22.少女の約束
魔道士が鍵を掛けた扉が開くようになると、ギルドのメンバーが入ってきた。
「フィオナねえちゃん、何かあったの」
心配そうに見るのは赤紅華と紅春花の違いを聞いてきた少女レダだ。
「ううん、何でもない」
フィオナが答える。
「ほんとにフィオナ姉は強がりなんだから、絶対なんかあっただろあの言い争いに、机を叩くような音も聞こえたぞ」
フィオナと年の近い男の子が言う。
「ねぇねぇ、あれ見て金貨~」
「嘘だろ、何あの枚数。俺初めて見た」
「というよりかは、あれはヤバイ。フィオナ何か変なもの引っ張ってきただろ」
とうとう黙っていられず、フィオナはギルドのメンバーに説明した。彼らには魔道士や精霊の存在は知っていてもイメージは沸きづらい。信じてもらえないかもしれないけど、ひたすら説明した。
「それ、ラルさんに報告した方がいい。うちらには絶対無理」
「でも……。今は直属小隊長だから、遠征か城内だし」
「なら手紙書きゃいいじゃん。帰ったら見てくれるって」
手紙……。忘れてた。
「そうね、あとで書いておく。話を聞いてくれてありがとう」
フィオナは心配するギルドメンバーを背に部屋に戻っていった。とりあえず金貨と依頼書は当面別保管にしないと。
背後ではメンバーがまだ話している。
「にしても魔道士とか精霊使いって最近は悪い噂しか聞かないな」
「静かに、フィオナ姉も一応精霊使いなんだぞ」
「フィオナ姉とラル兄ぃは別、鏡が割れてるし、絶対悪いことしないもん」
ギルドメンバーは必死にフォローしてくれる。何よりも心強い仲間たち。けれども言葉だけじゃ何も変わらない。今の状況は良くならない。
フィオナは部屋の扉を閉め、依頼書を見つめながらラルへの手紙を書き始めた。小隊の遠征は長いと聞いている。任務によるが半月は市街から離れていることもあるそうだ。彼が数日以内に見てくれるか分からない。それどもフィオナは現状とラルへのお願いを手紙へ込めていった。
お昼を過ぎた頃、フィオナはランプと花かごを持って部屋から出た。
「フィオナねえちゃん、どこへ行くの?」
少女は花束を抱えている。レダだ。
「朝にエレンさんから依頼を受けててね、今から約束の品物を採りに行って渡すの」
「ほんとう?」
「嘘じゃないよ。夕方には帰ってくる」
フィオナの言葉にレダは駆け寄ってくる。手に持っていた紅い花束はバラバラと崩れ去って足元に散らばる。花束を落としたレダはフィオナに抱き付いてきた。
「フィオナねえちゃん。行かないで。あんな自分勝手に危ないことをさせる貴族の言うことなんて聞く必要ないから」
フィオナは涙目の少女の背中をさすった。
「レダ。大丈夫、遠くに行ったりしないから。また、一緒にお花の勉強をしようね」
「ほんとう? 約束だよ」
「うん、約束だよ」
フィオナはレダと別れ、ギルド・メメントの外へ出た。
あれからフィオナはトンネルをくぐり、あの場所に向かう。
エレンとの約束には行く必要はない。けれども、行かざるを得なかった。
行き先は秘密の花園。最近は全然行ってない。
トンネルを出て見回すと奴隷居住区にいた頃、両親が健在だった頃と同じ、ここにしかない青い花の世界が広がっていた。
いつ来ても不思議なほどに人のいない場所。
賑やかな方がいい、フィオナはそう思ってる。ただ、ここだけはこのまま静かであってほしい。
「フィオナ?」
リリアが心配そうに見つめている。
「大丈夫だよ」
フィオナは蒼月花を引き抜くため辺りの土を払いのける。でも、その視界はいつしか揺れる膜を張って、瞳から雫が滴り落ちた。雫は蒼月花の根を濡らす。
「うそつき。フィオナは強がりなんだから」
フィオナは根を眺める。
「うそつき……か。私ね、嘘ついちゃったの、レダに。絶対遠くに行ったりしないって。あの子も孤児でデリケートなのに、あんな嘘ついちゃったの。あいつら絶対無理矢理にでも私を連れていくに決まってる。それなのに。」
リリアはうつむいていた。よく見るとリリアの目からも光の粒が滴っている。
「リリアこそ。どうして」
「フィオナを守れないから。他の精霊さんみたいに守れないから……」
「リリアは十分守ってくれてるよ。神鏡が割れているのに三年間ずっとそばにいてくれた。私は代償を欲しがる他の精霊なんかより、ずっとずーっとリリアと契約できて良かったと思ってる」
リリアはまだ肩をヒクヒクさせている。
「フィオナはね、私との約束いっぱい守ってくれたの。ここの花を街にも広げて、箱庭みたいな私の庭を広い世界に出してくれた。薬草を採るときも、花摘みのときもむやみに荒らさず優しく扱ってくれた。それなのに私は何にもできてない……。フィオナに苦しい思いばかり……」
「ううん。本当はリリアのおかげだよ。蒼月花のことを教えてくれて私を薬草師にしてくれたのはリリアだし。お花の扱い方を教えてくれて、市街に花を広げたのもリリアのおかげ。私は言われた通りにしただけ。それで今の私の立場があるの。リリアは守ってくれた、市民として暮らせるように私を守ってくれたよ」
「でも私は強くなりたい。あんな悪い魔道士をギャフンって言わせる強さを持ちたい」
そういうリリアの肩を触れる。
「気持ちは嬉しいけど、強いとリリアじゃなくなっちゃう。誰にも傷をつけずに守ってくれる、今の優しいリリアが好きだよ」
フィオナは光の涙を流し続けるリリアを抱きしめる。いつまで経っても小さく幼い精霊、普通の精霊使いなら逆なのだろう。
フィオナも目に涙が残っていた。手遅れかもしれないけど隠すように拭う。苦しいのはフィオナだけじゃない。
「私のことは気にしないで。何とかするから。ついてきてくれれば十分だよ」
リリアはうなずいた。二人は蒼月花を置いたまま、しばらく話を続けた。
「リリア、これからもあの約束守ってくれる?」
「うん、約束だよ」
「フィオナも?」
「約束する」
*****
「エレンさん、依頼書の品持ってきました」
扉が急に開いた。
「お姉ちゃん、珍しく遅いね」
エレンの言う通り、すでに夕刻になっていた。
「飛び込み依頼だったので最後になりました。そもそも夕方でいいって言ってましたよね。」
「嘘つき! おめめが真っ赤だよ。どっかで泣いてたでしょ」
エレンはわざとらしく顔を膨らせている。
「ギルメメの人から聞いたの。あの三人組がろくでもないやつで、無理難題を押し付けられて、ショック受けてるって」
エレンの元に話が回っているのは予想外だった。
「お姉ちゃん、私にできることがあったら言って。できることは少ないけど、最低限応援はするよ」
「ありがとう」
「何かあっても絶対帰ってきてね、約束だよ」
「うん、約束する」
フィオナは蒼月花の根を渡し、依頼金を持って帰った。
依頼金は大銅貨三枚、この仕事は大金はもらえないが救える人は多い。こういう依頼の方が性に合っているのにとフィオナは思う。前金だけで金貨五十枚なんて一筋縄でいかないのは確かだ。いつか迫ってくる苦難に不安を抱きながら、フィオナはギルド・メメントへと帰った。




