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青い紅~せめてあなたに花束を~  作者: 暁 乱々
精霊契約編
19/48

18.傾く天秤

 フィオナが表に出ると、兵士姿の少年が話しかけている。

「またおっきいの作ったね。何日かかった?」

「こんなの一日かからないよ」

 少女は答える。少女は大きなクマのぬいぐるみを抱いていた。

「お裁縫で稼げるようになったか」

「ちょっとだけ。見たい?」

「見せてくれるか」


 少女の手のひらには中銅貨二枚があった。

「そんなに稼げたのか」

 兵士は驚く。

「そのうちラル兄ちゃんなんか抜いてやるー」

「頑張れよ。追っ付けないほど稼いでやる」

 少女がこちらへ戻ってくると、フィオナとラル署長の目があった。


「フィオナ。元気か?」

「元気にやってます。というかラル署長、最近よく来てるでしょ。司祭の何倍も」

「ははは……、ちょっと気になって」

 ラル署長は兵士装備のくせに防具をポリポリ掻いている。

「いや、用件はある。フィオナ、これを見ろ」

 依頼書だった。内容は……。


「え~!」

 フィオナは思わず大声を上げてしまった。

「フィオナが用意した薬で少し治まったらしい。定期的に同じ薬を用意してほしいそうだ。依頼金は月に大銅貨二枚。受けるだろ」

「もちろんです」

 喜びに満ちた目でフィオナは快諾した。


「良かったな。この依頼書で第四城壁を自由に行き来できるようになる。また遊びに来いよ。暇なら話ができるから」

「こんなに来てくれたらもういいです」

「そっか」

 ラル署長は少し寂しそうだった。


「フィオナ、それともう一つ。同じような依頼だ。エレンのところから噂が流れたのだろう」

 依頼書を見ると、『エレンの家と同じ薬を下さい』という内容だった。依頼金はエレンさんの所よりも良かった。

「いつから、薬草師になった」

「ラル署長、私はまだまだです」

「謙遜するなって、十分だよ」

 フィオナは薬草師になったとはいえない。あのときはただ、リリアの力を借りただけだった。


「それと今日、司祭は来てる?」

「いえ来てないです。教会で王室関係の儀式があって五日は帰れないと聞いています」

「そうか、ありがとう。依頼頑張れよ、応援する!」

 ラル署長はギルド・メメントの中へ入っていった。フィオナは依頼書を手に取り、依頼元へ向かった。


  *****


 青の花園で蒼月花を収穫した後、エレンの家を訪れた。

 横のリリアは抜かれた蒼月花を悲しげに見ている。


「あら!来てくれたのね」

 エレンの母親の表情は明るくなっていた。

「エレン、フィオナさんが来てくれたよ」


 部屋にはベッドの上に座っているエレンの姿があった。まだ猫背でふらふらしている。

「今ね、座る練習してるの。ずっと寝てたから、まだあんまり座ってられない……」

 エレンは後ろに倒れ、再び寝てしまった。それでも起き上がろうとする。

「いいよ、私がいるからって気にしないで」

「うんん、早く歩けるようになりたいんだ。お姉ちゃんとの約束守るために」

 ありったけのお花畑を見せる約束。それもエレンの支えの一つだった。

「ありがとう。お姉ちゃん」


 結局起き上がれず、手を伸ばす。フィオナはその手を握り締めた。そして手を背中に回す。彼女の体はまだ熱を帯びていた。

「もう一回起き上がる?」

 エレンはうんと頷いた。

 フィオナは背中を支えながら、そっと体を起こす。エレンも全身の力を使って起き上がり、座る姿勢になった。でも、フィオナが手を放すと、再び横になってしまう。

「ケホッ、ケホッ」

 背中を打ってしまったようだ。

「今日はやめようか。また、明日頑張ろう」


 フィオナはエレンの部屋から出た。そして台所で薬の用意をした。

「やっぱり、薬草って不思議なものね」

 フィオナが根をすりつぶす横で、エレンの母親は蒼月花を手に取って見ている。その蒼い花も見逃してはいなかった。

「まさか花が青色だなんて思いもしなかった」

 青のイメージの悪さはここでも健在だった。最初に青い花を持っていかなくて正解だった。


 フィオナは今日の分の薬を用意すると、残りをエレンの母親に託す。

「ごめんなさい。今日は他にもあるので。また持ってきます」

「レクロさんの所ね。あの人の所は長く困っているから。よろしくね」

 母親はフィオナが見えなくなるまで見送ってくれた。その顔は笑みでいっぱいだった。


  *****


 もう一件の依頼人、レクロさんはおじいさんだった。話を聞く限り優しいおじいさんのはずだった。

「貴様あれを出せ」

 扉を開けるなり言われた言葉がこれだった。フィオナは慌てて、蒼月花を差し出す。

「待っててくだ……」

「それじゃない。貴様ら持っとるだろ。首から円盤ぶら下げて。こっちは貴様の噂を聞いているのだ」

 フィオナは普段隠している神鏡をシャツの下から出した。割れた方を表にして。


「よっしゃ。来い!」

「え?」

 フィオナは戸惑う。

「ほら、来いよ」

 おじいさんはフィオナの腕を引き家に入る。強引に引く力は見た目をゆうに超えていた。


 家の中にはまだ三十ほどの男がいた。ただ……。

「貴様には何が見える。言ってみろ」

 フィオナが見た男の姿、これを言っても信じてもらえるか。

 男に近づくと、リリアが腰に抱き付いてきた。

「フィオナ、あれにあんまり触っちゃダメだよ」

「リリア、男の周りのものはいったい何なの?」

「あれは精霊。元は私達と同じ、でも今は変わっちゃった」

「あれが……?」


 ささやき声でリリアから情報をもらうと、フィオナは見た光景を伝える。

「レクロさん。黒い煙のようなものが付いていて、中で黒い獣が動いています。何かあったんですか」

 こんなこと言っても信じてもらえない。レクロさんには精霊は見えないはずだ。


「そうか、ギルド・メメントは安くて親切。底辺庶民の味方だ」

 おじいさんの口調が変わった。

「これはわしの倅だ。見て見ろ、来たときからずっと動いとらんだろ。動くのは腹が減って飯を食う時くらい、そのときもなーんにも話さない。あれは薬で治ったりするのか」

「……」

 横でリリアが首を横に振る。

「あれは呪いだよ。病気じゃない」

「リリア、何とかできる?」

 リリアは再び首を横に振った。


「レクロさん、あれは病気ではありません。今日持ってきた薬では申し訳ないですが、どうにもなりません」

 レクロは椅子に腰かけ落胆している。

「予想はしていた。わしは倅の件で、薬草師を何度も何人も試した。その全員が何もできなかった。それで一度だけ他の息子に支援してもらって、精霊使いを頼んだんだ。あのとき彼にはおそらく何か見えていた。でも結局何も言わず逃げるように帰ったんだ」


「それで、病気ではないと思ったのですか」

「いや、倅が倒れたのは奴隷居住区だったんだが、そこで噂をきいてね。その円盤に似た鏡を持った奴が鏡を掲げ、光を放ったのと同時に倅が倒れたと聞いている」

「原因はその精霊使いだと」

「わしはそう思う」


 精霊使いはなぜレクロさんの息子に呪いをかけたのだろうか。

「わしの素人意見だが、噂によると精霊使いの術は強大だが犠牲を伴うらしい。奴がどんな術を使ったのか知らないが、奴は世の中の天秤を自分に傾けるために、わしの倅を犠牲にした」

 レクロさんはため息をつく。


「何か知っているか。鏡の枠を持っているなら、わしより詳しいだろ」

「私には分かりません。そんな術使ったことないですし」

 フィオナは割れた鏡を見せる。

「出来損ないの『祈り子』ですから」

「『祈り子』の方が信用できる。わしは周りがどう思っているか想像はつく。ただ、わしからすれば精霊使いなんて力に溺れたクズに過ぎない。世の中の悪は精霊使いが作ったと思っている」


 フィオナには精霊使いは分からない。ただレクロさんが精霊使い全員を悪と見なしているのは、フィオナにとって悲しかった。

「今日はすまなかったな、持ってきた薬を無駄にして、来た瞬間に怒鳴り散らして。ああ脅さないと対応してくれないと思ったんだ。本当にすまなかった」

 レクロさんは依頼書にサインした。フィオナからすれば全く依頼を達成していない。

「今日は原因が分かれば、それでいい。対処法が分かったらまた来てくれ」

 フィオナの様子を見て、レクロさんはそう言ってくれた。


 フィオナの予想以上にレクロさんは満足げだった。

 その姿を見てフィオナはギルド・メメントに戻り、今日を終えた。


  *****


 夜が更けたある一室に兵士三人が会話をしている。

 そんな中、兵士が一人帰ってきた。兵士は普段では考えられないほど落ち込んだ様子だった。

「何かあったんスか?」

 若い兵士が聞く。言葉遣いに注意する者はいない。

 暗い表情をした兵士はあるものを出した。そして淡々と説明した。

 それが彼にとってどんなに大切なものだった(・・・)か、三人は知っていた。


「潰す。本丸は俺がやる」

「ほ、本気ですか」

「あぁ」

 ベテラン兵士が心配そうに見つめる。暗い表情だった兵士は怒りに燃え盛り、拳は強く握り締められていた。

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