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青い紅~せめてあなたに花束を~  作者: 暁 乱々
精霊契約編
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8.迫りくる手

 青の花園に日没前の光が降り注ぐ、青い花もこのときばかりは朱に変わる。

「ほんとに誰も来ないね」

「そうだね、フィオナ」

 秘密の花園には今のところ誰も来ていない。貴族のことなら相応の追っ手を放っているはずだ。

「ねぇフィオナ、今日はずっとここに居るの?」

「うーん。ここは冷えるから、夜はあまり居たくないんだけど」

 フィオナがここに訪れるのは日のある間だけで、夜は来たことすらない。

 ただ今日は辺りに追っ手がいる。下手に動くと捕まる可能性がある。

「リリア、ここ以外で捕まりにくい場所があるにはあるよ」

「住んでた所?」

 大当たり。奴隷居住区は最外城壁外にあり、城壁による制限なく広がっている。そのため、市街よりは広い。それに、奴隷居住区は貴族にとっては危険で不衛生な場所のため近寄らない。だから城壁の兵士も中級市民が担っている。

「リリアは大丈夫?」

「私は大丈夫。でも……誰か来る」


 フィオナは奴隷居住区の方を見る。するとフードをかぶった人が三人こちらに近づいてきている。

「逃げよう!」

 二人は奴隷居住区と反対方向に向かって走る。

「おい、逃げたぞ」

 背後から声が聞こえた。もうすでに見つかっている。

 フィオナは走るのに自信はあった。居住区内で物盗りをしたときはほぼ逃げ切ってきた。昨日は無謀なことをして捕まってしまったが。

 リリアも小さく、動きにくそうな格好なのに余裕そうにフィオナの走りについてきている。

 フードの男たちはどうか、彼らもやはり速かった。リリア以上に動きにくそうな丈の長いローブ姿だったが、相手は大人だ。体格の面で子供のフィオナより優位に立っていた。

 徐々に詰められる。それに……。


「フィオナ!」

 花園にバタッと人が倒れる音がしたのだ。よりによって倒れたのはフィオナ。

 リリアはフィオナに駆け寄る。リリアが見たフィオナの姿は異様だった。

 左足は地面を蹴り、右足は地面から離れている。拳は胸の下で握られていた。

 フィオナはつまずいたわけではない。走っている途中に体を固められ、駆けている姿勢のまま横倒しになったのだ。

 誰の仕業かは、はっきりしている。


「この金縛りの呪いを受けて、声も上げないとは素晴らしい根性だよ。もっとも、別の方法で声を上げなくてもいいようにして欲しかったのだが」

 フードの男が語りかけてきた。フィオナとリリアは三人のフードの男、いや魔道士に囲まれていた。

「呪いの件は申し訳ないが、本題に入ろう。元から口は利けるようにしている」

 魔道士の一人が近づき、フィオナの前で右手を開ける。手中には金貨一枚があった。

「契約を認めれば、金貨は君のものになる。認めてくれるか」

 魔道士の狙いはリリアに間違いない。父や司祭が言っていた展開になっている。

 金貨一枚。大金で奴隷身分のフィオナは見たことがない。銅貨に直せば十万枚、一年は働かずに暮らせるだろう。それでもフィオナの答えは決まっている。


「沈黙か。よく考えてみな、金貨を持って帰れば家族は喜ぶぞ。辛い仕事から解放される。君も仕事をしなくてよくなるかもしれない。欲しいものが手に入るかもしれないぞ」

 この魔道士は何も知らない。奴隷身分の世界を。

 ここで精霊を失えば、フィオナは一生奴隷身分。明日、最外城壁の外に追い出される。

 そこの人間は金貨の価値が高いことは知っている。銅貨十万枚の価値なのも知っている。しかし、銅貨十万枚の価値のあるものは存在せず、釣り銭を払える者はいない。万が一、払えた人間がいたとしても、銅貨百枚程度に勝手に換算されて、トラブルは確実、泣き寝入りすることになるのは目に見えている。また、盗みにも遭いやすい。


「もう、時間切れが近づいている。契約するか? 契約すれば金貨三枚渡す。従わなければ力ずくだ、もちろん金貨はやらない。どうだ、素直に従って金貨を受け取ったらどうだ」

 魔道士はおそらく貴族の世界にいる。底辺では金貨が本来の価値を持たないという、十歳でもわかる常識が分かっていない。

 フィオナの親はフィオナが精霊契約をし、市民の仲間入りになることを異様なまでに期待していた。精霊契約できなくて戻る分には仕方ない。しかし、精霊契約したにもかかわらず、精霊と交換で金貨を持って帰ってきたとなると激怒どころでは済まない。

 間違いなく追い出されるだろう。住む所はなくなる。手に残されたのは十分な価値を持たない金貨だけ。


「あんたは何も知らない。私は絶対認めない!」

 フィオナは固まった体のまま、叫ぶように拒絶した。

「ほぅ、それは本心か」

 魔道士が問う。

「私は変わらない。たくさんの人が悲しむから。私も、精霊も」

「ほぉ精霊も、と言うか。なら試そう、そして後悔するがいい!」


 魔道士三人は杖を掲げて詠唱する。

「聖なる理を以って、この下賤の略奪者から真の契約者へ精霊よ戻り給え!」

 詠唱の最後の言葉とともに、フィオナとリリアは紅の光に包まれる。


「ぐあぁぁぁ……」

 それは二人を引き裂く光。実際に引っ張られているわけではないが、全身の皮膚が引き剥がされる感じだった。

「そうか、苦しいか。さぁ精霊よ、その者から離れアール様の下へ行きなさい。そうすればすぐ苦しみから解放される。移らなければ同じくたくさんの人が悲しむぞ」

 魔道士側にも守るべきものがある。フィオナと違うが『たくさんの人が悲しむ』のに変わりはない。自らの力を振り絞り、契約書換え魔法に注ぐ。


「そんなバカな」

 魔道士が見たのは、リリアが這いつくばってフィオナの下に近づいてゆく光景。この魔法は精霊にも引き裂くような苦しみを与える。精霊でも動くことは難しい。

「早くも奴隷根性がうつったようだな」

 思わず言葉が漏れる。

「今の相手は奴隷身分だ。たとえ明日身分が上がっても、アール様のような貴族とは違いできることは限られる。精霊よ、そなたにも守るべきものがあるだろう。貴族なら権限がある。アール様だけで叶えられなくとも、そなたに有利なよう町や国に働きかけることができる」

 リリアは這って進み続け、横たわるフィオナに腕で触れる。

「そうやってパートナーの前に入っても魔法は防げない。奴隷や一般市民のケンカではないのだ。アール様の下に付けば、そなたの力を最大限に発揮できるよう訓練できる。攻撃され、痛めつけられようとしても、そなたの力で守ることもできるぞ。情けない無能な人間の真似事をしなくてよくなる」

 リリアはフィオナの前から動こうとしない。姿もこの場所にしっかりとどまっている。


「そうか、行かぬか。そなたは初契約なのだろう。貴族がパートナーとなるとどんなに幸せか知らないのだろう。ならば私達が救い出す。そなたを苦難の道に落ちないように」

 紅の光はいっそう輝きを増す。フィオナは激痛に動くことなく全身が硬直する。叫ぶことすら許されない。

「苦しいか。パートナーだった者のためにも早く移った方がいいぞ。そなたには魔法は止められない。この苦しみが続けば、そなたはよくても、この者は死ぬぞ」

 魔道士は最悪殺す気でいた。殺傷能力はこの魔法のメリットの一つであった。いずれは人間側が耐えられなくなり、息絶える。精霊は息絶えることがないため、望む契約者に必ず契約をすり替えることができる。

 ただし精霊の心象は極めて悪い。いずれ契約により問題なくなるとはいえ、相当の期間悪影響が及ぶ。だから普通は殺さない。

 それに、魔道士本人が力を使い果たし、魔道士としての能をしばらく果たさない可能性がある。このリスクも避けたい。


 魔法の力でリリアの姿は淡くなる。

 この場から消えてしまえば契約書換え成功、リリアはアールのものになる。

「そうだ私達、いやアール様の下へ来なさい」

 リリアの意思は決まっている。徐々に淡くなる体を振り絞り、リリアはフィオナの不自然に固められた拳を両手で握った。

 その力はフィオナに伝わる。まだしっかりと触れる感触がした。

「フィオナ……」

 言葉もかすれている。苦痛に満ちているはずなのに顔は微笑んでいた。

 ただこの言葉は、限りなき抗いでもって紡ぎだされたものだった。


「パンッ、パンッ、パンッ」

 突然の破断音が三度鳴り響く。魔道士の杖が破損した音だった。

 杖の宝玉も散り去り、二人を包んでいた禍々しき紅の光は消え去った。

 リリアの体は瞬く間に濃い青のドレス姿に戻り、二人の少女はそのまま抱き合った。


「……」

 魔道士は沈黙していた。魂が抜けたかのように呆然と立ちつくしている。恐らく、心にいっぱい思いが駆け巡っているのだろうが、その内容は分からない

 同じ姿勢をとらされたため、体に痺れはあったがフィオナは立ち上がった。

 リリアも立ち上がり、魔道士の方を見やる。

 魔道士は奴隷居住区に向かって、ゆっくりと去ってゆく。折れて使えない杖は置き去りにして。

 もう彼らは手が出せない。二人の契約は守られた。

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