第5章ー合成竜(キメラドラゴン)ー 前編
1.
「きゃあああっ!!」
「う、うわぁぁぁっ!!」
フェアリアルフィールドによって、黒い焔は空中で留まる。空が黒く染まる様を見た人々は、次の瞬間には叫んでいた。
「っ!?なっ――!」
目の前で起こる事態に、レックスは目を見開いた。
輝くカーテンが次第に光を失っていく。力負けしているわけではないのは、感覚で分かる。
「アルミスティア!!」
レックスの呼び声に応えて、アルミスティアは赤く輝いた。
火の攻撃魔法ボルケーノが、黒い焔の上空に出現する。フェアリアルフィールドとボルケーノで焔を挟み撃ちにする状況下で、レックスは歯を噛み締めた。
「ボルケーノが、崩れる……!?」
赤い太陽が、黒い焔に触れた端から"朽ちていく"。それでもその威力は、フェアリアルフィールド同様簡単には落ちはしない。
「魔廊よりいずりし煉瞑の微笑みを最後の笑みとなりて討ち果てよ!ダークネスレインド!」
ケタケタと笑うドクロの顔が施された闇色の鎌が真横に薙ぎ払われる。刹那、闇色の雲が黒い焔を上下に分断させる。闇色の鎌は1度振るっただけで、ボロボロと崩れ落ちて大気に消えるが、ボルケーノが上の焔を、フェアリアルフィールドが下の焔を呑み込むように消え去った。
3つ目の魔法を発動させて、ようやく黒い焔と相殺させることに成功したのだった。
「下は任せる!」
「レックス君!?」
相殺と共にレックスはユニアから握りしめていた右手を離して、バルコニーの柵から跳躍していた。そのままリュリシオン歌劇団の梯子の頂上で着地。足に力を溜めて、別の"型"を発動させる。
――【十壱の型 刀剣乱舞】
赤い炎に包まれたアルミスティアはその姿を大きく変化させる。ショートソード、ロングソード、バスタードソード、レイピア、ダガー…………10を越える刀剣たちが赤い輝きを全身で現しながらレックスの周りに顕現する。
跳躍、周りを駆け巡る刀剣たちを足場にして、空へ空へと一直線に駆け上がる。
大小様々な幾つもの腐敗した翼を広げ、それは己を鼓舞するように吠えた。鱗が所々崩れ落ちた尾をしななせて、濃紫の衝撃波をレックスへと放つ。
レックスはクレイモアを掴むと、大きく薙いだ。赤い輝きは深紅の炎へ。濃紫の衝撃波と衝突する。拮抗したのは一瞬の出来事だった
深紅の炎は朽ち果てて、レックスの目の前に再び濃紫の衝撃波が迫る。
「天明の輝きよ、我が敵を穿て!ライジングランサー!」
炎が朽ち果てるより早く、レックスは追撃を放っていた。柄までもが雷で出来た6本の槍が炎の消滅と同時に衝撃波に突っ込んだ。
衝撃波に触れた槍たちは雷を拡散し、他の槍と重なりながらその威力を急激に跳ね上げる。本来なら衝撃波を呑み込み尽くしても衰えることなく突き抜けていくはずの雷の槍は、衝撃波と共に霧散する。
霧散した影響で煙が辺りに立ち込めるが、レックスはその煙を切り裂き、突っ切る。
「っ……!?」
煙から抜け出た瞬間、レックスの脇を何かが掠めた。それは痛みを伴い、レックスは顔を歪める。しかし止まらず、ついにその存在と同じ高さまで到達する。
「………………」
黒く染まる身体から、なお黒い液体を垂らしながら、ギラギラと赤い目をたぎらせている。背中に生える鱗や羽毛の翼はどれも色褪せ、見える地肌は腐敗の一途を辿っている。
身体の腹には縫合されたような傷跡があり、そこから収まりきらなかった魔物たちの身体の1部が力なく重なっている。
それはまるで、他の者たちも仲間に入れようと手招きしているようにも見えて。
「……アルミスティア」
レックスはアルミスティアを展開させて、幾多の生命を継ぎ接ぎにされて誕生した、この異質の竜へとその刃を向ける。
「楽にしてやる」
再び咆哮を上げる竜の叫びは、己の痛みに悶えるものか、こんな姿にした者への怒りの表れか。
目の前に立ちはだかる小さな存在を葬るために、竜は崩れていく翼を羽ばたかせ、巨体からは想像できない程のハイスピードに一気に到達すると、迷うことなくレックスへの突進を繰り出した。
レックスは落ちることで突進を回避。半数を上空へ、残りを自分の周りに展開させたまま、手を振り上げる。
レックスの意思に応えるように、上空にある刀剣たちから一斉に斬撃が繰り出される。それは、炎を纏い氷を纏い、雷を纏う、7色の斬撃。
不発に終わった突進を急転換させて、竜は斬撃を掻い潜り、その中心にいるレックスへと照準を合わせる。対するレックスは、バスタードソードとクレイモアをそれぞれの手で掴み、柄に着地と同時に真正面から迎え撃つ。
「っ……!」
2つの大剣を軽々振り回し、幾重もの浅い切り傷をその身に刻ませる。迫る牙や爪、しなる尾の打撃をかわしてみせる。しかし、レックスは苦痛に顔を歪め、その巨大の上空へと退避した。
「毒でも撒いているのか……っ!」
先ほどかすった脇腹が特に痛む。自身に回復魔法をかけるよりも先に出た竜の行動に、レックスは血の気が引けた。
目の前に障害物が居なくなったことで、竜は更にスピードを上げていた。このまま行けば、地面に激突する。朽ちて見える身体とは裏腹に、その強度は高い。地面に激突しても傷は残らないだろう。
だが、その眼下に広がるのは逃げ惑う人々の姿。リュリシオン歌劇団のパレード台があることで、より逃げにくい状況下だ。
「っ!?舞い上がれ旋風、フォレストゲイル!」
そこに毒を振り撒く竜が落ちれば、辺りは死者の山と化す。
レックスは咄嗟に竜を空へ押し上げるため、下から巻き上げる竜巻を発現させる。
竜はフォレストゲイルを直に浴び、身体の1部である鱗や羽根が剥がれ落ちる。それは濃紫の霧へと変化していった。
「まさかっ――!」
先ほど脇腹に擦ったものは、霧となる前の身体の1部。同時に今落ちているものは猛毒の霧へとなっているのだと悟る。
その毒霧を対処する前に、フォレストゲイルの風を飲み込んで急上昇する竜を相手にしなければいけなかった。
レックスは奥歯を噛み締めながら、竜巻の勢いを味方に付けた竜の突進を、幅広の刀剣たちを重ねることで受け止めた。
途端に満ちる毒を含む空気に、レックスは耐える。防御に使わず、背後に従えていた細身の剣で竜の武器である牙や爪を切り落とさんと振るわせる。
「っ――がっ!?」
細身の剣たちを弾き飛ばして繰り出された尾の攻撃に、レックスの反応は一瞬遅れた。
間一髪で大剣の1つを滑り込ませるが勢いは落ちず、レックスは強い衝撃を食らい、彼方へと辺りの剣もろとも吹き飛ばされた。
――ドガアアァァァァン!!
「うっひゃあああぁぁ!!?」
聞き覚えのある悲鳴と身体中に走る痛みを感じながら、レックスは血を吐いた。
「……ちっ」
衝撃の反動で意識が一瞬だけ飛んでいたのだろう。発動させていた2つの"型"は跡形もなく消えており、右手に残された刀は淡い蒼へと戻っていた。
「一体何の騒ぎだ!」
あちこちから聞こえる怒号と、それを必死に抑えようとする声を聞きながら、レックスはすぐに立ち上がった。
――【壱の型 闘気龍昇】
「水流の裁きにて押し潰されろ。アクアゲイザー」
ここからでも分かる竜の姿を見ることなくレックスは詠唱する。
このまま街の上空では戦えない。どうにかしてあの竜を街から追い出さねばならない。
「雷鳴轟く揺りかごよ、閉じ込めよ。ヴォルテックヒート」
更にもう1つの魔法を発動させて、レックスは辺りを見渡した。
「…………」
レックスの目に止まったのは戦女神の像。
右手には剣を、左手には盾を掲げて聳え立つそれは、盾だけでも4メートルはあるだろう。
「レックス!」
栗色の髪をなびかせて、レイナが駆け寄ってくる。
「アルミスティア」
彼女の呼び掛けに答える代わりにアルミスティアを刀から身の丈以上の刀身を持つ大剣へと変える。
息を飲む彼女と辺りのどよめきになど気にも止めずにその戦女神の元へと向かう。
「待ちなさい、レックス!」
レックスは制止の声を無視して、戦女神の左腕を切り落とした。
「貰っていく」
「ちょっ――!!」
絶句するレイナを余所に、レックスは切り落とした盾を片手で持ち、アルミスティアは赤い炎に包まれる。
――【十壱の型 刀剣乱舞】
再び10を越える刀剣に変化したアルミスティアと共に、竜の元へと跳んだ。
「何が起きたの!?説明しなさい!!」
が、すんでのところで1本の剣の柄を掴んだレイナによって停止を余儀なくされる。
「ガーゴイル、ウンディーネ、ハーピー、ヘルフォード、ヘルハウンド、レイスイーター、キングリザード、フォーゲルアント、リビングアーマー、スライム」
「へ……?」
突如挙げられた魔物たちの名前に、レイナは口を開けるしかなかった。
「ごちゃごちゃしすぎて、もう原型なんか留めていない。だが、無理やり生かされている。それがあの竜の正体だ」
目を瞬かせるレイナへ、レックスは告げる。
「絶対なる加護の火鳥よ、敵を退けよ。レイセルフィア」
火の鳥がレックスの周りを1周すると、2つの魔法を呑み込み、背を向けようとしている竜の元へと飛び立った。
「何体の魔物を繋ぎ合わせたとでも言うの……!?なら、1人じゃ――」
「だめだ。あれは、俺1人でいい」
レイナの言葉を遮って、レックスは答えた。
「な、何を言っているの!?危険すぎる!」
掴んだ手が白くなるほど握り締め、レイナは怒鳴った。レックスの言葉が本当ならば、あれは未知の魔物だ。どんな危険があるか、分かったものではない。
「俺1人でいい」
だが、レックスの答えは変わらない。
レックスを止めようとして、その表情を見たレイナは、それ以上は何も言えなくなった。
「あんな、むちゃくちゃな"叫び"を聞くのは、1人で充分だ」
レックスは刀を放り投げて、レイナの手に納まっていた剣を手元に呼び寄せると同時に大地を蹴り上げた。
「………………」
空へと消えるレックスの後ろ姿をただ見送るレイナの元に、2人の駆け寄る足音が響く。
「レックスちゃんは!?」
「なぜ止めなかった!」
ハインシュタインとハーウェルンの反応は真逆。
「あの者はいったい何者なのだ!」
そこへ、メレネシア王国の騎士甲冑に身を包んだ男が割り込んでくる。
「…………」
レイナは振り返る前に深呼吸を1つして。
「彼の者は、新世代の『孤高の龍』。緊急事態となりました。どうか、皆様のお力を私に貸して頂きたい!!」
凛とした声を張り上げて、その場に居合わせた王族や貴族達へ、レイナは頭を下げた。
「レイナちゃん!?」
「今、彼は突如街に出現した魔物討伐のため、力を尽くしています。私は、彼の意思を尊重し、住人たちの救助に当たります」
「何を言っている!魔物が出たのならば、我らメレネシア騎士団も討伐に当たる!」
「なりません!」
顔を上げたレイナの鋭い声音に、割り込んだ騎士はたじろいだ。
「あの魔物は、幾多の魔物を組み合わせて生み出された存在。対処できるのは『孤高の龍』たる彼のみでしょう」
「わ、我らがあの若造1人に劣るとでも言うのか!奇抜な魔法を使うだけではないのか!?」
形状変化するアルミスティアを魔法と称し、騎士は顔を赤くした。
「劣ります。だから、私たちは彼に出来ない事をしなければなりません」
きっぱりと言い切って、レイナは2人へと目を配らせる。
「オルガドマスター、ハインシュタイン!貴方は怪我人の受け入れと治療に!アルタスクマスター、ハーウェルン!あの魔物――合成竜と呼びましょう、貴方は状態異常効果のある攻撃手段の解明及び特効薬の精製方法の確定を!」
レイナの指示に無言で頷くと別々の方向へ駆け出した。
「私とメレネシア王国騎士団は最も被害がある北通りで人々の救助を、他騎士団は残りの通りにて避難誘導を行って下さい!戦闘経験の無い方々はギルド本部への避難を開始して下さい!」
矢継ぎ早に出される指示に、メレネシア王国騎士団以外の他の騎士たちは戸惑うことなく聞き入れた。
「我らは誇り高きメレネシア王国騎士団だ!我らは戦うぞ!」
「ええ、地上にも魔物はいる可能性はあります。決して焦らず的確に対処を!」
合成竜と戦う、という意思表示を見事に逆手に取って、レイナは身を翻した。
北通りにはリュリシオン歌劇団が向かっていった。レックスもそちら方面から飛んできたのならば、あの場にはリオンとゼウスが奮起しているはずだ。
入り乱れる人々を守りながらの防衛は、2人だけでは非常に苦しい状況なのは容易に想像できる。
既に合成竜と接触しているレックスも、片手間に下の状況を把握し助太刀することすら出来ない。
何より、合成竜が放ちレックスが相殺させた黒い焔。あれが再び地上へ放たれる前に人々を助け出すべきだと本能が告げていた。
「みんな……無茶はしないでよ…………!」
神に祈るようにレイナは呟き、火が立ち上ぼり始めている北通りへ、焦る気持ちを抑えながら、更にスピードを上げていく。
辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「我らに祝焔の癒しよ、満ちよ!リカバリーキュア!」
掲げた水晶杖から蒼色の焔が苦しむ人々へと流れていく。焔は淀んでいく水のように薄汚く変わっていき、焔に触れた人々は苦痛が和らいだように安堵の表情を見せる。
「回復が……間に合わない――!」
肩で息をするユニアは、辺りを見渡して愕然とした。
癒せど癒せど、人は増えていくばかり。上空ではなおレックスがただ1人で戦っている。その戦いの最中に零れ落ちる合成竜の1部は、毒の霧となり大地に広がっていく。
その毒はまず、倒れた人を襲った。倒れた人を助けようとした別の人がしゃがみこみ、第2の被害者を生んだ。その連鎖が、今なお続いているのだ。
「旋流扇!」
遠くで、アクルの声が響き、毒霧が誰もいない空へと舞い上がる。しかし空気より重い霧は少しずつ大地へ向かって落ちてくる。
「はぁっ!」
霧に変わる前にリオンが凍気を纏った双剣を閃かせて氷の塊に閉じ込める。
「亜空への標、魔より咲き乱れよ。リベールコンディクション!」
地上にいる人々に当たる前に転生魔法リベールコンディクションを発動。空中にぽっかりと空いた空間から闇色の手が幾つもの伸びて、リオンが造り出した氷の塊を我先にと掴んでは闇の中へと引きずり込んでいく。
それでも、雨の如く降り注ぐ破片の数は減る気配をみせない。
「――!レックスッ」
ゼウスの叫びに、ユニアはハッとしたように空を合成竜を見上げた。そこに、赤髪の青年の姿が見えない。
「っ……!」
アクアリウムを握りしめる手に、力が籠る。合成竜は更なる敵を求めて視界を巡らせた。刹那、合成竜の周りに水が現れ、超高密度の水柱が合成竜を全方位から襲う。
水属性の攻撃魔法アクアゲイザー。クロイド遺跡でユニアがオークに向けて放った魔法。しかしながら、オークの2、3倍はあろうかという巨大な合成竜を完全に足止めする程の威力を、ユニアは放てない。
希望を見出だしたその時、ユニアは凍り付いた。
アクアゲイザーの威力は落ちていない。だが、合成竜はその拘束から逃れ始めていた。理由は分からない。ただ、もう少しすれば、アクアゲイザーは消えるのだと悟る。
それは、術者にも分かっていた。
アクアゲイザーが合成竜に飲み込まれ、消え去った直後、別の攻撃魔法が合成竜を襲った。
鳴り響く雷。まるで合成竜を閉じ込める檻のように幾筋もの雷が合成竜の動きを鈍らせる。
咆哮と共に口から滴り落ちる赤黒い唾液は、毒霧へと一瞬で気化し地上に降り注ぐ。
「我らに祝焔の癒しよ、満ちよ!リカバリーキュア!」
もう1度、毒を軽減する効果のある焔を辺りに振り撒き、ユニアはアクアリウムを構え直す。
「集え絶氷、彼らを閉じ込めよ、フローズンスノー!」
大気に氷の結晶が映し出される。落ちてくる毒霧に触れた瞬間、爆発的なまでの勢いで氷の華が開花していく。
「神雷颯呀!」
間髪入れずに雷槍ハルバードを構えて跳躍したキアがユニアが造り出した氷の華を粉々に打ち砕く。
「彼の者たちを闇へと誘い貶めよ。ダークネスロアー!」
そこへリオンも参加。闇の矢に撃ち抜かれて砕かれる氷の華は、黒く染まり霧散する。後に残るのは無色透明な清浄された空気のみ。
4度目の咆哮。見れば、雷の檻を破壊し飲み込んだ合成竜の姿がはっきりと見える。
「っ――――!?」
背中に走る悪寒に、ユニアの手は小刻みに震え出す。見てはいけないものを見てしまったかのような感覚は、逃れたいという思惑とは裏腹にその姿に釘つけになる。
……そこへ、1羽の火の鳥が割ってこなければ、ユニアは戦意を喪失させていたに違いない。
「ユニア!」
「!キア、ちゃん……」
肩を揺すぶられ、ユニアは意識を取り戻す。キアも毒を吸いすぎているのだろう。その唇は僅かに紫かがっていた。
「2人とも、無茶をしすぎだよ。後はギルドに任せて下がりなさい」
キアの隣で双剣を振るわせながら、リオンが忠告した。
「でも……」
辺りはまだまだ、毒に苦しむ者たちで溢れている。彼らを放って下がるなど、ユニアには出来なかった。
「大丈夫、レイナがもうそろそろ来るはずだ。そうなれば、ハインの元へ彼らは運ばれて治療を受ける。誰も、死なせはしないさ」
そうリオンが微笑んだ時、辺りを震わせるほどの激震が、ユニアたちを襲った。




