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青い紅~せめてあなたに花束を~  作者: 暁 乱々
精霊契約編
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19.優しさの真実

 フィオナはまた青い花園にいた。

 エレンの依頼書のおかげで何度でも第四城壁を通過できるため、花園に通うのが日課になっていた。

 いつかエレンを連れて来ようとフィオナは思っている。もうエレンの青に対する抵抗は無い。

 ただ今日来た理由は依頼とは関係ない。フィオナはある人のために花かごの中を青の花束で埋め尽くしていた。


「リリア、行こう」

 リリアはまた手で目を塞いでいた。

 ひどくシャットアウトしているため、こうやって終わったことを合図する必要があった。花を採る光景はリリアにとって辛いのかもしれない。


 二人は秘密の抜け道を使って、奴隷居住区に入った。昔はランプを持っていなかったから門を使っていたが、今は燃料代さえ用意できれば出入り自由だった。

 フィオナは実家に向かう。とびっきりの花を渡してから三か月両親に会っていない。

 今どうしているのだろうか。

 両親に思いを馳せながらフィオナは家の前の角を曲がった。


「……」


 フィオナの花かごが地に落ちた。

 大きな黒い(けだもの)が肉を食らっている。人の体から人を引きずり出し貪り食っている。

 その前には白衣の男が輝く神鏡を掲げている。

 フィオナが見たのは二人の肉を引き千切った後だった。

 残された身体はすでに抜け殻。もう帰ってこない。


 白衣の男が振り向く前に花かごを手に取り路地に隠れた。

「フィオナ、いま私は病に伏した二人に回復魔法を施していただけなんだ。でも病魔が強すぎて助けられなかった」

 もう遅かった、彼はフィオナに気づいている。聞き苦しい言い訳を吐きながらこちらへ近づいてくる。

「教会にいるとき依頼がかかって、君の両親だと聞いて飛んできたんだ」

 フィオナはさらに下がる。この嘘つき、嘘つき、嘘つき!

 白衣の男は何か動作をすると、フィオナの眼前に来た。

「何で、逃げるのかい。私は君のために最大限のことをやったんだ。さぁ、帰ろうギルド・メメントに」


「この人殺し!」

 フィオナの叫びは奴隷居住区の中をこだまとなって響き渡った。


「そうか、君は精霊契約者。あれが見えているんだね」

 エドラス司祭の背後に黒い獣が近づく。獣は司祭に対して服従の姿勢をとった。

 間違いない。罪は確定した。

「どうやら、君はごまかせないようだ。ヴァル行きなさい」

 司祭は詠唱を始める。黒い獣が咆哮を上げた。紡がれるは即死魔法。呪文が終われば襲ってくる。

 リリアがフィオナの目の前に立って、待ち構えるが勝負は目に見えている。フィオナは覚悟した。


「させるかヴォケ!」

 司祭の横から兵士が飛び込んでくる。剣は司祭の腕に向かって振り下ろされたが、司祭の手に瞬時に杖が現れ、兵士の剣を受け止めた。

「これがあんたの正体か、俺の親もあんたがやったのか?」

 この声はラル署長のものだった。ラル署長の肩は大きく揺れている。

「ゃった」

「あぁん? もう一度言えよ」

「間違いなくやった。でも私の場合は普通の人殺しとは違う。君たちを養い、世界を良くするための祈りなんだ。そのためには少々代償が必要なんだ。代償を払わなければギルドは回らない。君たちは死んでいた」

「何が少々の代償だ、そんなの他から用意できるだろ」


 司祭はため息をつく。

「君は何も知らない。私がどんなに苦労してきたか。私も最初は君と同じ純粋だった。真っ当な手段で金を集め、真っ当な依頼報酬で回そうとした……。だが現実は違うんだよ。貴族や王族の精霊使いは、自らの犠牲の代わりに人柱を立てて自分の望みを叶えている。国家のため、世界のためという名目でね」

 司祭はラルを見据えている。

「ラル君。私の行いは確かに外道だ。だが周りは外道で回っている。外道が常識の世界で一人が正道を進めば負けるのだよ。君は『祈り子』だから分からないかもしれないが」

「無理に手を広げるから外道に頼る。等身大でいれば外道はいらない。昔のあんたの台詞だ」

「等身大で何が変えれますか。何も変わらないでしょう。私は苦しい生を送る奴隷身分の人々を早く解放し、優秀な祈り子を世に送り出してきたのです。何が悪いのですか。ラル君とフィオナ君の両親は世界の供物にたまたま選ばれただけです」

「嘘つけ! わざと選んだだろ。奴隷身分の人生なめんな」

 ラル署長が飛びかかると、司祭は杖を差し向け署長を家の壁へと突き飛ばした。瓦礫でできた家は崩れ落ちラル署長はがれきに埋もれた。

 

「さぁ、続きといきましょうか。ギルド・メメントを発展させ、世界を良きものにしましょう。あなたは今から力を捧げる名誉ある一員となるのです」

 司祭は手を神鏡に持ち替え、再びの詠唱を行う。

 キィーン。

 横から繰り出される剣を杖で弾く音が響き渡る。その音とともに司祭の詠唱がまた止まる。

「ほぉ、魔法にすがるか。それも人のためにならない魔法に。普段言っていることと今の自分比べてみたらどうだ。あんたが言う祈り子の精神に反する。正当な過程を踏まず力にすがる。今のあんたは堕ちた精霊使い、ただの魔物だ」


 そう、司祭はフィオナが聞いたレクロさんを襲った精霊使いと同じ。世界の天秤を不当に傾けるだけの存在。

 もう司祭は堕ちるところまで堕ちた。

 ラル署長に向かい合う杖が禍々しい輝きを放ち始める。ラル署長は力を込め杖を大きく弾く。

「ちっ」

 杖は司祭の手に握られたまま。その輝きはラル署長を襲う。

 

「いったぁ~い」

 その輝きを受けたのはリリアだった。リリアはラル署長のさらに後ろへ吹き飛ばされる。

 だが、その代償は司祭に下る。司祭の杖は反動で手から外れた。魔道士三人の杖をへし折った力で杖は司祭から離れてゆく。。

 フィオナは手から離れた杖を握り締め司祭から離れる。


「もらった」

 ラル署長は剣を再び司祭の腕に向ける。だが剣は腕には当たらず司祭の杖に当たった。

「残念だが、君には使えない代物だ」

 フィオナが持っていた杖は司祭の手元にあった。

「本当に『祈り子』は扱いやすい。『祈り子』はみな優しい子。でも力がない。君らはいちばん本物の祈り子に近い存在だよ」

 司祭は杖と神鏡の両方を掲げる。

「残念だけどもう助けてあげられない。応援してあげられない。勿体ないが祈り子の仕事は他の子に託そう」

 司祭は二人を贄に捧げる。黒い獣は司祭の呼びかけに応え、咆哮を上げる。同時に司祭はこちらに杖を差し向けようとする。


 フィオナはとっさにかごを手に取る。そして青い花が詰まった花かごを投げつけた。

 花かごは青い花を散らしながら、詠唱で反応の遅れた司祭の頭に引っかかった。司祭の視界はさえぎられる。

「よっしゃ、もらった」

 ラル署長は左手の杖を弾き飛ばし、その魔石に剣を突き付けた。

 魔石はカチッという音を放って砕け散って、欠片もすぐさま消えてなくなった。

「痛った。あーっ」

 リトが司祭の右手に噛みついた。右手は大きく振られ、神鏡を持つ手が緩くなる。その隙を狙ってフィオナは神鏡を奪った。

 司祭の左腕にはリリアがしがみ付く。

 司祭の精霊ヴァルはこの光景を見ているだけだった。


 精霊に手を塞がれた司祭の前でフィオナが神鏡を掲げる。神鏡に向かってラル署長が剣を突き付ける。

「や、やめてくれ。君らの親は生き返らすから神鏡だけは勘弁してくれ」

「あんたが堕ちたのはよーく分かった。ただで人を生き返らせる魔法なんてねーよ。より多くの人間が不幸になるだけだ」

 司祭は精霊を振り払おうと暴れている。

「俺らを見ての通り、神鏡も犠牲も無くとも精霊と繋がることができる。これからあんたらの絆を試させてもらう」

「やめてくれ。ズッー。……やめてくれぇ~」

 司祭は涙目になり嘆願する。だが、もう止まってはくれない。

「フィオナ、鏡をしっかり持ってろ。で、よく見ておけ。これが堕ち切り神鏡を失った精霊使い(・・)のなれの果てだ」


 ラル署長が鏡に突きを入れた。

 硝子の割れる音と共に、硝子のように透明な淡い光の粒が飛散する。その光の粒は瞬く間に昇華し、鏡は完全に姿を消した。

 そしてフィオナは司祭を見た。黒い獣の精霊ヴァルを見た。

 フィオナが見るころにはヴァルはすでに灰色となっていた。今も徐々に淡く淡く消えてゆく。

 司祭は呆然と自分の精霊が失われる一部始終を見ていた。

 

 フィオナの手元に鏡の枠が残っている。その枠はフィオナやラル署長のものとは異なり紋様も名前もない。フィオナの手にだんだん熱が伝わってくる。

 あまりの熱さにフィオナは手を放した。地面に落ちた鏡の枠に火が灯り、いつしか枠すら燃え尽きた。

 この戦場に残されたのは、精霊も力も失った司祭と時間稼ぎをしてくれた手向け花、もう目覚めることのないフィオナの両親の抜け殻だった。


「さぁ、私を殺しておくれ。憎いだろ、恨めしいだろ」

 司祭はラル署長とフィオナを向いて嘆願する。

「あいにく俺はまともだったあんたの教えを憶えている。あんたのせいで人を殺せなくなっちまったんだ。それに俺は防衛官だ」

 ラル署長は司祭を見下すような視線を送る。

「あんたには法定の処分が下る。覚悟しておけ」

 ラル署長が合図をすると、部下三人が出てきた。彼らは大量の縄を持っている。

「逮捕だ」

 司祭は宣告と共に両手両足を縛り上げられた。


「それにしても、しょちょーかっこ良かったッス」

「魔道士相手に剣術と拘束魔法のコンボ、見事一般人を守りきる! 俺もみなら……」

「うるせぇ、空気読め!」

 ラル署長は若い兵士を殴りつけた。

「グフェ」

「あいつ、後で厳重注意しておけ」

「私の管理不足。ご無礼申し訳ございません。再発なきよう対応いたします」

 兵士の上長が謝る中、ラル署長はそのまま無言の兵士の横を通り過ぎていった。


 フィオナはもう帰らぬ両親を抱きしめた。その体にはまだ体温が残っている。大きな傷や病気の痕は何もなく、まだ起き上がってくれないかという期待すら抱かせる。もちろんそんなものはない。

 涙でゆがむ視界の中、花かごの中から花束を出し二人の胸に置く。

 本当ならば生きている二人に渡すはずのものだった。

 リリアが選んでくれたとびっきりの花束は、弔いの花束となってしまった。


 フィオナにできることは一つだけ……せめて最期に花束を。ここだけの青い花束を。


 後ろからラル署長が近づいてくる。署長は涙を流すフィオナの肩をそっと触れた。

「フィオナの居場所は用意する」

 署長は兜を外してひざまずき祈りを捧げる。フィオナも祈りを捧げる。小さな精霊に見守られ、祈りを捧げる二人を陽光が照らしていた。


  *****


 この後、エドラス司祭の教会の祭壇から外道の儀式を行った形跡が見つかった。部屋からは儀式の準備に使う禁書が見つかり、準備の際できた禍々しい残骸が事前押収したラル署長から提出された。

 ラル署長が言ったように司祭には法定の処分が下った。もう表に出ることはないだろう。


 ギルド・メメントは一旦解体され、第四城壁の外に移転した。

 設立資金はラル署長の伝手で集められた。前よりも縮小し質素にはなったが、案件量が増えたため生活に大きな差は出なかった。

 場所も変わったため、手続きを踏めば奴隷身分の子もギルドに入れるようになった。

 より低い階級の支援は問題も多かったが、寄付金は前より多くなった。

 フィオナはたまたま寄付者のリストを見ることがあった。その中には、いつしか『アステア』の名が刻まれることになる。


 だからと言ってもう戻らない。でも私は生き続けよう。祈り子として、せめて自分の周りを良くするために。

 フィオナはそう決意した。

精霊契約編はこの話で完結です。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

キーワードで断っていたとはいえ重い展開となってしまいました……。

これから上昇転換するかどうかはご想像にお任せします。今は書けません。


次編は祈り子編と題して連載中です。これからもよろしくお願いします。


2016/2/3から日間ランキング載せて頂きました。

まだ力不足の拙い文章の中、読んで下さった方のおかげです。

ありがとうございます。

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