!今すぐ謝ってください!」

「……悪いが訂正はしない」

 真剣に、心配するユニアを見つめ、しかしレックスは、首を縦には振らなかった。

「まだ3階の探索が終えていない。……強硬突破か?」

 その一言は、ユニアを愕然とさせるには充分だった。レイナは確かにレックスに向かっていっていたのだ。


『相手は王族貴族ども。薙ぎ倒す相手としては、これ以上ないくらい相性最悪の相手だ』


 それは一重にレックスを護ろうとしてのことだと、ユニアは思う。そんなレイナの思いを踏みにじるかの行為に、ユニアの瞳に涙が溜まっていく。

「止すんだ、君たち。お前が例の編入生か。なるほど、私に取り入ろうとしてミセリア殿を連れてきてくれたのか」

 アルフォンスは取り巻きたちに手を上げて制止し、自ら最前線に躍り出る。そして舌舐めずりをしながら、レックスの背後にいるユニアを上から下まで観察する。

「……取り入る?」

「隠さなくていい。したっぱくらいには使えるかと思えたが、ふむ。伝令くらいに昇格させようか」

 アルフォンスの話が見えず、首を傾げるレックスに、ニタリと笑い、片手をレックスへ差し出した。

「ミセリア殿を渡すがよい」

 アルフォンスが差し出した手は、レックスに向けられたのではなく、ユニアに向けられたと分かる。そしてアルフォンスのその言葉は、制服を握る力が今までで1番強くなっているユニアの意思を無視した言葉であることも。

「………………」

 レックスは無言のまま、動じない。

「何をしているのだ?早く渡すのだ。私はミセリア殿とたっぷりと語り合いたいのだからな」

 高笑いするアルフォンスの実力がどの程度高い基準となっているかは知らないが、確実に激務で疲れた状態のレイナよりも格下である事は気配で充分判っていた。

「……ユニア。お前はどうしたい?」

「えっ……」

 だからアルフォンスを無視し、レックスはユニアに聞いた。背中越しなので、ユニアの顔は見えないが、驚いているのは今の一言で伝わった。

「アルフォンスのよくわからない話に応じるか、逃げるか」

「貴様っ……!アルフォンス様を呼び捨てとは何事だ!」

 癇癪を起こした取り巻きの1人がレックスへと迫る。掴みかかろうとした手を取り、ついでに足を払って宙に浮かせた取り巻きを横に投げ飛ばした。

「ぎゃあっ!?」

 受け身を取ることもできずに壁に激突する取り巻きに、レックスは不思議そうに首を傾げた。

「受け身は取れたはずだが…………?」

 手加減しかしていないので、反転して着地、猛追されるかと思っていたレックスにとって、それは意外な盲点であった。

「…………うぅ……キァ、ちゃん……」

 今この場にいない友へ、ユニアは助けを求めていた。その声は、1番近くにいたレックスにしか聞こえず、しかしレックスの次なる行動を決するにはそれで足りた。

「……仕方がない、か」

 1番肩をすくめたが、あちらが襲ってくる雰囲気ではなさそうなので、意識を散らすだけではなく、魔力も薄く広げてより広く内部を探る。お目当ての気配は外――中庭で動き回っていた。

 ――探索はここまで、だな。

 レックスは1人頷き、1番近い窓に手をかける。そのまま勢いよく開け放った。

「いきなりどうかしたのか?」

 レックスの行動に首をひねっていると、背後に隠れているユニアの手を掴み、無理矢理前へと押し出した。

 ようやくユニアを差し出す気になったのかと勘違いしていると、いきなりアルフォンスの目の前でユニアを抱き上げたのだ。

「ひゃあっ!?」

 俗にいう、お姫様抱っこ。ユニアは悲鳴を上げるが、抱き上げた本人は涼しい顔。

「き、貴様っ!今すぐミセリア殿を降ろせ!命令だ、命令!」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアルフォンスに対し、レックスは睨みと共に殺気を放つ。

「ひぃっ!?」

「俺はお前に取り入るつもりは毛頭ない」

 途端に竦み上がるアルフォンスに短く伝えると、レックスは数歩後ろへ下がり……。

「え………あ……ひゃあああっっ!!?」

 駆け出し、軽く跳んで窓の枠に足をかけると、青空へ――いや、下に広がる中庭へと跳躍した。

 悲鳴を上げるユニアをしっかり持ったまま、中庭に転々と立つ木々を伝い跳びし、無事地面に着地した。

「なんだとぉ!?」

 レックスが開け放ったままの窓から身を乗り出して驚愕するアルフォンスよりも、目の前に迫る3人の鬼の存在に、レックスは逃げるタイミングを間違えた事を悟るのだった。

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