44.王室の影
第四城壁の外、氷の剣により穴が開いた街を見た後、例の花園を訪れた。
やはり、被害は免れていなかった。
所々、氷の剣に穴をあけられ、その前段階の青い雨により枯れ果てた花もある。
街よりは被害が少ないことを知ってフィオナは安心した。ここが壊滅的であるならば、これからの決戦に望みは無い。
あとは、時間をどれほど与えられるか。リリアに対する願いがどれほど執行されるかに懸かっている。
街ではもう準備が進んでいるが、成就するのはもっと先。フィオナもそこまで期待を抱いていなかった。
第四城壁の外、ギルド・メメントにフィオナの居場所は無かった。だからといって王城はもう懲り懲りだ。また、拘束されるか分からない。後ろには監視、変なことをすればもちろん拘束されるだろう。
フィオナはやむを得ず、内側の城壁へと帰ってゆく。馬車の中は王城へ少しずつ近づいてゆく。
そっと窓から外を除く、見たことのある邸宅が見える。
「ちょっと、止めて」
フィオナは馬車を止めて降りた。すかさず監視が付いてくる。
「フィオナ様、ここへ何用で」
降りた場所はアステア邸。かつて仮初めの王国を創り、大勢を連れ出し王室と敵対した。許されることではない。だが彼のおかげで国は延命した。ならば……。
「調査のためです」
「アステアを調査するなら我々にお任せ下さい。この家は犯罪者の家でございます、巫女様を危険に晒すわけには」
「すごい矛盾ですね。前の巫女を殺しておきながら、よくそんなことが言えますね」
監視を無視し、アステア邸に入ってゆくフィオナ。監視は背後から体を掴んだ。
「行かせません。ここだけはなりません。絶対に」
ここだけはなりません?
「ここ以外ならいいのですね。では、なぜここはダメなのですか」
監視は言葉に詰まる。
「説明して下さい」
「……それは」
「それはだな、王室も今回の災厄にかかわっているからだ」
ドリャーと叫びを上げて、兵士が飛びかかってくる。その姿は二人。背後には黒龍がいた。
事態の急変に馬車から残りの監視も飛び出し、フィオナを囲んだ。
横に居るリリアがそっと、フィオナに触れる。その様子を見た監視が距離を置いた。彼らは巫女と同じではない、所詮は一兵士に過ぎないのだ。この状況は好都合だった。
「隙あり!」
横から黒龍が押し寄せ、監視に向け炎を向ける。突如現れる巨大な炎を前に、監視達は連携を欠き散ってゆく。リリアは攻撃ができない精霊だった。それに恐らく彼らが命じられたのはフィオナの保護ではなく、敵対的な監視。巫女につける兵士としては人選を誤っていたのだ。
散った監視達をアステア邸から出てきた人々が捕らえてゆく。その先頭はあの洞窟で、子供を誘拐した犯人にして、国を延命させた張本人アドニス・アステアだった。彼も剣を持ち、戦っている。
そして、直属隊の兵士の手で一人、また一人拘束されていった。
事が収まるとカイアスとアールがフィオナの元へ来た。
「どうして私がここへ来ると分かったの」
「隊長から聞いたよ。王室に反抗していたって。王城に向かう馬車で僕が言ったこと憶えているなら、ここへ来るのではないかと思って」
アールの言葉に思い出した。アドニスを捕らえて、昇級した時のことだった。
『今は好きなように生きた方がいいのかもしれない。祈り子は巫女の選任対象だよ。今日の昇級でフィオナは継承資格を得ることになる。もし、巫女になったら……』
そう、あのときアールは言っていた。
(私は全てを知っていた。だから巫女になりたくなかった。でも、事は次々と進んでしまって引き返すことなどできなかった)
「巫女になると自由は無いよ。祭壇で毎日精霊に向かって祈るだけの生活。ただ、国王の誉れのために、命尽きるまで国に捧げることになる国家予算によって叶えられる願いが唯一の希望だって。父がから聞いた」
そして、アドニス・アステアが罪を犯して仮初めの王国を築いた理由。それは表向き善良でも真の中身は腐敗した王国をいつか打倒する野望だった。
あのときは信じられなかった。子供たちを犠牲にして人形にしてその魂を精霊に捧げていた。アステアの魔道士に人形にされた経験もあるフィオナにとって許されざる犯罪。精霊は自らとアールの救出を願い、アステア家の多くの者もアールの救出を願っていた。
当時のフィオナにとって、彼は犯罪者以外の何者でもなかった。そんな言葉、到底信じられるはずがない。
でも今は違う。王室が求めているのは身の安泰。国難に打ち勝てば信頼は揺るがない、その打算ですべてが回っているのだとしたら……。王室を信じてリリアの願いを伝えた、それは確かに執行されている。だがこれが巫女のご機嫌取りに過ぎないのだとしたら……。
「落ち込むではない」
そう言葉を掛けたのは、アドニス・アステアだった。
「確かに当時、国は戦勝の手柄を自らの物にしようと私に君らを放った。余計に被害が増えることも知っているのにかかわらず。だが、元はといえば隣国がいきなり戦闘を行ったことが悪いのだ。決して国が災厄を持ち込んだわけではない。処理の仕方に私は憤った。そして私は罪を犯した。それだけだ」
アステア家の者が正門を閉じた。
「君達は行きなさい。これを持って」
紙切れを一枚手渡された。
「隣国の兵士配置図だ」
紙には赤い点が一点しかない。
「これ誰が作ったのですか」
アドニスは黒龍を指さす。
「彼が集めた情報を私達の手で修正した。この者達は私が何とかする、裏庭から出なさい」
まさかアドニスに救われるなど思っても見なかった。アールと黒龍は妙な顔をしているが……。
「そういえば、ラルは?」
「あぁ、たいちょーッスか。しょげてるッス。フィオナちゃんを巫女にしてしまったと独りで勝手に懺悔してるッス」
「ざ、懺悔?」
「精霊兵十人相手にボコボコにやられて……。隊長のせいではないのに」
「そう……」
背後から兵士が近寄ってくる。その兵士は剣を抜き襲い掛かった。
「グフェ、いつのまに……」
いつもの音を上げ、倒れるカイアス。
「な~にが懺悔だ」
襲い掛かった兵士はラルだった。
「フィオナには悪かったよ。俺が捕まらなきゃいい交渉もできただろうし。あの召集令状の時も申し訳ないことをした」
「で、寮の事務椅子に座って、祈るように頭を抱えていたんッスよ。完璧懺悔ッスよ。言葉間違ってないッスよね」
ラルはカイアスに向かって拳を突きだす。だが、その手は顔の前で止まった。
「ごめん、すまない。俺が悪い」
ラルは手を下げる。そして、フィオナの方を向いた。
「俺、フィオナのこと守れずに申し訳なかった。今度は大丈夫。次の戦いで成果を上げたら告発をする。せめて君だけも幸せになれるように」
「いいよ、そこまでしなくて。相手は王室よ。勝てる訳ない」
「いいんだ。俺の行く先はもう決まっている」
ラルは手を差し出す。
「行こう。追っ手が来ないうちに、相手の精霊使いが動く前に」
フィオナは兵士の装備で変装し、最外城壁を越えた。
「俺ら、巫女誘拐の罪でクビ確定ッスよ」
「今のアルフィリアでクビになるって、それはそれは栄誉だよ」
「隊長も悪の道に足を踏み入れたのですね」
「没落貴族が言うな!」
ラル達の顔はにこやかだった。
一行は一夜を過ごした後、アールが居た洞窟を通り過ぎた。
蜘蛛の巣が張り、もう既に荒れ果てていた。百名以上が生活できる空間が整えられていたとはもうとても思えない。
この洞窟で一夜を過ごし、小隊は赤い点を目指した。




