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孤高の龍  作者: エルフェリア
第1巻【始動】
17/30

終章ー始まりの出逢いー

「はぁ~~~~~~…………」

 ミッセリア、ギルド本部最上階にて。

 ようやく終えた仕事に、レイナは机に突っ伏して長いため息を溢す。

「ネチネチネチネチと……!私だって知りたいんだよぉ……」

 帰っていった来客の態度を思い出し苛立ちを募らせるも、次の瞬間には泣きそうに崩れる。

「お疲れね、レイナちゃん」

 ハーウェルンと共にソファーに座るハインシュタインは頬に手を当てながら、レイナに労いの言葉をかける。

「仕方あるまい。レックスがやった事はそれほど大きいことなのだからな」

 すっかり冷めたコーヒーを飲みながら、ハーウェルンは肩を竦めた。

「…………」

 『合成竜(キメラドラゴン)襲撃事件』。そう名付けられた今回の騒動は、レックスの活躍によって被害は小さくはできたのだろう、というのがレイナたち三大機関の主張だ。対する王国や帝国はというと、たった1人で討伐に当たらせたのは危険な判断であり、我らの騎士団の力を持って事を成すべきだったと紛糾した。

「レックスちゃんが合成竜を倒したのは良かったけど、色々謎は残ったままよね」

 そう。不測の事態にも対応できるよう、ミッセリアの各所にギルド員を配置していた。レックスが合成竜の攻撃を防いだ時の衝撃は辺りにいたはずのギルド員には伝わっていたはずだ。だが、レイナがあの場に駆け付けた時、リオンとゼウス、一緒にいたユニアたちだけが、救助を行っていた。少し離れた所で救助しているかとも思えたが、結局のところ、配置していたギルド員はおらず、またその後の足取りも掴めていない状況となっている。

「レックスが手にしていたあの黒宝玉。合成竜の戦利品(ドロップアイテム)と見ていいだろうが、何かの力の塊だった、としか判明出来ておらん」

 倒れたレックスの側に転がっていた漆黒の宝玉は、既にアルタスクにて解析中。残念ながら、有益な情報は見つかっていない。

「ところで、ユニアちゃんとも話し合いをしたいって言ってもう1週間よ?レイナちゃん、時間取れてるの?」

 ハインの言葉に、レイナは力なく首を振る。

「ユニアはいつでも平気。でも私が身動き取れない」

 何故あの場にユニアがいたのか。あの少年はどうやってあそこまで移動したのか。あの時、いったい何がどう繰り広げられていたか。

 その全てを知っているであろう彼女に会えないのは、正直痛い。

「レックスちゃんは峠を越えたばかりで、目を覚ますには時間がかかるわね」

 合成竜の放つ毒の障気(しょうき)を浴び続けたレックスの身体は、満身創痍だった。事態を把握したレイナは、レックスとユニアを連れハインの所に直行。すぐさまハインが解毒薬の投与と治療に全力を尽くし、ひとまず危機は脱した。

「だが、レックスは【零の型】を始めとする多くの型 を大勢の前で使っただろう?その反動はどうなのだ」

「他の型だけなら、レックスの負担にはあんまりならないかな。でも、【零の型 絶対秘閃(ひせん)】は別と見たほうがいい」

 レックスのみが扱える【型】。とりわけ【零の型 絶対秘閃】の反動は凄まじく、峠を越えた今は、その反動によって深い眠りに落ちている状態と言えるだろう。

「そのせいでレックスちゃんの力が存分に伝わっちゃったのよね。あんな存在は我らの求める『孤高の龍』ではないなんて言われちゃうし、レイナちゃんの私兵とまで言われちゃうし、嫌になっちゃうわ」

 その言葉に、レイナは深く沈んだ。目的としては、レックスの力をそこそこに見せ付けて、新たな英雄『孤高の龍』として担ぎ上げるつもりだった。

 合成竜によって、それは叶わぬ夢となったが。

「それもあるが、今はどうレックスを守るかではないのか?」

 多種多様の魔法を使いこなし、近距離遠距離でも物理攻撃を繰り出せる存在など、貴重で他ならない。それに加え、【零の型 絶対秘閃】のような他と一線を画する力を目の当たりにしたのだ。欲しがらない者はいない。

「あー……それについては、ね」

 机に突っ伏していた頭を上げて、レイナはある1枚の紙を2人に見せた。

「これ、レックスの編入届け。レックスが回復次第、ミストラル学園に入れちゃうつもり」

「あら、考えたわね」

 学園は第三者の権力の介入が出来ない神聖な場所とされている。このままここに居させて王国や帝国の脅威に晒されるよりも安全であると言える。

「とりあえず、これでレックスの件は片が付く。残るのは……」

「あの銀髪の少年か」

 ハーウェルンの返答にレイナは頷いた。

「あの子の身体は健康体そのものよ。正直、昏睡状態の原因は不明」

 合成竜の毒を浴びていたこともあり、検査は実施済み。しかしながら、前回と異なる結果は無かった。

「リオ兄とゼウスに頼んで、聖魔の森の再調査をしてもらったけど、魔物がちらほらいるようなった以外、変化は無し」

 最初にレックスが少年を保護した状況の確認と現在との相違点の洗い出しも似たような結果に終わった。

「レックスからの報告も、別段変わった事は無かったな。……あ、でも」

 ふと、あの日の事を思い出す。報告を受けた時、レックスは気落ちしているようだった。それともう1つ。

「どうしてレックスは、あの少年を気にかけたんだろう?」

 椅子を回転させて、窓の外に広がる青空を見上げる。

 見上げる青空は何も返さない。それは、当事者であるレックスのみが知る真実だった。



   +゜*。+゜*。+゜*。+゜*。+゜*。



 ――そこは、『聖魔の森』と呼ばれる魔層(ダンジョン)

 そこに足を踏み入れる人物がいた。

「………………」

 何かを警戒するように辺りを見渡しながら慎重に歩みを進める。その手には、蒼い刀身の片手剣が握られている。

 ギルド特注の赤いコートに身を包み、首に巻かれた白いマフラーは何かの血を浴びたかのように赤黒く汚れてしまっている。

「…………妙だ」

 警戒を怠ることなく、彼はポツリと呟いた。この『聖魔の森』と呼ばれる魔層は、『魔物が存在しない』ということで有名な魔層である。

「――!」

 ガサリと草むらが騒ぐ。振り返り際に片手剣を一閃させる。

「ギャンッ!」

 動物の声とは言い難い悲鳴を上げて、ウェアウルフは身体を真横に裂かれ元素解離(げんそかいり)を引き起こしながら死に絶える。身体に返り血がかかるが、魔物の軍団との戦闘を終えたばかりの身体にはせんなき事であった。

 更に奥へと向かいながら、現れてくる魔物をことごとく返り討ちにしていく。それらを相手にしつつも、彼は思考を巡らせる。

 なぜ魔物がいないと言われている魔層で魔物に出会うのか。徐々に魔物の数も強さも増しているのか。そして何より――

「どこに……いるんだ?」

 極力魔物との戦闘を避けながら、彼は最初と変わらず頭を巡らせ続けた。その姿はまるで、何かを探し回っているようで。

 その答えは、彼が足を止めたことで判明する。

「…………」

 身を屈め、息を潜める。生い茂る草むらに隠れる彼の視線の先には2体の魔物の姿。

「ナンデアンナツヨイヤツガアソコニイタンダ!」

「トニカクイマハココニカクレテヤリスゴスゾ!」

 先程の軍団との戦闘中に早くも逃げ出していた魔物たちであることは、この会話を聞いただけで充分だった。

 早々に片を付けて帰路に着こうと、片手剣を僅かに持ち上げる。魔物はまだ彼の存在に気付いていない。

「ザコモムレテキヤガッテ!」

「ダガココハヤハリヘンダゾ?」

「アノヘンナコゾウノシワザダロウ?」

 ――変な、小僧……?

 魔物たちの会話に、彼は興味を示したように剣を地に下ろす。

「チカヨルコトモデキナイナンテ、ジンゾクドモガデキルコトナノカ?」

「イイヤ、キイタコトガナイゾ」

 首を傾げる魔物たちは、唐突に身を強張らせ、辺りを見渡し背中合わせとなる。

 ――気付かれたか?

 いつでも飛び出せるようにしておきながら、魔物たちの動向を探る。

「ナンダ……!?ナニガイル!?」

「クルナラコイ!ヤツザキニシテヤル!」

 その様子は草むらに身を隠す彼に気付いているわけではない。

「――!?」

 次の瞬間、彼にも悪寒が走った。あの魔物たちのように取り乱さなかったのは、本能的にその行為が危険だと悟ったからだろう。

「っ――!」

 突風が、彼の視界を遮る。

「ウギャアアアァァァ!!」

「グハアァァァァ!」

 辺りに響く、追っていた魔物たちの悲鳴。突風が止んだ時、彼の目に映ったのは大量の血を流し、元素解離を起こした魔物たちの姿のみだった。

「…………」

 彼は目を閉じて、より辺りの気配に意識を巡らせる。

 ――まだ、近い。

 彼は目を開けて強い気配を放つ存在へ向け、身体を低くしたまま森の中を疾走した。

「邪魔だ!」

 剣を閃かせ、進行の邪魔をする魔物を次々と薙ぎ払っていく。目的の魔物たちは倒された。もう隠れる必要はない。それよりも、その魔物たちを葬った存在が何者か、確かめる必要がある。

 今はまだ残る気配を辿るのみ。彼のスピードは魔物を葬る瞬間でも衰えない。だが、追う存在との距離は開きつつある事は、彼にも分かっていた。

「……鬼ごっこはおしまいか」

 引き離される直前に、グンと気配が強くなる。必死の追従は無駄にはならず、彼は光指すその場所へ、一気に駆け抜けた。

 降り注ぐ暖かな陽光に、彼の目は眩んだ。その隙に攻撃されるかと危惧したが、それは徒労に終わる。

「…………なっ」

 気配は消えない。彼は目元に影を作りながら、その気配の方へと近付き、驚いたようにその足を止めた。

 1本の大樹が全身で太陽を浴びているその根本に、身体を丸め、規則正しい呼吸を繰り返す1人の少年がそこにいた。

「……寝て、るのか…………?」

 銀髪の髪に見たこともない服に身を包む少年に気を取られ、背後から迫るもう1つの気配に気付けなかった。

「――!しまっ――」

 ――バチバチッ!!

 気付いた時にはもう間に合わない。咄嗟に頭を護るようにして腕を上げた直後。彼と魔物の間に激しい火花が散った。

「!?」

 それが銀髪の少年が放つ結界の仕業だとはその時の彼には分からなかった。

「っ――アルミスティア!」

 難を逃れたことに感謝しつつも、目の前に迫る魔物の排除を最優先する。彼の呼び声に応え、片手剣(アルミスティア)は赤く輝き、瞬間青白い炎を身に纏わせた。

炎幻刃(えんげんは)!」

 振り上げと共に天へと立ち上る青白い炎は、魔物を容易く飲み込み葬る――はずだった。

 ザワリと空気がざわめいたと感じた時には既に彼は横に跳躍していた。

「変異種……!?」

 彼がいた場所を陥没させ、頭を1振りするだけで青白い炎を霧散させる変異種。

 その名は、バァーベントウルフ。狼のような顔に、口からはみ出る鋭い牙。身体は毛皮に覆われているが、その毛はハリネズミの如く細く硬く尖っている。

 血のようなつり上がった瞳で彼を追いつつ、血が凝固したような爪を地面から引き抜き、その爪を地に着ける。

 バァーベントウルフは、獲物を逃がさんと、突進する。そのスピードは、瞬き1つの間にゼロ距離まで詰められてしまうほど、速い。

「ちっ……!アルミスティア!」

 舌打ちし、更に横へ後ろへと逃げていく。牙の襲撃をすんでの所でかわし、代わりに片手剣から大剣へと巨大化したアルミスティアをその喉元に突き刺した。

 ――ガキィン……!

 響く金属音に、彼は戦慄した。突き刺さんとする大剣をその牙で受け止められていたのだ。そして煌めく赤い爪は、一時動きを止めてしまった彼を大樹まで吹き飛ばした。

「がっは……!」

 背中を激しく打ち付けて、彼は肺の空気を吐き出した。受け止めた大剣を吐き捨てて、バァーベントウルフはゆっくりと彼に近づいて行く。

「くっ……」

 ズルズルと大樹に寄りかかったまま、彼はズキリと痛む足を見る。どうやら吹き飛ばされた時に足もやられていたらしい。

 涎を垂らして尖った牙を濡らすバァーベントウルフへ魔法を放つため、魔力を高めていく。

 ――バチバチッ!!

「!?」

 再び鳴り響く火花に、彼は驚いた。まだ魔法は発動させていない。


 ――『邪魔を、しないで』


「は……?」

 頭に響く謎の声は、大きなうねりとなって仮初めの姿を映し出す。

「………………りゅ、う……?っ!」

 彼が呆けた時、仮初めから強烈な突風へと変わり、彼は思わず目を閉じた。

 あの葬られた魔物の時と同じように、バァーベントウルフの悲鳴が耳をつんざく。風が勢いを弱め、そよ風と変わる頃、彼は閉じていた目を開けた。

「……………………」

 (あか)と蒼のオッドアイを持つ少年が、彼の目の前に立っていた。その背後には、バァーベントウルフが元素解離を起こして大気に溶けていく姿が見える。

「……お前が、やったのか?」

 戦闘音が起きても、目を覚ます素振りがなかった白銀の少年を見上げ、問いかける。


 ――『教えて』


 口を綻ばせ、少年は願う。


 ――『君の、名前』


 少年の口からは声が発せられていない。頭に響く声がその証拠。

「――レックス」

 逡巡(しゅんじゅん)し、彼は答えた。


 ――『……レックス。君が、果たす者(レックス)


 言い聞かせるように、少年はレックスの名を繰り返し呟いた。1度目を閉じて、少年はレックスへ手を差し出した。

「何の真似だ」

 手元にアルミスティアは無い。拳を握り締め、レックスは警戒心を隠すことなく立ち上がる。


 ――『僕らは同じ』


 警戒するレックスをすり抜けるように、少年はレックスの手を握り締めていた。


「っ――!!」

 全身から力が抜けて、レックスは少年に覆い被さるように倒れ込む。少年は全身で受け止めて、離さぬようにギュッと抱き締めた。

「……アル、ミスティア」

 気を失ったのはおそらく一瞬の(あいだ)のこと。レックスは少年に寄りかかったまま、アルミスティアを呼び戻す。

 蒼から赤へ色を変えたアルミスティアは、少年の真上に顕現する。


 ――『……そっか』


 少年は落ちてくるアルミスティアから逃れるようにレックスを突き飛ばす。

「お前は……」

 力を根こそぎ盗られたかのような脱力感にレックスは襲われていた。大樹に背を預けることで倒れ込むのを未然に防ぐ。


 ――『僕らは、目醒めの時を待とう。ずっと』


 柔らかな笑みをたたえ、少年はふらりと地面に倒れる。

 辺りに空気が割れるような音が鳴り響き、レックスは空を見上げた。レックスの瞳には何も映らない。だが、少年が施していた何かが砕けた事は理解できる。それが、今少年と話す最後の機会であったことも。

「…………」

 大地に突き刺さったアルミスティアを引っこ抜き、倒れた少年と空を交互に見比べる。

「――アルミスティア」

 彼の武器は、赤い輝きを湛えたまま。レックスは納得したように1つ頷くと、少年の元に座り込む。肩に手を置き、軽く揺する。

 起きる気配は無い。それを確認すると、空いている左手で少年を担ぎ上げた。

「……魔素(マナ)が濃くなっているな」

 まるで、魔層(ダンジョン)の主が倒された時のように、辺りに満ちる魔素が強まっている。行きだけでも相当の数の魔物を相手にしてきた。だが、帰りはもっと凶暴化した魔物たちの襲撃に遭うことになるだろう。

「全て、1撃」

 レックスの言葉に呼応するように一際強く輝いた。それを見届けて、レックスは来た道を戻り始めた。

 太陽の光が木々によって遮られた瞬間、一回り小さいバァーベントウルフが草むらから飛び出す。次いで、その反対からも木々を薙ぎ倒したギガンドオークが姿を現した。

 レックスはアルミスティアをより強く握り締めたまま、身体を1回転させる。アルミスティアから(ほとばし)る紅蓮の焔は、木々を避けて2体の魔物の真ん中に命中する。

「……弱い」

 炎に焼かれ、息絶える魔物を一瞥し、レックスは突き進む。宣言通りに現れてくる魔物を1撃で沈めても、レックスの表情が晴れることはなかった。



   +゜*。+゜*。+゜*。+゜*。+゜*。



 『合成竜(キメラドラゴン)襲撃事件』から2週間の月日が経った頃、レイナはギルド本部裏手にあるレックスの部屋を訪れていた。

「おーい、レックスー?起きたー?」

 ノックも無しにズカズカと部屋に侵入しながら、この部屋の主を大声で呼んだ。

「あ、ようやくお目覚めだね」

 寝室に足を踏み入れて、ハイネックの黒のインナーを着たレックスを発見する。

「……何の用だ」

 欠伸を1つして、ベッドの上に散乱させた紺色のシャツに手を伸ばす。

「君がそろそろ起きる頃だろ?様子見」

 レックスに近付きながら、レイナは綺麗に折り畳まれた包みを差し出した。

「それと、今日はこれを着てほしい。説明はいるかな?」

 それは、レックスにも見た事がある"制服"だった。

「アル――」

 言いかけて、レックスは口をつぐんだ。

「まだ君は本調子じゃないみたいだね」

 レイナの図星を射る指摘に、レックスは答える事が出来ない。

「君が討伐した合成竜のの後始末で色々とね。とりあえずは君を学園に預けることにした。もちろん、授業も受けてもらうからね」

 これは、メレネシア王国を始めとする各国からの追及からレックスを遠ざけさせるための処置であること。レックスが自由に動けるようにするための称号の譲渡が延期となったこと。レックスが思っている以上に身動きが取れなくなっていることなどを聞かされ、レックスはうんざりしたように息を吐いた。

「それと、もう1つ」

 制服をベッドの上に置いて、レイナは人差し指を立てた。

「君の口から直接聞きたい。あの合成竜は何だと思ったのか。どうして、【零の型】を使うに至った経緯を。全部」

 逡巡(しゅんじゅん)し、レックスは制服ではなく、手にしていた紺色のシャツを羽織った。

「……悲しい竜」

 ポツリと呟いて、レックスはレイナの隣を通り過ぎる。

「…………ん?」

 次の言葉を期待していたレイナは反応が遅れ、ハッとしたように振り返った。既に、レックスの姿は消えていた。

「…………そう」

 ベッドに置いた制服を手にして、レイナは満面の笑みを浮かべる。

「――容赦しない」

 その笑顔はまさに鬼の如し。レイナは折れた大剣エクスリヴァーを持ち上げて、一気に魔力を爆発させる。

 背後から沸き上がる魔力と殺気を受けながら、レックスは蒼く染まる空を見上げた。

 ――あの合成竜の叫びは、誰も知らない。

 身体を無茶苦茶にされ、自ら死ぬことすら許されなかった。死にたいと叫ぶ声を、知っているのは――

 ――いや。もう1人、いる。

 共に少年の声を聞いた銀髪の少女。けれど、もう2度出逢うことはないだろう。



 ……そう思っていたレックスの考えは、早々に崩れ去るのだった。




              第1巻【始動】 了

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