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孤高の龍  作者: エルフェリア
第1巻【始動】
11/30

第4章ー還誕祭(かんたんさい)ー 前編

   1.


 『還誕祭(かんたんさい)』。

 年に1度に行われる世界最大の祭り。今年は10年という節目という事もあり、いつも以上の賑わいを見せている。それは、様々な噂も含ませて、更なる活気を呼び込んでいる。

「…………で。なんであなたまでいるのかしら?」

 その賑わいから少し離れた場所にて、綺麗な私服に身を包んだキアは、仁王立ちしていた。

「レイナから聞いていたはずだよ?」

 ニコニコと愛想笑いを浮かべるリオンの声を軽くスルーして、背を向ける人物へ再度、問いかける。

「了承した覚えはありませんわ。遺跡探索なり魔物討伐なり、出掛けたら如何かしら?」

「んなこたぁすりゃ、契約違反。流石のあいつも、"あれ"には退かざるおえねぇさ」

 彼の代わりにゼウスが肩を落としながら答える。それもまた、キアをイライラさせた。更にイライラさせる要因は、もう1つあった。

「あ、この形、私好きです」

「?形に拘るのか?」

「僕は性能重視、持ちやすさ重視、かな」

「ふっ。私は形、性能、美しさが最高級のを選びますかね」

 すぐ近くでアクセサリーの露店を覗く4人組の他愛ない会話。

「ユニア!アクル!リート!」

「どうしたの?キアちゃん」

 呼ばれ、振り返る3人につられるようにもう1人も振り返る。

「なんでそんな呑気にレックスと戯れているのよ!!」

 怒声を上げるキアは、こうなってしまったあの日の出来事を再び思い出していた。



 還誕祭まで、残り1週間前。あの、審査結果を聞いたあの日。

「パフォーマンス……?私たちを、引き立て役にするという事ですの!?」

 じわりじわりとレイナの言葉を理解して、キアは身体を小さく震わせた。

 還誕祭の最後に行われる、ミストラル学園新規学生による武曲(ぶきょく)。それを行えるのは最高クラスであるSに選ばれた者たちのみ。そこで己の力を披露する事は、将来有望な人材として注目されることにも繋がる。

「……今まで、レックスの存在は隠していたわけではありませんが、その規格外の強さについては隠し続けていました」

 レイナはキアから滲み出る怒りを苛立ちを受け止めて、しかし冷静に説明する。

「レックスの力の片鱗を見た君たちも体感したはず。あれは、ルシルド大戦中にも発揮されていました」

 その事実に、キアたちは絶句する。10年前からあれほどの力を有していたのかと思うと、レイナの"規格外"という言葉に説得力が生まれてくる。

「あのまま表に出ていればいずれ、厄介な者たちにレックスを狙われてしまう危険があった。だから、私たちは彼を保護し、来るべき時まで彼を守ると決めました」

「……来るべき時。それが、今……なのでしょうか?」

 不安そうに眉をひそめるユニアに、レイナは優しい笑顔で返してあげる。

「レックスは17歳。多少の無茶はするけれど、レックスを脅かせる人はいないでしょう。私たちとの繋がりもより強くなった。何より」

 ユニアからレックスへ、視線を巡らせて。

「もう、この場にいても『魔王』の情報は来ないでしょう。ならば、自身の目で、足で追い求めても良いのかと思ったのです」

 その意外な提案に、レックスは面食らった。

「でもその為には、レックスの力を示す必要がある。レックスの強さをその厄介な者たちに見せつけなければならない。だから、私はこの還誕祭を利用することにしました」

「まさか、その厄介な者たちって……"王族"、とかですか?」

 レイナの口振りから、思い当たる節があったアクルは、顔をひきつらせながら問いかけた。

「……なので、還誕祭当日はレックスと一緒にいてください。あぁ、ちなみにレックス。逃げ出したりしたら、必ず取っ捕まえて、1ヶ月間3食おやつ付きの私の料理を食べてもらうからね?」

 笑顔の肯定。さらりとキアたちにレックスを押し付けて、更にレックスを脅す。

「…………殺す気か?」

 僅かに後ずさるレックスよりも、キアが抗議の声を上げるのが速かった。

「どうして私たちがレックスといなければなりませんの!?」

「集合場所とかはリオ兄とゼウスに案内してもらいますから、よろしくお願いしますね。じゃあ、私はギルドの仕事に戻ります」

 キアを綺麗にスルーして、レイナは風の如く去っていく。後に残された一行だったが、レックスのため息で我にかえる。

「……諦めろ。ああなると後が色々怖い」

 そう言い残し、レックスも寝室へと消えてしまった。



 そして、現在に戻る。

「そもそも、1ヶ月間3食おやつ付きなんて至れり尽くせりじゃない!そっちに甘んじなさいな!」

 あの時聞けなかったあれこれを噴出するように激昂するキアとは裏腹に、レックスの顔色は悪い。

「……そうか。そうだな、お前たちは知らないか」

「あの、レックス君?」

 レックスはため息と共に忠告した。

「これについては知らない方が身のためだ。レイナの前で絶対に料理が食べたいなんて言うな。死ぬよりも恐ろしい地獄を味わいたくなければな。絶対にレイナの料理に触れるな」

 そう忠告するレックスの身体がカタカタと震え始める。その変化にキアたちは呆気にとられる。

「酷いなぁ、レックス。レイナの料理は美味しいと思うし、見た目は個性的で面白いじゃないか」

「……いいや。レックスの言う通りだ。あれは、人が触れていいものなんかじゃねぇ」

 ケラケラと笑うリオンと、レックス同様、震え始めるゼウスを見比べて、キアたちは決断する。

「……分かったわ。はぁ……とりあえず、もういいわよ」

 ホッと胸を撫で下ろすレックスとゼウスを見て、なんだか馬鹿らしくなってきたキアは、これ以上の追求を諦めた。

「武曲までは時間があるし、どこに向かおうか」

 キアの心境を察してか、アクルが上手い具合に話を切り替える。

「そもそも、何がある?」

 今までまともに参加した事のないレックスが首を傾げる。もう顔色は良好だ。

「こういった露店もあるし、元々あるお店はセールをやっていたり、色々と。小腹が空いていればあの露店みたいな食べ歩きフードも買えるよ」

 反対側にあるフード店を指差しながら、アクルは簡単に説明する。

「武曲をやるもの。私は錬金士の所へ行きたいわ」

「確かに、調整をしたいですな」

 キアの提案に乗っかるリートとは裏腹に、ユニアはお腹を押さえていた。

「……じゃあ、僕はちょっとお腹空いたし、あのフード店寄ってから錬金士の所へ行くのでいいかな?」

「構わないわ」

 先を行くキアたちに気付かれないよう、ユニアはアクルの服を少し掴んだ。

「アクル君、ありがとう」

「僕もお腹空いてたのは事実だから、気にしないで」

 ウィンクを返す2人のやり取りを見て、レックスはふと思った。

「……ところでユニア」

 フルーツサンドを食べていたユニアにレックスは声をかける。

「何故敬語を使う?」

「ふぇっ?」

 目を瞬かせ、レックスを見上げる。

「えっと、レックス君は私より年上ですし、その……」

 もじもじと照れながら、ユニアは口ごもってしまう。が、レックスは気にしない。

「年上?」

「あの……16歳で学園に入園します。でも、レックス君は17歳ですよね?やっぱり、敬語の方が良いのかと……」

 不思議そうに首を傾げるレックスに、入園に関する事を教えると、レックスは納得したように1つ頷いた。

「なら、敬語はいらん」

「え?あ、はい。――あ」

 思わず敬語で返した事にハッと気付き、恥ずかしそうに笑う。

「……ちょっとずつ慣れていきま――いくね?」

「無理なら無理で構わないが……」

 ユニアは恥ずかしさを隠すようにフルーツサンドをまた1口食べる。

「……ところでレックス君」

 お返しとばかりにユニアも聞き返す。

「なんで私たち、手を繋いでいるんだろう?」

 ユニアの右手をレックスの左手で握っている状態で、街中を歩いている。

「――はぐれかけただろう。ついさっき」

 痛いところを突かれ、ユニアは目を反らす。

「これならはぐれはしないし、キアたちも十分追える」

 先を行くキアたちを見据え、レックスは手を離す気はないのだと悟る。

 助ける手段だとしては悪いわけではない。ないのだが……。

「ホントーに、なんなのよ、あれは…………!!」

 フツフツと沸き上がる怒りに、キアはこめかみをぴくぴくさせている。

「まぁまぁ、落ち着こうよ。キア」

 嗜めているアクルだが、どうにもこの状況を楽しんでいるようにも見える。

「でも、あれは相当珍しいことなんだよ?」

 レックスたちの様子を伺いながら、リオンは言った。

「珍しいつぅより、初めてじゃねぇか?」

 ゼウスからの告白に、キアはピクリと反応する。

「どういうことですの?」

「あんな風に自分の事を話すのも、他愛ない無駄話をすることも、だな」

「確かに、レックスは『魔王』に反応は示しても、それ以外はてんで興味無さげだし……」

 顎に手を当て、思い出にふけながら、リオンとゼウスは互いに頷き合う。

「ユニアさんも、少しはぐらかした部分もありましたな」

 ユニアとキアは凄く仲がいい。それこそ、2人の間に隠し事など無いほどである。

 だが、あの日の出来事について、ユニアに問いただした時にそれは崩れた。

「……別に、ユニアの事を信じないわけじゃないわ。ただ――」

 ――寂しい。

 そうでかかった言葉を飲み込んで、キアは頭を振った。

「ユニアが待ってほしい、と言ったもの。きっと、ユニアの中で整理が付かない所があるだけよ」

 ユニアは素直に謝り、そして隠した。それが余計にキアの心をもやもやさせる。

「少なくとも、レックスに周りに隠れて騙すのも脅すのも得意じゃない。それは僕らが保証しよう」

「まぁ、レックスは良くも悪くも正々堂々が好きだからなぁ」

 長らくレックスと共にいるリオンとゼウスからの太鼓判を貰っても、キアの気持ちは変わらない。

「ま、それはユニア次第だ。僕らに今出来るのは、武曲で最高の力を披露するための準備くらいじゃない?後は還誕祭を目一杯楽しむ、とかさ」

 これ以上話せば、キアがどんどん落ち込んでしまう。目的の場所へ着いたこともあり、アクルは努めて明るく振る舞うことにした。

「……そうね。ユニアに何かしたら、レックスを叩きのめすわ」

 溜まっている怒り全てをぶつけるような鋭い視線をレックスだけに送りながら、2人が来るのを待つ。

「あ、ごめんね。キアちゃん」

 十分な距離まで近付いたからか、レックスはパッとユニアの手を離し、キアの元へと向かわせてやる。

「ユニア、レックスに何かされなかったかしら?」

 ユニアの右手をぎゅっと握りながら、キアはユニアの顔を覗きこむ。

「う、うん。平気だよ?ほら、早く入ろうよ」

 キアの鬼気迫る勢いにたじろぎながらも、ユニアはキアの手を引っ張って辺りより一際大きい建物の中へ入っていく。

「ここは………………」

 天を見上げ、店の名を見たレックスは、何か引っ掛かるものがあるようで、じっと見ていた。

「レックス、行くぞ」

 ゼウスに背を叩かれ、レックスは入り口へと視線を戻す。どうやら置いていかれたようで、ユニアたちの姿が消えていた。

 中は、熱気に溢れていた。辺りに響くのは怒号ばかり。

「私は魔力増幅をしたいなぁ」

「私は硬度の強化と雷属性との相性強化をしたいわね」

 入ってすぐの所に、ユニアたちはわいわいしながら多種多様の"魔晶石(ましょうせき)"を見定めていた。

「……リートはもう決めて錬金士と交渉中みてぇだな」

 辺りを見渡し、1人の錬金士と話し込んでいるリートの後ろ姿をゼウスが見つける。

「アクルは……やらないのか」

「うん。今の状態にもう少し慣れておきたいからね」

 入り口付近でリオンと共にいるアクルが手を振りながら答える。

「あっ……!しまったわ……」

 と、見定めていたキアが頭を抱えたのが見えた。

「どうしたのかな?」

 リオンは声に出すだけで動こうとはしない。

「僕、行ってきますね」

 アクルは一言添えて、キアたちの元へ向かう。

「ほら、せっかくだ。レックスも行け!」

 またも背中を叩かれ、レックスも渋々ながら向かった。

「うーん……私のを足しても届かないね」

「ダメよ、ユニア。それじゃユニアのが何も買えなくなるわ」

 話から察するに、どうやらキアが予算オーバーになっているようだった。

「…………?ユニアたちが自分で買うのか?」

 何を疑問に思ったのか、レックスは3人にそんな質問をぶつけた。

「当たり前じゃない。自分の武器の事よ?」

 だが、レックスの疑問は晴れない様子で眉を潜めた。

「こういう買い物は男が全て支払うのが常識なんだろう?」

 その言葉に、キアの瞳がキラリと光り、アクルはサァッと血の気を引かせ、ユニアはハッと悟る。

「レックス君、それは誰から聞きました?」

「レイナからだが?」

 状況を飲み込めていない様子で、レックスは素直に答えた。

「それは――んぐっ!?」

「なら、レックスが払ってくれるのかしら?」

 獲物を狩るような貪欲な意思を隠すことなくキアは尋ねた。不利となる事を言いそうになるユニアの口を塞ぐのも忘れずに。

「いや、今回の俺の場合はただの付き添いだ。これは、アクルやリートが払う事になるはずだ」

 ぽかぽかとキアの腕を叩いて抗議を示すユニアだが、キアから逃れられない。

「逃げるの!?」

 あっさりと裏切られ、落胆するアクルを不思議そうに見返すレックスだったが、キアの貪欲は更に熱を帯びている事に気付かない。

「なら、アクルも一緒に見て回るべきじゃない?行くわよ、アクル」

 空いているほうの手でアクルを掴むと、女性の力らしからぬ力強さでアクルを連れ去っていく。

「待って、僕もあんまり予算は……助けて~…………」

「何をしでかしたんだね?貴様は」

 錬金士との交渉を終えたリートが呆れた様子でこちらへとやって来た。

「レイナから教わった常識を言ったら消えた」

「……ふむ。聞かない方が身のためのようだな」

 レックスとアクルの様子を見比べて、リートはそう結論付けた。

「で、貴様も錬金を行うのか?」

 そもそも錬金とは、武具を強化させるための魔法の1種であると言えるだろう。

 武具精製により造られた武器を加工する事は出来ないとされていた。100年ほど前、アルタスクの研究によって、魔物の心臓でもある魔昌(ましょう)を加工し、武具に溶け込ませるように付与が出来ることが判明した。

 しかしながら、付与させる行程は難しく、素人がおいそれと行えるものではなかった。そこでオルカドが主体となり、付与させる職人――つまり錬金士の育成を行ったのだった。

 それからはギルドが魔昌を集め、アルタスクが魔昌を加工し、オルカドの錬金士に引き渡すことで武器の強化が可能となったのだ。

「"痛い"からやりたくはないな」

 レックスは否定するように首を振り、リオンとゼウスの元へ歩き出す。

「……痛い?状態を見る為にハンマーを使うらしいが、指でも出したのかね?」

「いいや?だが、痛かった。ものすごく」

 要領を得ないレックスの言葉に、リートは疑問を浮かべる。

「とりあえずキアが頭を抱えたから、アクルと一緒に様子を見に来ただけだ」

「それを早く言いたまえ!!」

 リートに白のマフラーをグイッと引っ張られ、レックスは再びキアたちの元へ向かう羽目となった。

「あ、レックス!助けて!」

「レックス君!止めてください!」

 リートに連れてこられたレックスを見るなり、アクルとユニアから助けを求められた。

「キアさん、お困りでしたら私に仰って下さい!」

 息をハァハァさせながらひざまずくリートを一瞥し、キアはまた頭を抱えているようだった。

「リートのを足してもやっぱりこれには届かないわね」

 キアの見つめる先にあるのは1つの魔昌石。他のはり出されている値段と比べてみると、位が1つ分飛び出している。

「これは?」

「硬度を強化する魔昌石の中で最も良いものよ。その分、値が張っているのは仕方ないわね」

 そう口では言うものの、諦めきれないのか、じっとその魔昌石を見つめたまま動こうとしない。

「……あまり純度が良くない気はするが?」

「純度?」

 魔昌に含まれる魔素(マナ)の量を分かりやすくするために数値化したものを"純度"と呼び、その数値が高ければ高いほどより良い魔昌と言える。

「でも、これが1番良い魔昌石らしいんだよね……」

 がっくりと項垂れたまま、アクルは膝を抱えて落ち込んでいた。その手には空となったサイフが握られており、どうやら既にキアに取られてしまったようだった。

「やっぱり、自分で持ち込めるものがあったら良かったわね」

「でも、私たちはまだ学生だよ?そんな都合のいい魔昌石なんて……」

 魔昌は魔物から取れるもの。加えて、魔素が濃い場所でなければまず結晶化しないのだ。クロイド遺跡などでは取れるわけも無いのだ。

「持ち込み?」

「貴様はやらないと言っていたが、知らないのかね?魔昌や魔昌石を持ち込めば、その分安く錬金してもらえるのだよ」

 キリッとした様子で襟元を正すリートが肩を竦める。

 顎に手を当て、暫し思案するレックスは唐突にキアの手を掴んだ。

「えっ……きゃっ!?」

 そのままリオンとゼウスの元へと戻ってくる。

「リオン。硬度強化の魔昌が取れる魔物はどんな奴がいる?」

 帰って来て早々、そんな質問をぶつけられ、リオンは困ったように肩を竦めた。

「魔石種かな?ガーゴイルやガイアントアーマーみたいな」

 それでも親切に教えてやるリオンから目を反らし、右耳に付けた紫色の宝石に手を当てた。

「ディメンション」

 レックスの言葉と共に、宝石は僅かに輝き、レックスの手に1つの魔昌を顕現させた。

「これで合っているか?」

 首肯するリオンを見届けて、キアの手にそれを渡した。

「えっ……ちょっ……!?」

 それを見て、キアは絶句した。慌てて他の人に見えないように両手で隠す。その行動にレックスは首を傾げるが、リオンは片手で口を覆い笑うのを必死に堪えていた。

「そりゃ、贔屓すぎねぇか?レックス」

「どういう――」

「ちょっと、なんてものを渡してくるのよ!?」

 事だ、と言う前にキアに詰め寄られ、更に小声で怒鳴られる。

「持ち込みなら安くなるんだろう?なら、余るだろうし、それを使えばいい」

 レックスは少々面食らい、後ずさる。

「こんなの私が持ってきたらおかしいわよ、おかしすぎるのよ!?」

 キアの両手の中には先ほど悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの高純度の魔昌が握られている。

「このままじゃぁ話が進まねぇな。ほら、オレが案内してやらぁ」

 キアとレックスの肩をガシッと掴むと錬金士がいる奥の部屋へと連行されていく。

「あわわ……」

 成り行きを見守っていたユニアだが、リオンに肩をポンッと叩かれる。

「ほらほら、君も一緒に行くといいよ。レックスの収集する魔昌は、どれも一級品だからね」

 今ならまだ見失わない。しかしユニアは逡巡(しゅんじゅん)した後、首を横に振って追わない意思を示す。

「レックス君に頼り過ぎるのは、少し違うと思いますから」

 両手の中には既に決めていた魔昌石が握られており、ユニアは一礼すると錬金士の元へと1人で向かった。

「謙遜するんだね。……珍しい」

 値踏みするように、走り行く銀髪の後ろ姿を見つめながら、リオンはポツリと呟いた。

「そんなんじゃ、今のレックスにはきっと追い付けないよ」

 諦めにも似たため息を溢して、リオンは天井を仰ぎ見る。

 ――レックスの隣には、誰も居ない。これまでも、これからも。

「君たちとはこれっきりだから、レックスも気を緩ませているのかもしれないな」

 今はただ、依頼だからと一緒にいるだけの関係だ。あちらがどう好意を抱こうが、レックスは露にも気付かない。

「……それは、分からないと思いますよ?」

 穏やかな笑みを浮かべ、難を逃れたアクルが答えた。それにリオンも笑顔で答える。

 錬金が終わるまで、この奇妙な沈黙は続いた。

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