34.宝玉の色
市街に戻って数日が経った頃、フィオナは王城へと呼び出された。今の階級宝玉は騎士階級の黄色、城内まで一人で行くこともできる。だが、一台の馬車がフィオナを迎えてくれた。
「乗って」
馬車の中から声をかけたのはアールだった。今は、幸いにも疑いの目を向けていたレダはここにいない。フィオナは急いで馬車に乗り込んだ。
「そこまで慌てる必要はないとは思うが」
「ちょっとした事情で……」
フィオナはアールの目をそらしながら言った。
「でも市民階級ですらなかった君が六等だなんて、精霊契約者でも難しいのに」
アルフィリアでは六等以上の階級を持つと、事前申請を条件に王族への謁見が認められる。そのため、七等以下とは違い王族から直接階級が授与される決まりとなっていた。今でこそ分かるが、階級とは縁の遠かったフィオナは最近まで知らなかった。
横でアールは馬の鼻先を静かに見つめている。彼の首元には朱色の宝玉、貴族の証がついている。彼は予想していた、この色の宝玉を持てるのは今日で最後だと。フィオナ以下の階級に降級の上、貴族の地位は剥奪されることも。
「君は、階級六等になったらどんな仕事をする? 貴族でなくとも文官の仕事はあると思うが」
フィオナの胸の中でギルド・メメントの仲間たちの声が響く。
「今は、国の仕事は考えていないです」
フィオナはきっぱりと言い切る。
「僕は防衛官になるよ。帰った後ラルさんの推薦状をもらった。直属隊は昇任試験を経ないと入れないから、今すぐは難しいけど、いつかラルさんの隊に入ろうと思う」
アールの華奢な体で防衛官になるのは厳しいとフィオナは思った。でも、鏡の無いラルは間違いなく彼の標になっている。思ったことは胸の内に秘めておいた。
「でも君は不思議だよ。貴族ではないとはいえ、高い階級の宝玉を持っている人は、僕も含め身分に欲があったよ。国の仕事をどんどん受け、階級を上げようとしている。君の場合まだ実感がないのか、ギルド・メメントがよっぽど合っているのか。それとも根っからの祈り子なのか」
アールは前を見据えながら話している。馬車は第三城壁の門を過ぎ、再び速度を上げる。
「だが確かに君の場合、今は好きなように生きた方がいいのかもしれない。祈り子は巫女の選任対象だよ。今日の昇級でフィオナは継承資格を得ることになる。もし、巫女になったら……」
「えっ……」
馬車は城壁を通過し、巫女のような服を買った市場を通り過ぎた所で止まった。
目の前には王城の城門。二人は馬車を降り、城の中へ入った。
王城に入ると、アールとフィオナは別れた。フィオナは豪奢な制服を着た騎士の案内で長い階段を上ってゆく。煌びやかな装飾に彩られ、真紅のカーペットが引かれた通路に入る。今日は前金で新調した服を着ているとはいえ、場違いな感じが著しい。今の宝玉の色にもふさわしくないとお叱りを受けそうな恰好だった。
騎士はある部屋の前で止まり何やら合図をする。その後、騎士は扉を開けた。
「お嬢様、お入り下さい」
フィオナが部屋に入ると、若い女性の姿。後ろを空気のようについてきたリリアが部屋に入ったタイミングで、後ろの扉は閉まった。
「この度は昇級おめでとうございます。一度宝玉は外させていただきます」
女性が首元の宝玉に触れると、宝玉は外れ女性の手元に落ちた。そして、テーブルに置かれている箱から橙がかった黄色の宝玉を取り出し、フィオナに手渡す。
「貴殿に、階級六等を与える」
フィオナが宝玉に手を触れると、授与式と同じように宝玉は自然に首元へと収まった。
「階級の授与式はこれにて終了です。ただし一つ確認したいことがあります」
「どういったことでしょうか」
「あなたは精霊と共に一生歩んでいけますか」
フィオナの答えは決まっている。
「もちろん、ずっと一緒に生きていくつもりです」
女性は安堵の表情を浮かべていた。
「その回答をして頂けるのなら……いえ、分かりました」
女性は立ち上がり、部屋の扉を開ける。扉の向こうでは先ほどの騎士が待っていた。
帰り際に女性の首元が目に入った。首には紅の宝玉、王族の証。その下には枠縁だけとなった神鏡があった。
王城を出ると一人の男性が出迎えてくれた。アドニス・アステアだった。彼の宝玉は朱色からフィオナと同じ色へと落ちていた。アドニスは見たことのある紙をフィオナに差し出す。
「依頼書ですか」
「そうだ、アールが防衛官になる。もう手続き中だ。本来は下積みが必要らしいが、特別に君の友人の部下となるらしい。ただ遠征が多いそうだ。私としては倅が旅立つ前に祝ってやりたいのだが……この後、当面檻の中にいなければならない」
アドニスの後ろで兵士が睨んでいた。
「君は儀式の前から花売りをしていたと聞く。その経験を活かしてどうか私の代わりに祝ってほしい。君が送る最高の花束でね」
フィオナは依頼書を受け取る。
「報酬はこれしかないのだが……」
アドニスが手渡したのは小銀一枚。十分すぎる報酬だった。
「喜んで、お受けいたします」
「日は追って連絡させる。その時は頼むよ」
アドニスはこの言葉を最後に連行された。フィオナは乗合馬車に乗ってギルド・メメントへ帰った。
フィオナは平穏な日常へと帰りつつあった。
*****
その頃、王城の一室で紅の宝玉をつけた二人が話をしていた。
「良かったな、ようやく跡継ぎができて」
「陛下は素晴らしい人です。名目づくりに長けたこと。また一人ここへ入れるのですか」
「これでもエレシアを守ったつもりだが。後継を望んでいたのはエレシア、君ではないか」
「そうですが……」
エレシアと呼ばれた女性は目をそらす。
「そうですが、彼女はどうなるのですか」
「何も変わらない。むしろ位が上がり、今より自由になれると思うが」
「陛下は何も分からないのですね。私のことを」
エレシアは首元の宝玉に触れる。
「私にとって、この宝玉は『青い紅』の宝玉です。この意味、ご存知ですか」
エレシアは顔を手で押さえ、部屋から出ていった。
「青い紅。解釈は人によると思うが……」
国王陛下は部屋を出て、エレシアとは別の方へと向かった。
今回で、祈り子編完結です。
次話からは『精霊の巫女編』に突入します。
今後も拙作をよろしくお願いします。




