43.せめてもの願い
災厄が降った日から十日ほど経った。フィオナは王城にいることを命じられていた。
常に護衛という名の監視が付き、逃げることは到底敵わない。これからもずっと王城でしか生きられない。
覚悟はしていた。直属小隊メンバー、特にアールからは巫女の実態を聞いてはいた。それは潤沢な予算によって叶えられる願いによって相殺できるものと考えていた。だが、実際は違った。エレシアの最期の言葉や姿が呪いの如くフィオナに襲い掛かる。
『巫女の座は青い紅』。よくよく考えれば罪な言葉だ。もうフィオナは巫女の身を拒んでいる。
(逃げられないのなら、せめて……)
リリアが見つめている。
今日は巫女の就任式。願いに希望を託すしかなかった。
部屋の扉が開いた、これから謁見を迎える。フィオナは兵士の案内で国王の元へと向かった。
部屋に入ると国王はいなかった。
部屋には国王の補佐官や世話係の人々、中央には今日から身に着けるであろう紅の宝玉。巫女の証にして、名目上の王家の証。
遠くから声が聞こえる。
その声は断続的にしか聞こえない。だが、それで十分だった。フィオナはただ歯を食いしばる。
「我らが国王のお力を前に、氷と雷は退いた」
「国王の偉大なるお力が、皆に再びの生を与えた」
「我らが国王のいる限り、アルフィリアは永遠なり!」
他の言葉もあったが、演説の中にはフィオナや命を捧げたエレシアは存在しない。語られるのはただひたすらに国王への賞賛。
声が止むと、城内まで響き渡る拍手が聞こえた。
そう、巫女は陰の存在。一切の成果は国王のものとなっていた。
しばらくすると、国王をはじめ王室の方々が部屋に入ってきた。皆、にこやかな顔だった。
国王が玉座に就くと、その御前にフィオナは跪いた。
「汝はこれから巫女の役職に就くことになる。巫女となれば我々、王家の血族と等しき身分が与えられる」
国王は紅の宝玉を指さして、フィオナに語りかける。
「まずは約束の願いを聞こうか。何でもよい、言ってみなさい」
何でもよい、ならば願いは決まっている。
「私を自由にして下さい。私にこの宝玉を持つ資格はありません」
「それはならん」
即、却下された。当然の反応だ。
「汝は、次代の巫女の成り手。アルフィリアの民を思えば、その願いは断じて受け入れられない」
フィオナは反論する。この際、不敬は関係ない。
「ですが、あれはエレシア先生の補助があったからです。私達の力ではないのです。陛下は見てらっしゃったでしょう」
「それでも、断じてならん。汝が拒めど、任についてもらう方法はいくらでもある」
国王は横で見守る補佐官に目配せする。彼らの手元には杖。
「今なら紅の宝玉を手にし、そなたの意志そのままに巫女になれる。だが拒み続けた場合は宝玉を奪い、隷属という形で任についてもらうぞ」
国王の言葉に動いたのはリリアだった。フィオナの許へ寄り術者の間に立つ。
術を跳ね返す方法なら知っている。もう相手の思い通りにはならない。
「陛下、私はもう術にはかかりません。全てを受け止め、その一切を返します。反動に耐えられますか」
国王は言葉に詰まる。
目の前の巫女候補が持つ力は魔法を受け止め、反動を与えること。巫女としてまだ弱くても、精霊のもたらす災厄すら跳ね返す力。魔道士の魔法など大海に炎を灯すようなもの。杖が折れるか、体が吹き飛ぶか、自らの魔法により巫女に隷属するか。よくよく考えれば無駄な結末しか想像できない。
「ならば」
フィオナは首の後ろに金属の冷たい感触を覚えた。
兵士が槍を突き付けている。刃からは逃れられないことは、フィオナはよく分かっていた。
それでも、フィオナの優勢には揺るぎない。
「陛下、私を槍で突くことはできない。槍で突けば私は死にます。傷つければ任を全うできません。それでも槍を振るいますか」
国王はフィオナを憎らしげに見つめる。顔は歪み、拳に力が入っているのが遠くからでも分かる。
国王陛下の中で、考えが揺れる。
十分な反逆罪に間違いない。国王権限で巫女の任を刑罰にすることもできる。だが、それでは……。
「陛下!」
国王陛下の元に補佐官が一人やってきた。何やら耳打ちしている。
その様子を見るフィオナとリリア。しばらくすると、国王陛下の顔が変わっていった。
不気味なほどの笑みを浮かる。
「ハッハッハッハ」
補佐官がもたらしたのは福音の言葉。国王の笑いが止まらない。
そして、フィオナに向き合う。その顔は勝利を確信した顔へと変わっていた。
「これなら、どうする」
補佐官が兵士を一人連れてくる。兵士につられてウサギが一羽。ラルだった。縄で縛られ刃を突き付けられている。
「随分、ゲスなことに手を出したな」
反抗的なラルに対して、国王陛下は見下しながら言う。
「よく国に仕える身で、縄で縛られている状態で、その口が利けるな。その刃で身を切り落としてもよいのだぞ」
ラルの強硬さは変わらない。
「殺すのなら俺を殺せ。だがフィオナは解放しろ」
口調が鋭いままにラルは言葉を続ける。
「さっきの演説は聞いた、今回の手柄はあんたと国が総取りしたようだな。アステアが個人的に作り上げていた防衛ラインを俺らに無理矢理破壊させて、わざと敵の侵攻を促した。俺達を騙してまで、成果をアステアに取られたくなかった。違うか?」
「黙れ、放っておけば何を言うかと思えば戯言ではないか」
国王の言葉でも止まる様子は見せない。
「あんたらは成果を総取りした。救世主となるのを引き換えに、多くの人を犠牲にした。街を破壊した。前の巫女も殺した」
「もういい、殺れ」
ラルの声を断ち切り、突如響いた王の声。兵士が刃を下げ矯める。振り下ろされればラルは終わり。
刃は容赦なく動き始める。
「待って下さい!」
フィオナが声を上げる。すんでのところで刃の動きは止まった。ラルがこちらを睨む。
「何だね、受ける気になったか?」
フィオナはそっと頷く。
「フィオナ。一度受けると、こいつらは一生集り続けるぞ。それを分かって……」
「但し、条件付きよ」
国王がフィオナから目をそらし、大声で笑う。
「普段の私は気前がいいなのだがね。さっきの発言を聞くと、とても願いなど叶えられんよ」
「巫女の力が弱いままでも良いのですか」
「それは……」
言葉に詰まる国王。見事に引っかかった。
「だが、そなたの願いは聞かぬぞ」
「私でなければ良いのですね」
「そうだ」
それなら、これでどうだ。
「なら提案があります。せめてリリアの願いだけは叶えてあげてください。予算の執行には精霊の願いでも構わないはず」
「リリア? 横の精霊か」
「そうです。リリアの願いを叶えれば、きっと国にも利があるはずです」
フィオナは願いの訳を話す。その願いは三つ。頑なに拒んでいた国王は話を全て聞いた。
結果は……。
「その願い、全て叶えよう」
横でリリアは満面の笑みを浮かべていた。それはフィオナも、国王も同じだった。
「早速予算を執行せい。巫女の精霊の願いだ」
補佐官達が畏まり敬礼をして、去ってゆく。
「今、一つ目の願いを叶える。君らも行ってよい」
もちろん完全な野放しとはいかない。常に監視が付き、巫女の責は免れない。
ただし、一つだけ条件を付けられた。
初めて行く場所は第四城壁の外、その後は希望を叶えるとのことだった。
フィオナにとって、そこは精霊契約後の大半を過ごした場所、身を救ってくれたギルド・メメントのある場所だ。受け入れるのは簡単だった。
後から見れば、策略だったのかもしれない。
第四城壁の外は災厄の爪痕が残り、ギルド・メメントはまだ黒い霧に取り込まれている。
まだ戦いは終わっていなかったのだと、初めて知った。
為すべきことは分かってる。戦うには自信はない。ただ、消耗し独りで果てていくだけ。だから巫女を拒んだ。
今までは巻き込まれてばかりだった。自分でどうすることもできず、ただ振り回されていた。
だが今度は受けて立とう。あの願いが叶うなら、私達にだって勝てるかもしれない。
もう巫女の身は関係ない。あの時、私を救ってくれたギルド・メメント。その人達のために。
瓦礫の街の中でフィオナ達は誓った。決戦の時は少しずつ迫っている。




