第3章ー復讐の誓いー 後編
3.
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その村へ辿り着いたのは、偶然だった。
流浪の旅を続けていた兄弟の食糧はもう底を付こうとしていたし、野宿続きだった2人の体力も気力も、最早限界だった。
兄がホッとした表情をしていたのは、今でも覚えている。厳格でもなく、むしろ優しい兄は、弟にとっては最強の剣士でもあった。
1晩だけでも泊めてもらうつもりだった。
「…………あの、これは?」
次々と運ばれてくる料理たちに、兄弟は目を丸くした。兄の服をギュッと握り締め、弟は兄を見上げた。
「旅のお人が来るのは珍しいさぁ!さぁさぁ、お食べくだせぇ!」
ズズイッ、と目の前に迫る料理。その匂いを嗅いだ弟の腹の虫が鳴く。恥ずかしくて、兄の服に顔を隠してしまう。
「……お心遣い、大変感謝致します。ですが、私達はただこの雨を凌げる屋根さえお借りできれば、他は何も欲しません」
窓の外で豪雨となる光景を見ながら、兄はそう言った。村の人は破顔し、首を横に振った。
「長老様が、お客人を目一杯もてなせと仰せさぁ!」
「…………長老様?」
兄が首を傾げたのと他の人よりも幾分か質の良い服に身を包み、杖を付く老人が現れたのはほぼ同時だった。
「このような辺境まで、大変だったじゃろう」
「いえ。私達は旅を続ける身です。ここより辺境の地へ行った事もあります」
弟の頭を撫でてやりながら、兄は今1度頭を下げた。
「それゆえ、私達はこのような有難いおもてなしを受ける資格などございません。ただ雨を凌げさえすれば、それで構いません」
頭を下げたまま、兄は動かない。慌てて弟も頭を下げる。
「構わんわい。こんな寂れた村に立ち寄る者など、もはやおらんからのぅ。どうしても、というなら話を聞かせてくれんかのぅ?お主らの、長い旅の話を」
ゆっくりと頭を上げた兄は柔らかい笑みをたたえる老人を見据え、やがて肩をすくめてみせる。
「……これ以上の固辞は無礼にあたりましょう。分かりました。私達の拙い旅話で良ければ、幾らでもお話致します」
兄の様子を盗み見る弟の目の前に食べやすくカットした料理を置いていく。
「冷めない内に頂こう、レックス」
兄は、多くの話をした。迫りくる魔物を討伐した話、幾多の罠が張り巡らされた魔層からの脱出、巷を騒がせた殺人事件の解決した話、等々。
時折、レックスの様子を窺いながら、村人達を大いに楽しませていた。瞬く間に時間は過ぎ去り、深夜になっても止まる事を知らなかった。
長老様と呼ばれた老人がお開きにさせなければ、朝まで続いていたことだろう。
「すまんのぅ」
いつの間にか寝入ってしまったレックスを抱きかかえて、兄は首を横に振る。
「このようなおもてなしを受け、安心して眠れる場所を用意して頂けただけで充分です」
「お主は謙虚よの」
先を行く長老は声を立てないよう、小さく笑った。しかしそれはすぐに陰りを見せる。
「……何故、旅を続けるのじゃ?お主はともかく……その子には辛い旅じゃろうて」
兄の話は多少の色味はあったとしても、どれも真実味を帯びていたものばかりだった。だからこそ、彼と共にいるまだ幼い少年の心労は、想像以上だろうと見てとれる。
兄は目を閉じて俊巡した後にやはり、口を閉ざした。
「……辛くとも苦しくとも、私達は足を止めるわけにはいきませんから」
暗がりの中で見せる兄の表情は、純粋に弟の身を案じるもののように見えた。長老は、これ以上の詮索をしなかった。兄の想いが本物と信じたいという気持ちと、何より、目の前で平気そうにしている彼もまた、弟以上の疲労を蓄積しているはずだからだ。
「儂らの願いを聞いてくれてありがとう。明日1日はゆるりと休むと良いじゃろう」
部屋の扉を開け、中へ入るよう促す長老に深く感謝の意を伝えながら、兄は弟を床に就かせた。
それを見届けてから長老はそっと扉を閉め、その場を後にした。
その村の朝は早い。深夜まで騒いでいたはずの村人達は日が登り始めた頃、ぞろぞろと起き始める。
挨拶を交わしながら、水汲みをする者、農具の手入れをする者、朝食の準備を始める者等、各々の仕事を始めていく。
「おはよう、ごさいます」
そんな中に、赤髪の青年の姿があった。すれ違う村人達に挨拶をする彼の腰には1本の刀が提げられていた。
「あんたは旅人のお人。いったい何処へ行かれるんだ?」
昨日、いの1番に声を掛けてくれた男性が不思議そうに問いかける。
「魔物の気配がします。一宿一飯のご恩をさせてください」
彼は笑顔で答え、そのまま近くにある森の中へと消えてしまう。
――ズドォォォォン…………
男性が首を傾げていると、森の中から重い音が聞こえてきた。その音に、近くにいた村人達も手を止めて森の様子を眺めていた。
「んん……」
その音は、未だ寝室で寝ていた少年の耳にも届いていた。身動ぎをして、レックスはゆっくりと目を覚ます。
「兄さん……」
目を擦りながら、レックスは身体を起こす。
「………………」
目の前に広がる見知らぬ景色に、レックスは身体を固くさせる。が、それも枕元に置かれた1枚の紙を見付ける事で解かれる。
「俺……寝ちゃったんだ」
久しぶりのまともな食事と暖かい部屋で気が緩んだんだろうと分かる。
「置いてかれた……」
少しでも兄の力になりたくて、兄の戦いを観察するのが最近の日課となっていた。
再び響く音を聞きながら、レックスはガックリと項垂れる。今から急いで行っても、兄の戦いは終わってしまうだろう。
「えっと……荷物」
ならば、いつものように朝食の準備でもしておこうと、近くにあったバッグの中身を覗き込む。
「あ……」
干し肉が2欠片と、半分位の量が入った水袋。パンは既に硬いが、カビは生えていない。
「おはよう、レックス」
「兄さん!おはよう」
キィ……と音を立てて部屋に戻ってきた兄を笑顔で出迎える。
「元気じゃのう」
続けて入ってきた老人を見て、レックスは慌ててバッグから離れて姿勢を整える。
「昨日は、ありがとうございました」
隣で見てきた兄の姿を真似るようにおじきをするレックスに、老人は顔を綻ばせる。
「ふぉっ、ふぉっ。礼儀正しいのぅ」
「ありがとうございます。長老様」
長老はレックスと向かい合うような位置に座り、兄はレックスの隣に座る。
「では、始めてください」
兄は笑顔を崩さずに、だがレイピアのような鋭い瞳で長老を貫く。兄がこのような表情を見せるのは決まって仕事の時だと、レックスは知っていた。
「この村に、暫く留まって欲しいのじゃ」
無茶な要求をされると思っていたレックスにとって、それは意外な提案だった。
「お主は戦いのイロハを知っておる。儂らが今まで苦戦してきた魔物をああも簡単に倒してしまうほどにのぉ」
「コツさえ分かれば、あの森に潜む魔物は罠でも倒せましょう。私達が長居をするのは、この村の為にもなりません」
笑顔の裏に潜む駆引きなど、まだ幼いレックスには分からない。ただ兄の口ぶりから、この村には留まらないだろうと分かる程度。
「お主らを留まらせたいのは儂らの為だけではない」
そう言って、長老は兄からレックスへと視線を移す。
「何故お主らが旅を続けなければならんかは聞かん。じゃが、歩き続ける事は出来んじゃろう?今ある疲労を充分に癒した上で旅立つべきじゃ」
瞳を瞬かせるレックスから再び兄へと戻し、少しおどけた表情を見せる。
「無論、魔物を退治したお礼も渡そう。金は雀の涙ほどじゃが、日持ちする食べ物はたんとおる。お主ら、食糧も尽きかけておるのではないのかの?」
長老の推理に、レックスは素直に驚いた。村に着いてからバッグの中身を開けたのは、おそらく先程が初めてだったはず。
「お見通し、ですか?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。儂くらいになれば、誰でも想像できるぞい?」
長老の笑い方は、自然にレックスを笑顔にさせる。
「兄さん……」
兄の袖の服を引っ張りながら、レックスは行く末を見守った。
「……何故、そこまで優しくして頂けるか、教えてはもらえないでしょうか?」
長老の見えぬ目的を、兄は大胆にも直球で訪ねた。長老は呆気にとられるが、次第に顔を綻ばせる。
「助けたいと思ったから助けるんじゃ。当たり前の事じゃろうて」
その言葉に、今度は兄が呆気にとられる番だった。
「……ふ。ふふふふふ…………」
次第に込み上げる笑いに、兄は口元を隠して研ぎ澄まさせていた神経を一気に脱力させる。
「これは……そうか。そう、でしたか」
しとしきり笑った兄は大きく頷いた。
「長老様。その申し出、有り難く頂戴致します。暫く厄介になる代わりに、私達も出来うる限りの事を手伝いましょう」
「ホントに!?」
兄の答えに驚いたのは隣に座っていたレックスだった。目を輝かせ、身を乗り出すほどに意外な出来事だった。
「うん。レックスも粗相の無いように」
レックスの頭を撫でて、兄はもう1度力強く頷いた。
こうして、兄弟は暫くこの村に留まる事を決めたのだった。
兄は長老に言っていた通り、村人たちの手伝いをしていた。丁度収穫時期だったらしく、色とりどりの野菜や穀物等の収穫を次から次へと行っていく。昼食を食べた後は村の子供たちと遊んだり、木刀片手に弟の稽古に付き合ったりした。
レックスも兄に習い、村の子供たちと共に水汲みをしたり、天日干しの手伝い等をしていった。無論、兄が魔物の討伐に出掛ける時はその後をとことこと付いていくのも忘れない。
そうして、兄弟は瞬く間に村に溶け込んでいったのだった。
朝の水汲みを終えて、レックスは手に息を吹き掛ける。風が、少しばかり冷たくなってきている。ここへ来てどれ程の時間が過ぎたのだろう、とぼんやりと考えていた。
「…………」
だが、多分もうすぐ終わる。いつもなら兄は手伝いに行くはずが、今日は長老様と話をすると言っていたからだ。お金を貰うことは無かったが、当分の食事に困らない程の食糧を貰っている。長旅の疲労など、とうの昔に癒えているのは言うまでもないだろう。
「やだなぁ……」
この村は、とても居心地が良い。危険な魔物と出くわす危険もなく、兄も自分もゆっくり眠る事が出来る。
旅を続ける理由は、レックスも知らない。いつか教えると言う兄の言葉を信じ、旅していた。こんな安寧の地があるのなら、辛い旅はしたくはない、というのがレックスの本音であった。
「…………?」
空を見上げ、レックスは首を傾げた。いつもと変わらぬ雲1つ無い青空に、何かがいるように見えたのだ。目を擦り、もっとよく見ようと背伸びをした時。
炎が、落ちた。
「っ……!?わわっ……!」
平和な村に降り注ぐ炎の雨と、あちこちで響く陥没音と村人たちの悲鳴に、レックスは忙しなく目を動かした。すぐ近くで炎が着弾し、レックスは逃れようと走り出す。
「絶破、冷彰撃!」
天を駆ける兄の力強い言葉と共に放たれる冷気の衝撃波は、落ち行く炎を打ち消していく。
「兄さん!」
兄の下へ向かうように、レックスは手を伸ばす。だがそれは、黒い影によって遮られてしまう。
「――っ!!」
巨大な体躯を誇る魔物に、レックスは絶句した。今までに見てきた魔物よりも何倍にも大きい。その魔物は口角を上げて笑った。
「クカカカカ!イルじゃぁネェか」
言葉を発する魔物に、レックスはじりじりと後退る。赤い眼をレックスに定め、魔物は赤黒い掌を広げた。
「はあぁぁぁ!!」
降り下ろされる掌の更に上。赤髪の青年が重力を味方にして、刀と共に落ちてくる。
「アメェ!!」
気迫の籠る声を頼りに、魔物は容易く避けてみせる。そればかりか、返り討ちにしてやろうと、魔物は鋭く尖った爪を閃かせる。
交差する一閃。粉々に砕かれたそれをただ呆然と眺める。
「私の弟に、手を出すな!」
鬼神の如く連撃を繰り出す青年の猛攻に、砕かれた爪のように刻まれ、倒れ伏す魔物。瞬く間に元素解離を引き起こした魔物を確認した兄は、レックスの元に降り立った。
「大丈夫か!?」
手を伸ばす弟の手を取り、抱き締める。
「兄さ……」
小さく身体を震わせる弟を抱きかかえ、兄はひた走る。迫り来る魔物を次々と薙ぎ倒して、兄は長老の家へと急いだ。
弟は兄の無双ぶりに目を輝かせる一方で、兄は苦しげに呻いていた。
襲ってくる魔物たちはそこそこの強さがあるものの、彼の敵ではない。だが、彼1人では到底捌ききれない程の魔物が、今なお村人たちの命を奪い続けているのだ。
辺りは既に炎の渦と化し、逃げ延び続ける彼らの逃げ道を塞いでいく。焼け焦げる匂いと充満する血の匂いに、顔を歪めながら、兄は長老の家へと辿り着く。
「長老様!」
辺りには焼け落ちた家々がある中で、その家だけは被害を免れていた。
「お主ら、無事だったか!」
複雑な陣の上で精神を集中させている長老の代わりに隣に立つ男性が2人に駆け寄った。
「長老様が結界を張っておられる。早く中へ」
「いえ、私は魔物を掃討致します。弟をお願いします」
状況を打破するには、このバラバラの魔物たちを統率している首魁を倒さなければならない。個性やプライドが高く、群れを好まない魔物たちまでここにいる事を考えると、相手は相当の強さを秘めているのだろうと分かっている上での判断だった。
「他の奴らは…………」
兄は力なく首を横に振る。もはや辺りは魔物によって支配されている。生き残りがいたとしても、間に合うまい。
「無茶はするなよ」
「はい」
兄は踵を返し、炎の中へと消えていった。
「兄さん!」
弟は叫び、男性の腕から逃れようともがく。
「無理だ、数が多すぎる。お前を守りながらではあいつも戦えない!」
暴れるレックスと共に長老の側へと向かう。
「俺も戦える!兄さんと一緒に戦う!」
「落ち着くんじゃ、レックス」
そんなレックスを宥めたのは、対魔の結界を張り続ける長老だった。
「ロックスは強いのじゃろう?あんな奴らなど、すぐに倒してしまうじゃろうて」
「でも……でも……!」
駄々をこねるレックスは首をブンブンと振る。底知れぬ不安が、兄と離れた瞬間により強まったのだが、上手く言葉に出来ない。
「信じて待とう、な?」
肩に手を置かれ、男性は安心させるようにニカッと笑う。レックスの顔からは不安が拭えない。だが、長老の側でレックスはちょこんと座った。
男性は満足して、レックスの側から離れる。レックスは座ったまま、目を鋭くさせる。決して諦めたわけではない事を、男性は見逃していた。
命からがら逃げ延びた村人の1人がやってきた時が、レックスの狙い目だった。出入口にいた男性がその村人の治療のために部屋の奥へと消えた。
瞬間、レックスは低い体勢のまま疾走した。
「待つんじゃ、レックス!」
長老の制止の声を置き去りにして、レックスは再び炎の中へと駆け出した。
走って走って、走り続けて。辺りにいる魔物たちはレックスに気付かないのさえ、レックスの視界には入らない。ただ一心に兄の姿を探し続ける。
そして、遂にレックスは村の中央広場で、兄の――ロックスの後ろ姿を見付けた。ハッとするレックスに気付かぬまま、兄は戦い続けていた。
彼の目の前にいる、闇を体現したかのような男と対峙して。
「兄さん!!」
レックスの叫びに、兄はようやく気付く。だがそれが、その熾烈を極めた戦いに終止符を打った。
「ほぅ……。兄、か」
笑う、闇。
「逃げろ!!」
嘲笑う闇が、兄の叫びをかき消して。
「――――――え?」
目の前に迫る闇に、レックスの思考は、動きは停止する。
――ズドッ……
「………………」
ポタッ、ポタッ、と。レックスの顔に赤い雫が落ちる。
「に、い……さん――?」
瞬くレックスに、兄は笑った。
「…………無事、か?」
問いかける兄に、レックスは頷いた。直後、ズルッと湿った何かが抜かれる音が鮮明に聞こえる。
「ぐっ……ガハッ!」
吐血し、前のめりに倒れ込む兄をレックスは無意識に支えようと手を伸ばす。
「レッ…………ク、ス………すま、な…………」
肩で息をする兄の足下に、光るものが広がっていく。炎に照らされたそれは、炎と同じ色の液体。――血だ。
「や……兄さん、兄さん!」
兄が血を流しているのだと、困惑しながらも理解したレックスはその傷口に小さな手を当てる。その手は瞬く間に血の色に染まり、隙間から絶え間なく血は流れ続ける。
「ど――う、か………を、……………っと……………から、――」
兄の言葉は既にか細く、全てを聞き取れない。いつの間にか流れる涙を拭うこともせず、レックスはひたすらに兄を呼ぶ。
レックスの頬を撫でる手が冷たくなっている。
「くっ、くくく………」
闇が、嘲笑う。そして、兄の手が地に落ちて、もう2度と、レックスの声に答えることは無い。
理解など、出来るはずがない。そんなレックスに、黒い影が落ちる。目の前にいた兄が、突如として視界から消えた。
「さぁ……私の野望の為に来てもらおう」
兄の血で濡れたその手で、レックスを捕らえようとする闇。
――その瞬間が、悪夢の終わりだった。
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「あの時、俺にもっと力があれば、兄さんは死ななかった。あの時、あの村に立ち寄らなければ、皆は死ななかった……!」
怒りを露にするレックスは、右手を強く握りしめていた。それは、ユニアたちに対する怒りなどではない。無力な自分に対する、行き場の無い怒り。
「光よ、癒せ。ヒーリン」
そんなレックスの右手を優しく包み込み、レイナは光の回復魔法をかける。
「……私達がもっと早くその村に立ち寄れていれば、悲劇は起きなかったかもしれない」
目を伏せるレイナの手を、レックスは払い除ける。
「っ、レイナ達は、お前達は……関係ない!あれは、俺が――」
「浅はかだな」
レックスの自分を責める言葉は、リートによって遮られる。
「リート君!?」
「貴様1人だけが悲劇に遭ったとでも言いたいのかね?ルシルド大戦で、『魔王』によって肉親を殺されたのはごまんといるということを知らないのかね?」
驚くユニアをよそに、リートは呆れのため息と共にレックスを睨み返す。
「『魔王』だけじゃない。その配下に殺された人だっている。あの大戦で失わずにいた人は、いるのかな?」
リートに便乗するように、アクルもまた、声を上げる。
「……そうね。少なくとも、私はそんな人には出会っていないわ」
レックスの怒りに飲み込まれかけていたキアもまた、冷静さを取り戻して、今度は臆さぬように仁王立ちでレックスと対峙する。
「ユニアだって、両親を魔物によって殺されているわ。私の父が通りかからなかったら、ユニアはここにはいないかもしれないわね」
申し訳なさそうに口を紡ぐユニアは、何も言わない。
「だから、なんだ。俺には関係ない。…………俺は、兄さんの仇を取るだけだ」
レックスの苛立ちは、怒りは更に増している。
「ねぇ、レックス」
その苛立ちを受け止めるように、両手を広げたレイナはにこやかに笑う。
「君と、彼女たちの違いは、なんだと思う?」
突然の謎かけに、レックスは無言を貫く。
「彼女たちは、"過去"に生きていない。"現在"、そして"未来"のために生きている。……君とは、対極の道を見据えている。君にも、そんな道があるという事を、今認識して欲しかった」
それは、まるでもうすぐ別れが来るのを知っているかのような、寂しさをまじわらせていた。
「……妙な言い方だな」
「それについては還誕祭までのお楽しみ、だよ」
目を細めるレックスに、人差し指を立てて話を切り上げたレイナはクルリと身体を回転させる。
「さて、レックスの昔話はここまでにしましょう。ミストラル学園1期生4名の審査結果を発表致します」
立てた人差し指を天へと掲げ、レイナは宣言した。
「…………え?」
「あ、逃げたら新作食べてもらうよ?」
目を丸くする4人を後目に、立ち去ろうとするレックスへ、レイナは追い打ちをかける。
「……………………」
金縛りにあったかのようにピタッと動きを止めたレックスは、レイナを忌々しげに睨む。ユニア達からは背を向けた状態のレックスの顔が、まさか蒼白になっているとは、この時のユニア達は思いもしなかっただろう。
「ユニア・ミセリア。キア・ランバード。リート・レガリオ。アクル・アルフィード。君たちは、Sクラスになります」
「え、S!?」
さらりと告げられる結果に、ユニア達は顔を見合わせた。その一方で、学園の制度を知らないレックスははてなマークを浮かべるのみ。
「つきましては、還誕祭にて君たちの力を披露して頂こうと思います」
ニコニコと笑顔を浮かべるレイナに、キアは得意気に頷いた。
「もちろんですわ!精一杯、務めさせて頂きますわ!」
「感謝します。でも、今年のメインはレックスが務めますから、気楽に臨んで下さいね?」
深々と頭を垂れながらも、レイナはキアの出鼻を見事にへし折った。
「……どういう事、ですの?」
顔をひきつらせて、キアは問いかける。
「…………何をやらせるつもりだ」
キアとレックスの問いかけに答えるため、頭を上げたレイナの笑顔は、先程と違い小悪魔のような笑顔へ変わっていた。
「言ったでしょう?レックスにある称号を与える、と。これは、その為のパフォーマンスなのだと、理解して下さい」
――レックスは知っている。
レイナがこういう笑顔をする時は決まって、良くない事を引き起こす前触れなのだと。