2.出発のとき
フィオナは曙の光で目を覚ました。粗末な家に差し込む光は壁や屋根を突き抜け、光の線となり直接降り注いでいる。
穴だらけの寝室を出ると、すでに父と母が起きていて、フィオナを待っていた。
「おはよう」
「おはよう。今日は市街へ入れる日、お祝いだ!」
父が机の上を指さす。
机の上にはパンが置いてあった。形からして二分の一切れ。それでもフィオナの家では、豪華な食事だった。
「本当にいいの?」
「何、遠慮することはない。一生に一度の出来事なんだから、これくらいしないと」
そういわれて、フィオナはパンを頬張った。
パンを食べていると、目の前の椅子に父と母が座る。二人の席にはパンはない。
「なぁ、フィオナ。今日の件について、絶対に守ってほしいことがある。聞いてくれるか」
フィオナは頷く。
「一つ目は儀式には絶対出席すること。今日は商売厳禁だ。いいな」
フィオナは再び頷く。
「二つ目は市民や監視の兵士には従うこと。逆らえば、二度と帰って来れなくなる」
「わかってる」
「最後に矛盾するようだが……。もし精霊様と結ばれたら絶対に帰ってくるな。お前は宝玉を受け取り市民となれ。パパとママは放っといてくれ家族のためとか言ってお金と交換しようと近づく輩がいるらしいが、そいつは無視しろ。所詮もらえる金なんてひと月で尽きる程度だ。もし帰ってきても一生それには手が届かん」
父はフィオナの手元に残されたパンを指差す。
「……わかった。約束する」
「そうか、また出るときに言ってくれ」
父は席を外し、寝室に入った。フィオナは最後の一切れを噛みしめ、飲み込んだ。
「ねぇ、フィオナ。今日はこれを着なさい」
食事が終わると母が、服を持ってきた。昨日着ていたような、破れや虫食い穴の全く無い白い服。
「昨日着ていたものよりは、出来が悪いかもしれないけど、市街への入場許可は下りるはず」
母の顔はフィオナを見据え、その瞳は輝いていた。フィオナは服を受け取り、さっきまで着ていた穴あき普段着を脱いで新しい服に着替えた。遠慮気味に言っていたけど昨日と差が無い、いや昨日以上の服のような感じがした。
「フィオナ、そろそろ時間だ。恐らくもう少しすれば市街の鐘が鳴る」
寝室から出てきた父の顔は濡れていた。
「もう、準備はできたよ」
フィオナが答える。
「何も持たせてやれなくて、ごめんね……」
母がフィオナに謝る。その顔も父と同じように濡れていた。
「今日の服とパンで十分だよ」
フィオナは、『これが最後じゃないんだから』とはとてもじゃないけど言えなかった。
市街の方から鐘の音が鳴る。
「フィオナ、もう行きなさい」
父と母のその言葉で見送られた。二人とも涙をながしていることがもうバレバレだ。
家の中で手を振って、市街へ向かうフィオナを見つめていた。娘が奴隷身分から解放されることを願いながら。




