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孤高の龍  作者: エルフェリア
第1巻【始動】
16/30

第5章ー合成竜(キメラドラゴン)ー 後編

   3.


 ――『……クス。…………レックス』

「起きて、起きて下さい!レックス君!」

 意識が、浮上する。目の前に、大粒の涙を流してレックスの名を呼ぶユニアの姿が目に写る。

「……ユニア」

「!よ、良かった……うぅっ…………ごめん、なさい」

 泣きじゃくるユニアを見上げ、レックスは頭を押さえた。

「何が……」

「あの子が、助けてくれたんです」

 直前の記憶が無くなっている。ユニアが指差す先に、その答えはあった。

 たゆたう白銀の髪。その背後に純白の淡く光る胴体が(そび)えている。鋭い爪がある前足や丸まるように弧を描く6枚の白銀の翼は、まるでレックスたちを護っているかのようだった。

 いや、そうではないのだろう。

「あの焔は……まさか……」

 ――『全て、受け止めた』

 少年から発せられる不思議な声の響きに、レックスは困惑した。

 ――『君たちのおかげ。君たちがいなければ、僕らは、ここに来ることは出来なかった』

 (そら)に浮く少年の瞳は硬く閉じられたまま。動くはずの唇も、真一文字に閉じられている。

 ――『今の僕らはまだ、目醒めきれていない』

 脳に直接語りかけるように、少年は言葉を続ける。

 ――『レックス。君なら、あの竜の本当の願いを叶えられるはずだ』

「………………」

 その問いかけは、この少年がレックスと同じ考えに至っているのだということを雄弁に語っていた。

「どういう……こと?あの、叫びと何か関係があるの……?」

 状況を飲み込みきれず、困惑するユニアはレックスの袖をギュッと握り締め、不安げな表情を浮かべている。

「あれは、あの(ドラゴン)の心の叫び、みたいなもんだろう」

 そんなユニアを安心させるように頭を撫でてやる。

「本来なら相容れることなどない何十と越える魔物たちが、あの竜の中に詰め込まれている」

 そう、クロイド遺跡で出会ったガーゴイルも、フリージングの泉に現れたウンディーネの変異種も。――すべてが。

「あの竜を造り出すために、多くの魔物が犠牲になったはずだ。だが、それでもあの竜は、今も"朽ちている"」

 何の目的で造られたかは分からない。だが、あの竜はもうあまり永くは持たないだろう。

「……だからこそ、今も苦しみ、己を喰らい合っている」

 あの"叫び"は、"解放されたい"と願う、魔物たちの願い。それと同時に、本能のままに破壊し尽くしたいという感情を無尽蔵に湧き出され続けている。

「そんな……。助ける事は、出来ないのかな……」

 悲しげに目を伏せるユニアを見ながら、レックスは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「今はその"叫び"は聞こえない。だが、まだすぐ近くにいるんだろう?」

 それはおそらく、銀髪をたゆたやせる少年の仕業。けれど、この白銀の翼の先にあの合成竜(キメラドラゴン)の気配が嫌というほど伝わってくる。

 ――『今の僕らには、あの竜を救う事は出来ない』

 レックスの視線を受け止めるように、少年は答えた。

 ――『だから、今の僕らに出来ることをやった』

 その言葉に、レックスはようやく合成竜から受けた傷が癒されていることに気付いた。隣にいるユニアに視線を写し、外傷がないことを確認する。

 レックスは立ち上がり、少年に1歩近付いた。

「お前は、何者だ?何故、俺たちを助ける?」

 ――『僕らが何者なのかは、君が"よく知っている"』

 思わぬ答えに、レックスは次の質問をぶつけることが出来なかった。

 ――『ねぇ、レックス。あの哀しい竜を、助けてあげて』

 それが叶わぬまま少年は、光を失っていく。

 ――『あの竜は、もがき、苦しんでいる』

 光の消失は、背後に聳える純白の龍も同じ。

 ――『同胞とは言い難い姿だけど、それでも、助けてあげてほしい』

「……助けるさ。あんな哀しい竜、いていいはずがない」

 アルミスティアを握り締め、レックスは断言する。それに安堵するように、少年は地へと落ちる。

「だが、教えろ。お前があそこにいた意味を、俺とお前、ユニアが触れることで起きる現象のことを」

 暫しの沈黙の後、少年はゆっくりと答える。

 ――『あの地は、"龍脈"が眠りし地。そして、"巫女"は今なお君の助けとなる』

「龍脈……?巫女……?」

 それ以上の問答は、不可能だった。

「!ユニア、少年と一緒にいろ。絶対に離れるな」

「う、うん……!」

 ユニアを後ろに下がらせるようにしながら、レックスは空を見上げた。

 白銀の翼から垣間見る濃紫の身体と赤く鈍く輝く(まなこ)。だらしなく開く口からは大量の血が流れ出している。

「…………」

 レックスは歩き出し、白銀の龍の加護の外へと近付いていく。合成竜の瞳が、歩くレックスを捉え、血に染まった牙を覗かせる。

「アルミスティア」

 刀へと戻ったアルミスティアを握り締め、レックスは呼ぶ。

「何かを憎んで、全てを破壊しても、もう元には戻らない」

 蒼い刀身は、レックスの呼び声に応えるように赤く染まる。

「護りたいなら、救いたいなら、強くならなければ、何も出来ない」

 僅かな輝きは、瞬く間にアルミスティアを包み、レックスさえも包み込む。

「だからこそ、"俺たち"は誓った」

 未だ潰えないレックスの闘気を感じ、合成竜は翼を大きく羽ばたかせた。己の血に染まる口内には、再び黒い焔が集まっていく。

 今度こそ、この存在を抹消するために。

「俺たちの大切な者を奪った者を許しはしないと」

 アルミスティアの切っ先を、天へと掲げる。

「今度こそ、大切な者を護りきるために、強くなると。だから――」

 レックスの言葉が紡がれる前に。合成竜は全てを腐敗させ、灰へと還すブレスを放った。

「レックス君!」

 白銀の龍は既に消え失せて、レックスを護ったあの加護はもう無い。少年を抱き締めて、ユニアは届かぬ想いを願う。

 ――それは神には届かない。

 ――それは勝利を確信して。

 ――それは絶望の象徴として。



「俺の全力を持って、お前を在るべき姿に還そう」



 天へと(とどろ)く業火。それは、合成竜の放つ腐敗のブレスを飲み込み、霧散させる。

「レックス、君……?」

 赤く輝く刀を始め、レックスの周りに爪の如く、尾の如く、多種多様の武器が顕現する。それは、まるで、(あか)く輝く龍が現れたかのよう。

「行くぞ、アルミスティア」

 掛け声と共に、アルミスティアの幾筋もの剣閃が合成竜を襲う。目に見えぬ斬撃に合成竜はたじろぐ。だが、それを嘲笑うかのように天から降り注ぐ矢の雨に、合成竜は後退を余儀なくされる。

 それさえも想定済みのように、回転する斧とチャクラムが、腐敗している翼を切り裂き落とす。

「ガアアアアァァァ!!?」

 痛みに悶えながらも合成竜は切り落とされていない片翼をはためかせ、腐敗の烈風で反撃を放った。

 盾1つでそれを防ぐと、毒の障気を大鎌で薙ぎ払う。

「はあぁぁっ!!」

 薙ぎ払ったことで切り開いた道を突き進み、レックスは籠手を握り締め、合成竜へその拳を振り下ろした。

 ――ドゴォォォン!!

 その1撃は、合成竜を地の底へと叩き付けるには充分だった。

 血を撒き散らせ、合成竜は超高温の青い炎を天へと放つ。それを大剣を振るうことで相殺。

「ガアアアアアアァァァァァ!!」

 雄叫びの咆哮は、己を強くさせるだけでなく、レックスの平衡感覚さえも狂わせる。

「っ……!」

 天から地へ。大きく開かれた口に黒い焔をたぎらせる合成竜の姿を捉えながら、レックスは手を伸ばす。

「燃やし尽くせ、ボルケーノ」

 握られた杖から百熱の業火を持つ太陽が現れ、合成竜へと吸い込まれるように落ちていく。魔法を腐敗させる焔を真正面から受けた太陽は、朽ちていった。

 レックスは1対の槍を構え、朽ちた太陽の先にある黒い焔と対峙する。

「っ――!?」

 何度も見てきた黒い焔を前に、無策に飛び込むレックスの姿に、ユニアは口元を覆った。そんなユニアの杞憂を焼き払うように、紅い龍が内側から黒い焔を喰らい尽くす。

 その中心には、赤い炎を纏わせた1対の槍を乱舞させるレックス。

「ぐっ……っ――」

 レックスの口元から、血が流れ落ちる。それを拭うこともせず、 振るわれる凶刃を受け止める。

 濃くなる毒の障気の中で、合成竜はニタリと(わら)う。

「2度も食らうつもりはない」

 合成竜の身体を突き破って出現した尾を、槍から持ち替えた双剣で細切りに変えた。

「ガアアァッ!?」

 驚きに満ちた悲鳴を上げ、勢いのまま尾をレックスへと叩き付けた。レックスは吹き飛ばされるも、空中で1回転し、大地に着地する。

「グルルルル…………」

 ユラリと身体を起こす合成竜の瞳は赤く濁り、血の涙を流した。

「あー……いてぇ」

 口の中に溜まっていた血の塊を吐き出して、無造作に口元を拭った。

 フラフラとした足を踏ん張らせることなく、合成竜は残る力を振り絞るように腐敗のブレスを放つためのチャージを開始する。

「――アルミスティア」

 それを見据え、レックスもまた構えた。レックスの意志に呼応するように、幾多の武器は消え、レックスの手に残る刀へ、力全てを集約される。

 ゆっくりと歩き出し、それは速足となり、やがては駈け足となった。レックスを護っていた輝きも刀へ宿り、合成竜との距離を詰めていく。

 ダンッ!と大地を抉るほど脚を沈めた合成竜の口から、全てを腐敗させ、灰へと還すブレスが大地をめくり上がらせながら、レックスへと迫る。

「無に帰せ。哀しき竜よ」

 ――【零の型 絶対秘閃(ひせん)

 業火を纏った一閃は、ブレス全てを飲み込んで。その先にいた合成竜さえも焼き尽くした。

 そして――合成竜(キメラドラゴン)は見た。

 赤く輝く龍が、己の命を刈り取る様を。つぎはぎに繋がれた数多の魂が天へと還る様を。

 一際強く光が走り、それが死闘が終わった合図となった。



「――!」

 ハッと、レイナは空を見上げた。視線の先には天へと(とどろ)く業火。その炎が何なのか、レイナはよく知っていた。

「…………レックス」

 行かなければならない。けれど、足は動かない。

「っ……」

 ギルドマスターとして、自分はここにいる街人たちを助けなければならない。傷を癒す事は出来ても、完全に毒を取り除く術をレイナは持っていない。もしここで私情を挟んでしまえば、今後ギルドは動きづらくなる。

 ――せめて、ハインが来てくれれば……!!

 解毒薬の調合を任せたハインシュタインが来れば、彼にこの場を任せることが出来る。

「ギルドマスター殿!あの炎は如何様か!?まさか、この場におらぬ合成竜の仕業(しわざ)か!?」

 レイナに見えるということは、当然他の人にも見えるということ。メレネシア王国騎士団隊長が問いただす。

「あれは……」

 言いかけて、レイナは押し黙る。あの炎は、レックスが繰り出したもの。無事だと思うのだが、確証は何1つ無い。

 ――本当に、レックスは無事……?

「待たせたわね!皆~~~!!」

 レイナの不安を吹き飛ばす、ハインの声が遠くから聞こえてくる。顔を上げれば、手をブンブン振るハインの姿が目に入る。

「レイナ。もうここは大丈夫だよ」

 毒霧を払い切ったリオンがレイナの背中を押す。

「さっさとレックスの所行ってこい!レイナ!」

 豪雷斧(ごうらいせん)を肩に担いだゼウスもまた、力強くレイナを送り出す。

「リオ兄……ゼウス……ありがと」

 放心するのも束の間。レイナは決意したように魔力を高めていく。

「彼の者を誘え導け。テレポート」

 行き先はもちろん、北の門の先に広がる草原地帯。

「レックス!――っ!?」

 レックスの名を呼ぶと同時に目の前に広がる光景に目を疑った。

「…………」

 辺り1面、焼け野原。所々は地面が大きく抉れ、隆起している。

「レイナさん!」

 どれ程の死闘を繰り広げていたのかと思案していると、思わぬ人物の声がレイナを呼んだ。

「えっ……ユニア!?それに……」

 地面に座り込むユニアの腕には、医療施設オルガナにいるはずの銀髪の少年が眠っていた。

「レックス君が……レックス君が……!」

 大粒の涙を頬を伝うのを構わずに、ユニアは叫ぶ。そのただならぬ様子に、レイナは身体を強ばらせた。

 ――まさか、あの子!?

「…………平気だ」

 空から全身を炎に身を包んだ青年がユニアの背後に降り立った。

「あの竜が放った、腐敗の毒は全部払った。時間はかかるが、元には戻る」

 平然と語るレックスは、全身から血を流していた。

 足や腕の1部は焼け(ただ)れ、パックリと切り裂かれた傷からは鮮血が頬や手を伝い、レックスの足下は血溜まりとなっていく。

「我らに祝焔(しゅくえん)の癒しよ、満ちよ。リカバリーキュア!彼の者を癒す安らぎの讃美歌よ、響け!ヒーリングソング!」

 ユニアはアクアリウムを天へと掲げ、2つの回復魔法を発動させる。毒を軽減させる効果を持つ焔と、傷を癒すラッパの音色は、レックスを覆う炎によって跳ね返される。

「レックス!今すぐ絶対秘閃を解きなさい!」

 【零の型 絶対秘閃】。

 レックスにとって、最大の必殺技。それは同時に、諸刃の剣。レックスを護る炎は、あらゆる魔法も物理も無効化させる。だが、強すぎる力は、内からも外からもレックスを蝕んでいく。

「……まだだ」

 レックスは首を振り、拒絶の意を示す。

「なっ――!?」

 絶句するレイナから目を反らし、レックスはある1点へと向かい始める。

 一際大きく抉られたその中央で今なお赤黒く燃え盛る炎を一瞥し、レイナはレックスへと詰め寄った。

「今は、何も聞かない。まずは治療を受けなさい!」

 背を向けたレックスを覆う炎は僅かに揺らめき、淡い輝きへと姿を変える。それは、絶対秘閃を解くには至らない。

「レックス君……まさか――」

 あの位置は、合成竜がいた場所。それに気付いたユニアは腕の中で眠る少年へ目を落とす。少年が最後に残した言葉がユニアの脳裏によぎる。

「アルミスティア」

 右手に唯一残った刀は深紅に輝く刀身は、瞬く間にして炎を纏い、レックスは地面が陥没する縁で立ち止まり、少し足を曲げると、一気に跳躍する。

「何を、――!!」

 すんでの所で手がすり抜けて、レイナはレックスを追うように空を仰ぎ見る。

「…………」

 両手で握り締めた刀を頭上に置いて、レックスは赤黒い炎へ向け、それを振り下ろす。輝く業火は龍の姿へと化しながら、赤黒い炎を飲み込んだ。

「くぅっ……!」

 飲み込み、大地に触れた瞬間、業火は大地を舐めるように放射状に広がり、抉られた縁にいたレイナは高温となる熱波に耐えきれずに後ろへ飛びずさる。

「死にたいの!?レックス!」

 熱波を生み出した青年は未だ熱波の中心にいる。必死に声を張り上げるが、答えている様子はない。

「いったい、何なの……!?」

 事態を把握しきれないレイナを余所に、熱波の中心でレックスは刀を薙ぎ払う。

 赤黒い炎の先に煌めく漆黒の魔晶(ましょう)が垣間見える。

「ようやく、届く」

 か細い声を発するその結晶を打ち砕き、レックスの身体から輝きが失われる。

 砕けた魔晶と入れ替わるように、レックスの目の前に掌サイズの漆黒の宝玉が転がった。覗き込んでも闇を湛える宝玉を手にした所で。

「!レックスーー!!」

 ――もはや、限界だった。

 熱波はどこかへと消え去っており、アルミスティアが大気へ溶けていく。

 大地を駆け降りてくるレイナの姿を最後に、レックスの意識は闇の中へ落ちていった。

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