28.生贄の足跡
岩のドームからしばらく歩くと三叉路にぶつかった。一本は大きく折れ、もう一本は元来た道と似たような方向へ向かっていた。
「俺が見つけた道は多分これだ」
ラルが言っていた東の道。確かに大きく折れた道に向かって多数の足跡が刻まれている。まだ新しい。
「こりゃ、十人以上はあるッスね」
「魔物使いですか」
「いや、違う。このサイズにこの間隔」
ラルが指さす先には小さな足跡がある、歩幅も狭い。明らかに十歳に満たない子供のものだ。他の足跡も小さいものばかり。
「魔物への生贄?」
「ほぼ間違いない。フィオナ、ちょっと横にずれてみて足跡を潰さないように」
フィオナは右に避けた。その足跡をラルが観察する。
「たいちょー、ここには大人の足跡がないッス。全部子供のものッス」
「俺も同感だよ。ここの足跡はフィオナより小さい」
「どういうことですか」
フィオナにとって訳が分からなかった。
「子供を無理やり歩かせた奴がここにいない。もう操り人形みたいな状態にされている」
「十人以上いるのにですか」
「鏡を使って精霊の力を借りればできるんだ。相応の前払いさえすれば世界すら触れてしまう。彼らにとって抵抗力の弱い子供を操るのは簡単なんだよ。でもこれだけの人数となると犠牲者が出ている。あくまでも俺の推測だけど」
ラルとカイアスが森の奥へと進んでゆく。フィオナも後をついてゆく。精霊の方はリトが先頭を走るのに対し、リリアは怯えながら最後尾を歩いていた。
異様な数の足跡が続いている、人のいない深い森。だが、その奥から光が見えてきた。まもなく森が終わる。
「止まれ」
ラルが左手で合図する。
「ゆっくり来て、頭を伏せて静かに」
フィオナとカイアスはラルの指示通り前へ出る。リトが止まっている位置まで出ると例のものが見えた。
アステア邸で聞いた洞窟。森を越えたところにあると言っていた、目の前にあるのがその洞窟だ。足跡は蛇行しながら洞窟へと連なっている。
「あのクネクネ曲がった足跡。絶対何かあるな。リト分かる?」
リトとラルが向き合っている。だが、リトは声を発することができない。これで分かるのだろうか。
「何か分かったッスか」
「……」
ラルはまだリトを見つめている。しばらくしてラルは口を開いた。
「分からない」
「へ?」
斜め下に不意をつく答えだった。
「あのタメは何だったんスか。期待していたのに」
「いや、何かあるのには間違いないんだけど。魔道士とか普通の精霊使いがやるような小細工ではないそうで、読めなかったんだ」
その言葉に落胆し、カイアスが後ろを振り返る。精霊が見えないはずのカイアスがリリアを見据えている。
フィオナとラルも振り返る。リリアは後ろの方できょとんとしていた。
「リリアこっちに来て。力を貸してほしいの」
リリアは怯えながら横歩きで近づいてくる。フィオナは体を避けリリアの場所を開けた。
「うわぁ、鈴が付いた柵がいっぱいある」
「ほんとに?」
「あ~多分それ警報だ。俺ら引っかかったことある。触ると侵入者が来たってバレるやつだ。で、リリア、足跡通りに行ったら避けれそうか」
「ううん。足跡通りだと何回も当たっちゃうよ。ほとんど隙間ないもん」
「いやどっかにあるはずだ、抜け道が。無用な警報を鳴らすと消耗するだけだろうし」
カイアスは後ろで取り残されている。ラルの言葉だけが頼りだ。
その間リリアはじーっと洞窟周辺を見渡す。
「フィオナ」
「なに、リリア」
「おぶって」
また始まった。
「でもリリア、今はしゃがんでないと見つかるよ。見張り立っているかもしれないし」
「ずっとはだめだよ。でも今なら大丈夫」
仕方なしにフィオナはリリアを負ぶった。最後に負ぶったのいつだったっけ。
リリアは相変わらず軽く、背負った感覚がほとんどない。
「リリア、見えた?」
「うん、もうわかったよ。降ろして」
フィオナはリリアを降ろした。
「どうだった、道はあるか」
「えっとね、この茂みを出たらすぐに左に曲がって、茂み沿いを歩くの。そしたら白い岩に当たる、そこから斜め一直線に洞窟へ歩けば鳴らないようにできると思う。でもギリギリだからちょっとずれると鳴っちゃうよ」
「十分だ。ありがとう」
「カイアス、行くぞー」
「え? たいちょー。俺、精霊の話は分からないッス。解説欲しいッス」
「茂みを出たら左に曲がって、白い岩から一直線に洞窟へ行けばいい。匍匐前進不要、横歩き必須。あとは俺について来い」
「分かったッスけど……たいちょー関係なくないッスか。警報張っているって分かったのフィオナちゃんの精霊のおかげでしょ」
「いいからさっさと行く」
ラルはリトを背負ってカイアスを押した。
茂みを出てからは隊列の順番が反転した。リリアが先頭に出て、次がフィオナ、その後ろにリトを背負ったラルとカイアスがいた。
一行は白い岩を過ぎ、洞窟に向かう斜めの道を進む。リリア以外に警報の鈴は見えない。
フィオナ達は今、横歩きで洞窟へ向かっている。目に見える障害物はない。傍から見ればすごく滑稽な光景に違いない。恐らくこの滑稽な光景を見た弓兵がいれば、間違いなく射殺されるだろう。
フィオナはリリアの歩いた後を忠実に進む。フィオナ通った道をラルが進み、ラルが通った道をカイアスが進んでいる。フィオナがずれた道を歩けば、二人のうちどちらかが鈴を鳴らしかねない。
フィオナの額からは冷や汗が流れる。茂みから見えた洞窟はもっと近かったはずなのに。
「フィオナ、もう楽にしていいよ」
リリアが言った。見えない警報の柵は越えたようだ。後ろのラルとカイアスも無事に越えていた。
「実感ないッスけど、無事に抜けて良かったッス」
「早く中へ行こう、ここは目立ちすぎる。崖の上で監視されていたら丸わかりだ。それに……あの足跡の子供を助けないと」
ラルはギルド・メメント時代から騎士だった。今、フィオナが見ているラルは役職だけではない、物語に出てくるような騎士になっていた。
再びラルとリトが先頭になって進み、一行は洞窟の中に入った。




