45.戦いの幕開け
長らくお待たせしました。
今日中か遅くとも4/4までに完結話を更新します。
(残り2話です)
配置図上の赤い点。そこは決して隣国の都市部ではなかった。荒れた小さな砦。ある程度の人が生活していたのだろうが、今は戦線に使用されているかどうか疑わしいほど、人気が無く、静かだった。
まぁ、敵国の都市の中心にある城の中だったら突撃などできない。ある意味助かった。
「気味が悪いところッスね。陥落にも程があるッスよ」
建物は穴があき、掲げられた旗は破れている。所々に描かれた赤黒い紋様が不気味さを増長している。
ラルとウサギの精霊リトがどんどん先へ進む。その後にアールとフィオナ、最後にカイアスがいた。目の前のアールはまだ新兵、フィオナの目から見て明らかに震えている。黒龍が心配そうな表情で見つめている。
黒い猛禽が辺りを飛び回っている。風が止むたびに臭いが鼻につく。
「フィオナ、アール。目を瞑って左に曲がって。カイアスがいいと言うまで」
ラルの指示に従い目を閉じた。彼なりの配慮だったのだろう。
約束を破って右を見ると、やはり精霊に喰われた残骸だった。精霊使いが神鏡を使い、願いを叶えるための代償その役目を終えた体が山のように捨てられていた。
「いいッスよ」
何事もなく通り過ぎた。フィオナは奴隷身分時代に悪い耐性ができていた。アールはどうやらラルの指示を守ったようだ。
四人と精霊達は歩き続け、砦の門に着いた。
門の向こうには砦の本体がある。他の建物とは違い傷がなく、純白のままだった。
恐らく、中に残されているのが災厄の残党に違いない。
ラルが先陣を切って扉を開ける。だが扉の向こうは普通の砦ではなかった。
煌びやかな装飾に彩られ、ステンドグラスから光が射す祭壇。ここは剣で戦う兵士が集う砦ではなく、間違いなく精霊使いが力を行使するために作られた砦だ。
だがその床は奇妙だった。まるでリリアの花園のように青い花が散りばめられ、床中を染めている。
花の祭壇に祈りを捧げる人影がそっと立ち上がる。振り返った男はどこかで見たことのある顔だった。
「まさか、陛下?」
男は何も言わずに降りてくる。だが首に掛けられた神鏡が真の陛下でないことを証明していた。
神鏡は割れている。
「おやおや、弟の差し金ですね。まさか送り込んでくるとは」
「あぁ、静かなうちの先制攻撃ってやつだ」
男は笑う。
「やはり弟は狂っているようですね。巫女は名目上、頂点ですが内実は奴隷。アルフィリアは変わらないようですね」
今回の件で国王は関係ない。今はフィオナ達の戦い、あのギルド・メメントを、災厄が残された区画を救うための戦い。目の前の男はその犠牲を元手に襲い掛かるに違いない、その手を矯める攻撃だ。
「言葉も出ないですか、事実なのですね。ならば救いましょう。あなた方を巫女の呪縛から解放しましょう。そして巫女を虐げながら依存する弟に代わって、私が玉座に就きましょう」
突然の言葉の本心は掴めない。目の前の男の経緯は分からない。根底にあるのは鏡が割れた者に対する仕打ちへの恨み。鏡さえあれば、目の前の男が国王であったのだろう。
ラルがリトを抱いて飛びかかる。男も動く。その動きは同時だった。
ラルが放つ刃は見えない障壁に阻まれた。割れた神鏡は決して飾りではないようだ。
鏡があるならそこに刃を突き付ければいい。生贄を与えられ、鏡により無理矢理動かされてきた精霊は、すぐさま男を見捨て離れてゆくだろう。だが、この男に鏡はない。どうすれば戦いは終わるのだろうか。
そもそも、何が精霊を引き止めた? 鏡の縛りが無いのなら何か理由があるはずだ。
ラル達は対峙したことの無いタイプの相手に思考を巡らせていた。
戸惑う間に男は氷の剣を放つ。それは全てを切り裂いた災厄の象徴。今も何かを破ろうと狙っている。剣はフィオナを狙い放たれる、向かい来る剣はラルが俊足で追いつき叩き落とす。
逃げ惑うフィオナ、男は立ち向かうラルではなく、フィオナばかりを狙う。
その意図は何か。執念深い表情の奥底に強い怨念が潜んでいるような気がしてならない。それは男だけではない。男に宿る精霊も同じではないのだろうか?
ラルが目を見開く、氷の剣はラルの刃の上を通過し、猛スピードでフィオナに向かう。
フィオナの目にも顔面に迫る切っ先が映る。駄目だと分かっていても目が閉じてしまう。
刃が胸に刺さる。そう覚悟をしていた。
ふと瞼の向こうが明るく輝く。目を開くと切っ先は橙の炎に包まれていた。炎が消えた時、氷の剣は跡形も無く消えていた。
横でにこやかに微笑むアール。炎は彼の精霊、黒龍の精霊が放ったものだった。
だが、緊迫した戦いは終わらない。天井から雷光が放たれる。その瞬きは何かを撃ち抜いた。
何かではない、大事な人を撃ち抜いた。
フィオナは叫ぶ。青い花の散る砦の祭壇にその名が空しく響いた。
「ラルーッ!」
こだまは祭壇中を駆け巡る。その中に混じる不気味な笑い声。
動かない騎士を前に、男は高らかに笑っていた。




