29.箱庭の王国
洞窟の中は人工の建物のように整備されていた。松明が所々に灯り、視界に困るようなことはない。岩肌や地面もならされ街中の道を歩いているようだった。ただ、ここにも足跡は続いている。洞窟の所々に部屋のようになっている場所があるが、入口付近のものは使われていないようだ。足跡は奥へ奥へと続いている。
足跡を追って進むと人が手を加えた証拠が見つかった。足跡が収束する先には階段があった。こんな物、自然の洞窟にあるわけがない。
ラルがフィオナに目配せする。言いたいことは分かっている。
「リリア、先に上がって見てきて。声は出さずに」
囁き声で言うフィオナにリリアがうなずく。リリアはゆっくりと階段を上っていった。
「何事もなければいいが……」
ラルはリトを降ろし階段を見つめていた。リトの様子は普段と変わりなかった。
リリアが階段を上ってからしばらく経った。フィオナとラルはずっと立って階段を見ていたが、カイアスは我慢できず座っていた。「長すぎるッス。何かあるかもしれないッスよ」
さっきから三人の音しかしない。
「見つかったりしたら、洞窟内に声が響くはずだ。リトの反応もないし、もう少し待とう」
これがラルの判断だった。
そのときだった。小さな人影が下りてくる。
「戻ってきた」
人影はリリアだった。様子を見る限り何もなさそうだが。
「遅かったな。上で何かあったか」
「ううん、上は危なくないよ。でも気持ち悪いの」
「気持ち悪い?」
「何て言ったらいいんだろう……」
リリアは言葉に詰まっている。
「まぁ、危なくないならいい。行こう」
ラルの一声でリトが先に駆け上がる。その後をフィオナ達が歩いた。
階段は入ってすぐ大きく曲がっている。下からは見えないが階段そのものは短く、せいぜい建物の三階分ぐらいだ。リリアが遅かったのはその先も見ていたからだろうか。
リトは何事も無くどんどん上に上がり、階段の一番上で止まった。どうやら本当に何もないようだった。
一行は階段の上まで上がり、扉を開いた。
扉を開くとまばゆい光が射し込む。外に出たのだろう、一瞬視界が白くなるが彩りは戻ってゆく。
その彩りは花畑、赤も黄も青も全て揃っている。花の色は分け隔てられることなく混ざり合い、辺りを満たしていた。
ここには花だけではない。ギルド・メメントにいる子と同じくらいの子供たちがいた。花畑の中を無邪気に駆け回っている。
フィオナは一人の女の子に近づく。フィオナが近づくと少女は振り返った。
「は……」
少女の眼は気を失ったかのように上転していた。遠くからでは分からなかったが隣の子も、その隣の子もみんな同じような眼になっていた。
「「「ようこそ精霊の庇護ある国、新アルフィリアへ」」」
彼らは意識のないまま、歓迎の言葉を口ずさむ。
心を失った彼らを見たフィオナはラルの所へ戻る。その目には涙があった。
「こりゃヤバいな、こんな大人数を支配しているなんて……」
花畑に、人形と化した子供たち。ここは洞窟の中に作られた箱庭だった。
一行は花畑を通り過ぎると、再び扉を見つけた。向こうは再び洞窟の中。フィオナ達は扉を開け、箱庭のような花畑を後にした。
扉の向こうも悲しい光景だった。
同じく意識を失っている子供たちがあちらこちらへと忙しそうに動いている。手元には料理の数々、ここは台所だった。
「まるで城みたいだ」
ラルが呟く。ここはきっと王国を目指している。新アルフィリアという国名を子供たちに言わせているのだから間違いない。どこかに子供の意識を奪い取った魔物使いの玉座があるはずだ。
一行は台所を抜ける、その先には通路があった。横にある部屋には食事をとるのであろう円卓が置かれている。
その先には再び扉、ラルが恐る恐る開ける。
だが、少し開けた所でラルの動きが止まった。
「カイアス、剣を抜け。で、フィオナも覚悟してくれないか」
二人はうなずく。ラルは準備の整った二人を見届け、扉を一気に開けた。
扉の先には大きな通路が横切っていた。右手には大きな椅子が二つ。
間違いなく玉座の間。玉座に座っているのは……。
「いないな」
ここには誰もいなかった。王も兵士も働く子供たちも誰一人いなかった。
ラルの先導でフィオナ達は玉座に近づく。
「リト、リリア。何か見えるか」
リトは無反応だったが、リリアはある点を指差した。左側の玉座だった。フィオナ達は玉座を見るが、何も見当たらない。
「いすの向こう」
リリアが言った。その言葉にフィオナは玉座の左に回る。
玉座の裏に岩が置かれていた。球のような形で明らかに手を加えてある。ラルは剣でその岩に触れた。
ゴゴゴッ。
玉座の真後ろの壁が音を立てて開く。その音は玉座の間に響き渡るほどのものだった。気づかれているかもしれない。
隠し扉の向こうには暗い通路があった。フィオナはいつも使っているランプに火を灯し、通路の中に向ける。通路の奥には大きな黒い扉が見える。
フィオナ達は黒い扉へ向かって歩く。精霊が何も反応しないから大丈夫なのだろうが、他の場所に比べて空気が冷たい。
黒い扉の前、大きく重厚な扉に取手のような気の利いたものなど付いていない。だが、一行が扉の前に着くとまるで待ち受けていたかのように扉が開いた。
扉が開いた先には松明に照らされた大きな黒い影。あれが魔物の正体。そして、魔物の横には光に包まれた少年の姿。恐らく彼が依頼にあったアールに違いない。
ラルとカイアスが剣を構えて獰猛そうな黒龍に近づく。黒龍は近づく騎士に対して首を上げ、赤い眼光を向ける。そのとき部屋に声が聞こえた。
その声は部屋には響かず、直接脳裏に焼き付く。だが、その内容は魔物の容姿にそぐわない。
「祈り子様。どうか、どうか、僕たちを救って下さい。この……から解放して下さい。お願いです。お願い……祈り子様」
鼻をすするような音もあり、聴き取りづらい。だが、この悲痛な声は間違いなく黒龍のものだった。




