23.アステア邸
「フィオナねえちゃん~」
フィオナがギルドに帰ると、レダがいつものように寄ってきた。
手には大銅貨を誇らしげに持っている。
「今日初めて、こんなにもらったの」
レダはまだまだ幼い。フィオナ達、年長組はレダに大銅貨以上の案件は渡してこなかった。レダは今日初めて大銅貨一枚の報酬を得たのだった。
「依頼達成おめでとう、まだまだ頑張らなくちゃ」
フィオナはレダの大銅貨を受け取り、両手でレダの手を握り締めた。
「いつかねえちゃん抜けるかな?」
「もっと頑張らないといけないよ。お姉ちゃんも抜かされないようにするから」
「いじわる!」
何気ない一日が終わろうとしていた。終わると信じていた。
リリアがフィオナの白いワンピースの裾を引っ張る。振り返ると、強面の兵士たちがギルドのそばに来ていた。
「フィオナ、今からアステア家に来てもらう。勅命だ、従え」
ついに迫っていた時が来てしまった。よりによってレダの前で。
フィオナは立ち上がる。兵士の誘導で馬車へと向かう。
「ねえちゃん。何で行っちゃうの。遠くにいかないって言ってたでしょ」
「ごめんね。こればっかりは逆らえないの」
フィオナはレダを見る。今にも泣きだしそうだ。こうなるって分かってたのに。
フィオナは馬車に乗りこむ。するとレダが駆け寄ってきた。
「ねえちゃんを勝手に連れてかないで。自分勝手な依頼なんかで」
馬車に近づいてくるレダを兵士は掴みあげ投げつけた。
「レダ!」
体格差が大きく、相当叩きつけられたに違いない。
「さっさと行くぞ」
別の兵士が馬に鞭打ち、無情にも馬車は駆けだしてゆく。倒れたレダを置き去りにして馬車は市街の中心へと走り去って行った。
*****
フィオナが馬車を降りた頃には日没を迎えていた。王城の第一城壁の手前に建つ豪奢な邸宅、これがアステア邸だ。
兵士が馬車も通れるほどの扉を開けると、驚きを通り越して寒気すら感じさせる光景が待っていた。
出迎えてくれたのはアステア家に仕える人々。その全員がひざまずき頭を垂れていた。
「申し訳ございませんでした。フィオナ様」
フィオナは引いてしまった。リリアもフィオナの後ろに隠れている。
「さぁ、こっちへ来て下さい」
戸惑うフィオナを兵士は淡々と案内した。
着いた先は、応接室のようだった。二十人は入れるであろう大きな机が真ん中にあって、二十ほどの椅子が周りを囲んでいる。うち一つの椅子に見慣れた人が座っていた。
ウサギを連れた騎士姿。肩にはアルフィリア国の紋章がついている。
「ラル?」
「フィオナ。何で君まで」
「えーっと」
背後で扉が閉まる音が聞こえた。
今なら問題ない。フィオナは囁き声でラルに今まであったことを伝える。
「俺も同じだ。同じ話を聞かされ、同じように操り人形にされていつの間にか承諾していたらしい。情けないことに『なんとかッス』ばかり言ってる部下から聞いた。おまけに転移陣でここに飛ばされて……。こりゃアステア家だけじゃない。俺達に何をさせる気だ」
「……」
フィオナが答えに困っている間に、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえる。少し間をおいて人が入ってきた。
黄金の宝飾をあしらった豪奢な服に、黄金の柄の剣を帯剣している男を先頭に、次々と人が入ってくる。
最後には例の魔道士も入ってきた。彼らにはろくな思いをしていない。ラルもそうだった。その証拠にリトが後ろ脚を空転させ今にも噛みつきに行こうとしている。ラルはリトをずっと押さえていた。
「諸君、よく来てくれた」
先頭の男が語りかける。
「勝手に連れて来ただけだろ」
ラルが言葉を漏らす。
「まぁ君の言う通りだ。否定はしないが今後言葉を慎み給え」
ラルは不満げに睨みつけるのをよそに、男は語り出す。
「初めに言っておく。この依頼主はアステア家だが、王家も賛同している。すなわち君達は間接的にだが勅命の任務に携わろうとしていることを肝に銘じてほしい」
「だから転移陣なんていう、高級なものを使えたんですね」
男は何も反応しない。ただ話を続ける。
「今回の依頼は説明した通り、魔物使いと化したアール・アステアの救出だ。討伐ではない救出だ。間違えないように」
「俺は一応、直属小隊長で、魔物使い絡みの案件も経験しています。ただ、魔物使い相手であれば討伐が相場なはずですが、どういった事情からでしょうか。俺にとっては不可解です」
ラルは問う。フィオナには相場なんてものは全く分からない。ラルが普段そんな危険な任務に就いているなんて、初めて知った。
「アール・アステアは被害者である可能性がある。彼は学園では優良な生徒だった。身分は優位主義ではなく、すでに亡くなったルシア・コルデルとも親密だった。それが精霊魔術の授業中に豹変した。彼は気を失った状態で神鏡を掲げ、ルシア・コルデルを贄にした。その後は一瞬にして消え去ったそうだ。彼の年齢にできる所業ではない」
「本人がやったのではないと。消え去った後はどうしたのですか」
「告発により対応を命じられ、まずアステア家の者を出した。だが、うち約半分が精霊に食われた。市民の傭兵もダメだった。魔道士や精霊使いにも依頼したのだが、彼らは全く応じない。その代わりに彼らが言うには祈り子なら何とかできる。祈り子を連れて行けとそればかりだった」
「それで俺達に回ってきたわけですか。精霊使いの出来損ないみたいな俺達に。擦り付け合いにも程がある」
「君達はギルド・メメントの祈り子にして『祈り子』、最適任だった」
「精霊使いの言葉を鵜呑みにしただけだろ!」
ラルは立ち上がって怒りをあらわにした。
「初めに言ったが、これは勅命の任務だ。今の発言はアルフィリア王への間接的な侮辱になる。言葉を慎み給え。君もアルフィリアに仕える騎士なんだ。少しはわきまえていると思ったが」
ラルは仕方なさげに座る。今のラルは身分の低いフィオナにとって心強い代弁者だった。フィオナが言っていたらどうなるか。
「色々前座があったが、この依頼の実際の概要はこうだ。まず、アール・アステアは城から森一つ挟んだ洞窟の中に隔離されている。君達にはそこへ行ってほしい。それで我々の推測ではアールは魔術的に拘束されているに違いない。君達にはとにかく拘束を解き暴走を止め、アールを救ってくれればいい。手段は問わない。ただ希望を言うならば神鏡はそのままにしてくれないか」
「はぁ」
ラルとフィオナは同時にため息をついた。
「あのさ、俺らはそこの魔道士風情に人形にされて無理矢理依頼の契約をさせられ、強制で来たんですよ。拘束状態を解くのはできない。俺達にどうしてもやれと言って、実際にできたとしても、あんたらが期待した方法でないことは覚悟して下さい」
「了解した。あくまでも希望だ。この件はアステア家だけのものではない。この依頼が達成できるなら君らの好きなようにやってくれ。以上だ」
男の声と共に取り巻きは次々と応接室を後にする。結局彼らは何も語らず、話を聞くだけだった。
「今日はもう遅い、この任務が終了するまでアステア家の一室を貸してもよいが……」
「いりません。落ち着かない。俺の寮だったらいいだろ」
「ええ、ラル様の寮なら王室の管理下だ。フィオナ様もそこでいいのなら」
「はい。私は構いません」
「では、今日は休んで明日以降備えをするように」
扉の外にいた兵士に再び案内され、二人はアステア邸を出た。
「で、問題が一つあると思わなかったか」
ラルはフィオナに問いかける。
「どういうこと?」
「フィオナは十五等じゃなかったのか。こっそり宝玉を見て見ろ」
フィオナは首飾りに隠した宝玉を見る。ん? アステア邸の灯りに照らされて見た色は青や緑ではない。明らかに黄色だった。
「いつの間に騎士階級になった。まさか俺を抜かしてないよな」
魔道士が言ってた、速やかに復権の手続きをすると。その結果がこれなら、なおさら任務の達成が求められる。
「まぁいい。それがフィオナの本来の階級だよ。アステアも反省したのだろう。じゃあ行こうか、俺の寮へ」
「はいっ!」
ラルの寮は兵士の緊急時の出動用も兼ねている。今は城内暮らしだ。月明かりの中、城門を通り城の敷地に入る。フィオナの宝玉を見ると城門の兵士は何も言わず通してくれた。階級の力は侮れない。
普段共同生活を送っているフィオナは男の子との暮らしにも慣れているつもりだ。でも今日は顔がほんのり温かくなっていた。




