1.花売り
最外城壁の外、小さな王国から見放された場所に少女がいた。かごの中身は散乱し、泥に汚れている。少女の身も今数人の足によって泥と体から流れる血によって汚れていった。最外城壁を越えるために整えた服は見事に破れ、『身分相応』の身なりとなった。
「市街に出たら、その青い花束が売れるとでも思ったか。お嬢ちゃん?」
「誰も薄汚い奴隷が路上で売る花束なんて買うかよ」
「真っ青で不幸の象徴。喜捨でも買わないな」
「だいたい奴隷階級が市民のフリしてもバレバレなんだよ」
かごの花束を踏みつける兵士の首元には青緑の宝玉、中級市民の証。他の兵士も似たような色の宝玉を首元に着けていた。少女の首には……。
「宝玉がないしな」
「ハハハハ……」
兵士たちの汚らしい笑い声が聞こえる。少女にとって、こんなのもう慣れっこだ。
ただ、状況は悪化する。兵士の一人が縄を持ってきた。鋭い蹴りを入れ少女を倒すと、一斉に少女を抑え込む。引きちぎれそうになるほど兵士に抑え込まれ、少女は身動き取れぬまま、両手・両足を縛られる。
「そろそろ花束の代金支払わないとな」
ボロボロになった花を一本掴み、再び捨てた。そして少女の方へ迫る。兵士たちはあるものを少女に『渡した』。
当然お金ではない……。
……汚物だった。
あれから、日没まで関所付近に放置された。夜になって視界が悪化したとき、少女は引き取られた。
「まったく、無茶なことするんじゃない」
少女の縄は父にほどかれ、少女は母に連れられ、異臭を放つ体を水場の下流で洗った。
「明日は一生に一度の儀式の日なのよ、糞尿まみれの臭い体じゃ参加もできない。あんた一生この暮らしよ、分かってる?」
「わかってる」
「そもそも、あの服は明日のためのものじゃなかったの?」
「お母さん、あの儀式では身分は変えられないの。私はあの儀式でここを出た人、見たことも聞いたこともない。お母さんは見たことあるの」
「……」
「見たことないんだ。あの儀式は初めから誰が上の身分に行くか、決まってるんだよ。絶対そう。知らないんだ……」
「だからって、最初からあきらめるのはやめなさい!」
母の口調が突如強くなる。
「フィオナ、母さんだって期待なんかしていない。あんたが今日したように一生奴隷階級でも耐えられるよう、奴隷階級の生活を身に着けるほうが現実的だし、あんたもそのように育ててきた」
母はフィオナの右肩を掴んだ。
「でもね、可能性をゼロにすることはやめなさい。私たちにはあの儀式でしか奴隷階級から逃れられないの。そりゃ、大金がかかるとか、何かと交換でとかなら考えないといけないけど、あの儀式は市街に入れる恰好でさえあれば、他は何もいらないんだから。それに……」
「それに?」
「母さんはあの儀式で市民となった人を一人は知っている。あんたがまだ覚えていないころだよ。確かに母さんも直接見たことはないけどね」
家の中で月に照らされながら、儀式への参加を約束した。
フィオナはごく薄い敷物の上に横になり眠った。
所々に月光が降り注ぐ床は地面のように固く、冷たかった。