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青い紅~せめてあなたに花束を~  作者: 暁 乱々
精霊の巫女編
42/48

41.青い紅(上)

 夜明けの空は黒く染まっていた。完全な闇ではないものの、月明かり程の光しか届かない。離れた場所には陽光が降り注ぎ、白く輝いて見えるのに、ここだけは見放されたような黒だった。

 遠雷が轟き、季節外れの冷たい風が吹き荒れている。


「ここに居たまえ。奥でエレシア様が我が国を守りし精霊に祈りを捧げている。君に課せられた任務はエレシア様を守り助け、最善の結果に導くこと。手段は問わない、よいか」

 兵士に連れられ着いた先は王立教会の入口、そこに立つ兵士は見覚えのある顔ばかりだった。

「では、ご武運を」

 兵士が去り、大扉の前に立つ人を見る。フィオナの知る直属小隊の三人がそこにいた。

 カイアスは挨拶代わりに左手をそっと上げる。アールは胸に右手を当て、黒龍の精霊に鼻で(つつ)かれている。ラルはフィオナから目を背け、右手は剣に触れている。ここはもう戦場だ。


 リリアは空を見上げていた。間違いなく敵は天からやってくる。

 史実によると古代の戦いは剣と剣の生身の戦いだった。やがて精霊契約が行われるようになると、神鏡で精霊を使い、精霊の力で戦が行われるようになった。だが各所で国ができると大勢の生贄を精霊に捧げ、相手に災厄をもたらす戦が行われ始めた。そして、この災厄をまき散らす戦が標準になったという。

 今、挑んでいる戦はまさに標準的な戦。おそらく敵は大勢の生贄を払い、昨日の雨で奪い取ったアルフィリアの民の魂も贄に捧げ、天上の闇を作り上げた。

 敵の目的はおそらく、領地の拡大と新たな生贄の確保。負ければ王も含めた全ての人が奴隷階級に落ちるだろう。


 闇の空に閃光が走った。辺りに雷鳴が響き渡り、地面が揺れる。落ちた先は王立教会の近くの大木。ちょうどフィオナから見える位置にあった。

 雷光は木の先端を切り落とし、木は炎を上げた。月明かりほどの闇の中に赤い光が灯る。

「おい、あれ見ろ」

 後ろからラルの声がする。ラルは木の方を指さしていた。

 指さす方向を見ると、赤い光に僅かに照らされた黒い鳥が飛んでいる。だがその姿は、一瞬にして闇に紛れ去っていった。

「アール、見えたか」

「はい、隊長」

「じゃあ、カイアスは」

「見えないッス」

 カイアスの視点にズレがなければ、間違いない。

「あれは精霊の伝令、目標を修正する気だ。すぐ攻撃が始まるぞ、気を引き締めてかかれ!」


 ラルの言葉の直後だった。再び閃光が走り、同時に耳が壊れるほどの雷鳴と地響きが襲った。

 王立教会の屋根についている像が折れ、フィオナ達の前に落ちてきた。

 幾度と王立教会には雷が落ちる。その度に装飾が壊れて落ちていく。

 普通の雷なら、教会より高い王城か城壁に落ちるはず。なのに雷は全て教会に落ちている。彼らの狙いは背後の大扉の中、巫女エレシアに違いない。


 どこからか、コンッという音がした。

「痛ってーな」

 カイアスの声がする。兜に当たったものを拾うと、大声を上げた。

「でかい雹だ。フィオナ、もっと屋根の奥へ下がれ、今すぐ!」

 フィオナは屋根の最も深い所、大扉の横ギリギリに張り付いた。カイアスがフィオナに雹を見せつける。大きさは握り拳ほど、その雹が一瞬にして雨のように降り注ぎ始めた。氷の礫が地面を打ち、辺りは轟音に包まれている。

 盾で守りながら兵士が続々と教会に集まってくる。闇の中で視界はほとんどないが、雹は教会周囲だけでなく市街にまで広がっているのかもしれない。市民階級の家が、この雹に曝されれば屋根は簡単に破れ、崩壊するだろう。

 

 フィオナは震えていた。それはリリアも同じ。あのとき見たリリアの記憶にこの災厄は無かった。

 いずれにしろ、このままではいけない。

(それなら、せめて……)

 駆け寄るリリアをフィオナは両腕を広げ受け止める。リリアの体が触れた後、その姿はすぅーとフィオナの中に溶け込んでいった。

 全身から放たれる淡い青の光。ラルとアールはフィオナの方を向いて目を見開いていた。

 フィオナの中に、初めてリリアが宿ったときと同じ歌声が響いている。

 リリアの力は破魔の力。でも、いつも術を止めることはできなかった。できるのはただ受け止め、その反動を与えること。

 もし黒い獣を祓ったときと同じなら、一度、雹を受け止めなければならない。


 フィオナは教会の屋根の下から一歩一歩、外へ歩き出す。青い光に照らされた雹は球形ではなく、剣の形へと変わっていた。当たれば身が裂けるだろう。

 背後でカイアスが飛び出そうとしていたが、ラルとアールが止めていた。精霊の見えない者にとってフィオナの行動は自殺行為だ。

 本当はフィオナの体は震えている。恐れのあまり、胸元で祈るように両手を結び、俯きながら歩いている。

(でも、今なら大丈夫なはず。きっと受け止められる)

 不安の中の決意。フィオナは氷の剣の雨に身を曝した。


 闇の空に響いたのは絶叫だった。青い光は剣も雷も受け止め、フィオナには傷一つ付いていない。だが、それは痛みが無いことと同じではない。フィオナの膝は地面に落ち、反射的に縮こまる。全身を貫くような痛みがフィオナを襲っていた。

(今、下がってはいけない。耐えなきゃ)

 二、三歩下がれば安全地帯。でも、その『安全』は一時的なものに過ぎない。

 無情にも氷の剣と雷は、フィオナの元に絶えず降り続けている。一発受け止める度に災厄は減り、敵の精霊使いに反動を与えていると信じたい。だが、フィオナを守る青の光は早くも収束を始める。昨日と同じ、力が失われてゆく感覚がする。意識は遠くなり、黒い闇の中にいるはずなのに、徐々に視界が白くなってゆく。

(今日だけは絶対にダメ。どうか今日だけは持ちこたえて!)

 頭の中に響く歌声を唱え、踏ん張ってみる。

 だが、状況は変わらない。フィオナにあるのは痛みと消耗してゆく感覚だけ。


 そのときだった。背後の大扉が開いた。

 大扉の中から放たれる紅の輝きは、空を突き刺して闇を削り、降り注ぐ氷の剣と雷は収まっていく。

 大扉から人影が現れる。全身に紅の光を纏う女性の姿。出てきたのはエレシアだった。だが、その体はひどく痩せ衰えていた。

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