21.貴族の依頼と
ここはギルド・メメントの一室。フィオナは三人に事情を聴くことにした。
「あなたは私共を憶えていますか」
開口一番に彼らから出た台詞がそれだった。
「いえ、憶えていません」
「そうですか、私共は三年前の契約の儀式の日、あなたの精霊を奪おうとしたのですよ」
フィオナの記憶が蘇る。三年前金縛りに遭って身を引き裂くような思いをした日、忘れていない。たがそのときフィオナは魔道士の顔など見れる余裕はなかった。ずっとリリアに守られていた。
「アール・なんとかに雇われている魔道士?」
「左様でございます。私共はアステア家に仕える魔道士でございます。当時はアステア家の精霊がおらず、あなた様から奪おうとしていたのです。例の騎士と親しいあなたなら事情はご存じでしょう」
「ええ、まぁ」
確かにフィオナの知識はラル署長いや、今はラル直属小隊長から得たものが多い。それにしても何だろう、無駄な丁寧さにより余計に腹が立つ。
「あなた様に行使した術は精神を引き裂き、最悪は死に至らしめかねない加害的な術です。今の結果がどうあれ、償い切れない苦痛を与えてしまいました。それに……ご存じの通り、あなた様の今の身分に対してもアステア家は関与しました。私共は二つの罪を犯しました」
フィオナは拳を握り締め、歯を噛みしめている。
「遅いです! 今更なんですか、人の心情をえぐり倒しに来たんですか」
魔道士三人はうつむいた。
「そう言われても仕方ありません。ですが私達には二つ用件があります。一つはあなた様の復権です」
フィオナの表情は変わらない。
「今のあなた様の宝玉は十五等の碧色、精霊契約者として不当に低い。これを本来の色に戻すのです。現状ならば橙に近い黄色、六等あたりになると思われます。功績が評価されれば五等の貴族も夢ではありません」
フィオナは怒りの表情のまま問う。
「それがどうしたのですか。正直階級には憧れますが六等だと上級騎士ですよね。私は遠征とか戦事はできません。計算済みなんでしょう。二つ目にいって下さい、何なのですか」
「まぁ、六等でも文官職はあるのだが……。まぁいい二つ目の用件はこれです」
魔道士の一人が出してきたのは依頼書だった。内容を読む。
フィオナは立ち上がり、依頼書を出した魔道士にビンタした。
「あんたら、散々謝って復権させるとか言って、何なのこれ? 『息子を救って下さい』って何なの。あんたら貴族でしょ。何でもできるでしょ。自分でやったらどうですか。報酬も書いてないですし」
「報酬については『別に記載』と書いたつもりですが……。場所はおかしかったかもしれないです」
裏面の備考欄に書いてあった。依頼書の使い方が間違っている。
魔道士が紙を一枚出してきた。
「これが『別に記載』の報酬一覧です」
紙にはとんでもない報酬の数々が書かれている。
前金金貨五十枚、成功報酬金貨三百枚。ギルド・メメントへの継続的資金提供と施設の拡充、今後の依頼書への協力……。
「他には、先ほど申し上げた復権の上乗せ交渉も引き受けましょう」
フィオナは呆然と魔道士を見ている。
「すごい報酬ですね。さすがは貴族です。ただ、うちはこの報酬の依頼をこなせるギルドではありません。何かあると勘ぐってしまいます。解決できないなら、他を当たった方がいいと思いますが」
フィオナの言葉に三人の魔道士は椅子から立ち、床にひざまずく。
「実は、もう私共は他の協力を仰げる立場にございません。アステア家は魔物を生んでしまいました」
「魔物?」
「あなた様もご存じの通り、アール様は黒龍の精霊と契約しました。初めは善良でしたが、やがて態度を豹変させ家の者を食らい、市民を食らい、ついにはコルデル家のご令嬢も食らいました。ついには王室に告発され、貴族社会に広まりました」
「それなら一層引き受けられません。何でも叶う精霊の力に溺れ、人を食わせてきただけでしょう。なら神鏡を壊したらどうですか」
「アール様はそのような方ではございません。なぜ『祈り子』などという無能に落ちる必要があるのですか」
フィオナはバンと机を叩く。
「では、なおさら『無能』の私に頼む理由が分からない。滑稽です、もう帰って下さい」
魔道士達はフィオナを凝視する。杖はないが嫌な気配を感じる。リリアが牽制するように横に立つ。
「ならば、一つ重要なことを話しましょう。アステア家は魔物を排除するまで留置きと階級引き下げの処分を受けております。今は五等の下級貴族ですが、いずれ貴族の地位も失い、財産も失います。現状、あなた方のギルドの資金の大半はアステア家から出ていることをご存じですか」
「寄付者のリストは見たことはありますが……」
「額を知らないようですね、寄付金だけで見ると八割はアステアの金です。最近では依頼報酬の方が多いそうですが六割に過ぎない。現状は黒字だそうですが、それもごくわずか。貯蓄は金貨一枚ほどでしょう。寄付金がなくなればどうなるか分かりますよね」
痛いところを突いてくる。だから貴族は恐ろしい。
「依頼を受けようが受けまいが、このギルドはアステア家と共に没落するのです。依頼を受けないならもちろん資金提供は明日から停止します。やる気になりましたか」
急所を突く策略に、フィオナは唇を噛みしめるような思いにさらされる。
「まぁ、依頼を受ける受けないは自由です。突然来て大変失礼なことをしました。拒まれても仕方ありません」
魔道士達は立ち上がり扉の近くで止まった。帰る気か。
「ただこの件はあなた様の力を信じての依頼です。『祈り子』の身ながら、魔法に抗い、杖を折ることができる強力な精霊と結ばれている。命令や犠牲の支払いなしに良好な関係が維持できている。あなた様と少女の精霊の力が暴れ狂う黒龍を止められると信じています。どうかアステア家に、アール様に花束をもたらして下さい」
魔道士が指を振るう。リリアがフィオナの前に立つが遅かった。
フィオナの目は虚ろになり、焦点が合っていないのに魔道士だけを見ている。リリアがフィオナの体を押さえ動きを止めようとするが、以前より体格差が増したフィオナを止めることはできない。
「さぁ、結論をお聞かせ下さい」
「卑怯です! お人形みたいにして。フィオナ答えちゃダメ。お願い黙っていて」
リリアがよじ登りフィオナの口を塞ぐ。
「さすがは高位精霊。物事が良くわかる。君に魔法を使えばこちらが吹っ飛ぶ。でも君には恐らく力がない。悪いが離れてもらう」
魔道士が乱暴にリリアを引っ張り、フィオナから引き剥がそうとする。
「いたい。やめてー」
「痛いなら、ご主人様を守るために魔法を使ってみたらどうだ。もっとも依り代に反撃できる力があればな」
魔道士は呪文を唱え、命令する。
「さぁ娘よ。そなたにまとわりつく精霊を引き剥がしなさい」
フィオナの手がリリアの腕を掴み、リリアの手を口から外す。リリアは必死に抵抗する。だが体格差には勝てない、契約当初から成長しない体はフィオナの体から完全に外れた。そして人形と化したフィオナに放り投げられる。
「依頼を受けてくれますか」
「お受け、いたし、ます……」
細切れの声で承諾の言葉が発せられた。言葉の後フィオナを操っていた糸が切れ、その場で倒れた。
魔道士達は魔法で受理のサインをこしらえ、依頼書を机の上に置く。そして前金の金貨五十枚をその横に並べた。リリアは騒いだり、魔道士の腕を掴んだりしたが全て無駄に終わった。
「この依頼の期限は一年間。延長は認めますが追加報酬の額は約束できません。あなた様にまた罪を犯してしまいました」
イィーッとなりポコポコ殴ろうとするリリアを魔道士二人が押さえつけ、一人がフィオナに話す。
「お詫びとして早急に復権の手続きを取り、アステア家も最大限の協力をします。協力者の手配もしますのでご安心を」
「このジコチュー!」
リリアは叫ぶ。フィオナは魔法で気絶しており、何も聞いていない。
その勝手な魔道士達は扉を開ける。
「最後に、先ほど『祈り子』は無能と言った件は申し訳ございませんでした。お許し下さい。ではこれにて失礼します」
「待てー」
しがみつこうとするリリアを魔道士は投げ飛ばす。彼らはすぐさま扉を閉めた。
リリアが扉を開けようとするが開かない。
「ん~っ。魔法がなきゃ何もできないの?」
扉越しに魔道士に向かって言うが、聞いてはいないだろう。
「う~ん」
「フィオナ!」
フィオナが起き上がった、リリアが傍に寄る。
「フィオナ、大丈夫?」
「うん、頭が痛い」
フィオナは頭を抱えながら机の上を見た。机の上には依頼書と金貨がある。
「どういうこと、私どうかしちゃったの?」
「フィオナはね、お人形にされてたの。あいつらの……」
リリアは操られてからの一部始終をフィオナに説明した。フィオナの表情は怒りに満ち、時々拳で机を殴った。リリアの話を一通り聞いた後、机の上の依頼書と積み上げられた金貨を眺める。
「フィオナのせいじゃないよ。こんな契約無効だよ」
ここまでするアステア家のことだ、勝てるわけがない。フィオナは頭を抱えていた。




