15.招待状
あれから数日間、路上で花を売る日々が続いた。兵士のような物好きな人はほとんどなく、売れた花の本数よりも輩に絡まれ、殴られる回数の方が多いくらいだった。
数日の売上は大銅貨一枚強。宿泊費だけでなく食費や花摘みのランプ代も考えると、一日分にも満たない額だった。殴られたときにお金を盗られていないのは救いだった。
朝、市が開く時間。フィオナが教会前で花を並べていると人がやってきた。
遠くに兵士風情三人。殴りに来る輩ではないが、あまり良くない。
フィオナは外に出していた花を花かごにしまい。教会前から歩き出す。教会前の大通りから路地に移った。パトロールであればここまでは追ってこない。念のため路地を三度折れて様子を見た。リリアも見張ってくれている。
「よぉ、お嬢ちゃん」
フィオナの背後から声がする。まさか、あの三人組の兵士。
「フィオナ!」
リリアの声とともに黒い布がかぶされ、腕を縛られる。
「この、この、はなせー!」
リリアの声が響いている中、兵士の声が聞こえる
「君には、捜索状が出てる。我々の署長からだ。来い」
フィオナは三人の兵士に引っ張られ、ある場所に向かって歩き続けた。
「離せ、はなしてぇ」
しばらくの間、リリアの声が響いていた。
*****
扉が開く音がする。
「しょちょー、連れて来たッス」
「コラァ! 署長に失礼だろうが」
「さっさと縄と目隠しを外せ、外したら通常業務に戻ること、こいつは俺が処分する」
「あー。しょちょー、まだ若いからって、この子は年下過ぎますよ。まさか目覚めちゃったんですか?」
「署長はそのようなお方ではない。署長、この若造の処分を進言します」
「俺が直々にやる必要ないだろう。直属の上司なんだから自分で対処したらどう?」
そういう会話の中フィオナの縄が切られた。
「申し訳ございません。私の浅はかな発言お許しください」
フィオナの目隠しが取れる。
「年齢的に浅はかなのは俺の方なんだけどね……」
目隠しが取れて初めて見えた顔。それは、城壁を突破するため危険な通路を通り、最後にフィオナを捕らえた見張りの顔だった。
「署長、私共はこれにて外します」
「協力ありがとう」
三人は外へ出ていった。一人は話すことなく。
「しょちょー、二人で仲良くあ……。グフェ」
「まったく、あの上司は辛いだろうな」
署長に向かってフィオナが詰め寄る。
「これは、どういうことですか。私に何か問題でもあったんですか」
「まぁ、先に座って」
署長が指さす席に座る。指定された席は出口側だった。
「問題は大ありだ。捜索令状だよ」
署長は紙を差し出し、内容を読み始める。
「捜索令状。フィオナという名の『精霊契約者』は王女の御前で神鏡を割り、精霊使いとしての資質が無いことが証明されたにも係わらず、市民階級を不正に受け取り、市街に不正に滞在したとされている。それのみならず、市街にて陰気邪念に満ちた青い花弁状の呪物を製作と販売を行い、他の市民に多大な不安を与えたといわれている。市民の安全を守るとともに事の真偽を判定するため、このたび当該人の捜索と事情聴取を行うことを許可する」
長々と令状を読み聞かされた後、フィオナは机を叩いた。
「私の神鏡は割れましたが、市民階級の宝玉は王女様から正式にもらって、何も言われてないし。悪いものなんて一つも売っていません!」
「そんなにキリキリすることはないだろ。これは方便だ。方便」
署長はそういいながら、手元から何かを取り出す。
「フィオナは知っているよな」
署長の手には神鏡があった。その神鏡に鏡は無く、木の枠縁しかなかった。
「前にも話した通り、俺は君と同じ奴隷身分から『精霊使い』となった。そして、宝玉の授与式に行った。そのときの王族は誰だったか忘れたが、皆と同じように宝玉を受け取って、渡された鏡をリトに向けたらこのザマだ」
署長が鏡を裏に向けると、『リト』であろう文字が書かれていた。
フィオナも神鏡を裏向けて出した。同じ紋様と『リリア』という文字が書いてある。
「俺もいわゆる『祈り子』なんだ。フィオナも同じ。どうも君の噂話を聞いているとね。俺の辿った道と同じところに行ってしまうのではないかと思ったよ。君は階級が低いからなおさらだ」
「署長さんは何等なの?」
署長は首元からほんのり赤みがかった黄色の宝玉を出した。
「俺は九等。一応騎士階級だ。市民とは違う公務もできるから、最低最底辺をいく俺でも仕事はある」
署長の肩にリトがやってくる。するとフィオナの背中をリリアが抱きしめてくる。リトはリリアを思いっきり威嚇していた。
署長がリトを撫でなだめると、話を続ける。
「君の場合は俺より状況が悪い。十七等では公務がない。第四城壁に入れないから雇われ仕事を探すにも範囲が狭い。上の階級との仕事の取り合いもある。入場制限があるから親元にも帰れない。全ての負担を背負いきってボロボロになって物乞いをしても、君がいる市街では十七等は最上級。誰も恵んではくれない」
ハァと署長はため息をつく。
「フィオナ、ここからはヤバい話だ。聞く覚悟はあるか?」
「大丈夫よ」
フィオナがそう答えると、署長が続きを語り始める。
「フィオナ。君の群青の階級はね、作られたものなんだよ。最初から君を陥れるためにね」
その言葉にフィオナはキョトンとしている。状況を察してかリリアもフィオナから手を放した。
「どういうことですか」
「まずリリアはね、すごく珍しいタイプの精霊なんだ。人間の姿をしていて、きちんと言葉を解してくれる精霊っていうのは最上級なんだよ。精霊使いの身分は精霊の格によって決まる。たぶん俺の年なら奴隷身分だったとしても七等が相場だった。貴族なら文句なしの二等になると思う」
「でも、神鏡が割れているから……」
「いや、神鏡は割れていようが、そのままだろうが王族から与えられた身分は変わらないんだ。俺は九等の騎士階級だが、精霊契約をしたときもすでに十等だったよ。後で上がった階級は一階級だけ、防衛官になったとき騎士に自動昇格しただけなんだ」
「私の場合、無理やり誰かが落としたということ?」
「要はそう。君が人型の精霊と契約したことを知って、いい思いをしない人がいたのだろう。まぁ、階級を不当に下げる交渉ができる家は限られる。俺の知る限り、九等程度の騎士階級には到底できない。思い当たる節あるか」
「儀式の日に魔道士が来た、奴らは私を動けなくした後、リリアに杖を向けてきた」
「それがリリアの逆鱗に触れて、杖はバッキバキに折れただろ。そうでなきゃ、リリアはここにいない」
「そういえば、魔道士が名前を言ってた気が……」
フィオナが頭を抱える。
「アール様。あのフードの人たちはね、私にずっとアール様の所へ行けと魔法で誘導していたの」
「アール、アール……。アール・アステア!」
リリアの誘導でフィオナは導き出した。
「そいつが黒幕だ。正確にはそいつを支えるアステア家の誰かだろう。アステア家はコルデル家と役職をかけて身分争いをしている。間違いない。ちなみにそいつの精霊はどんなだった?」
「めちゃくちゃ大きい黒い龍さん」
「黒龍か……。貴族として申し分ない、満足してるだろう。ただ……。まぁ、目を付けておこう」
「それよりフィオナ、大丈夫か」
署長が心配そうに声をかける。
「大丈夫です」
そう言うフィオナは頭を抱えている。
「ショックなことを言って悪かった。落ち着いたら言ってくれ」
署長は席を外す。
神鏡のせいにしておけば良かったのだろうか……。
署長は考えながら、書類を片手に別室に入った。
フィオナは拳を握り締める。そして振り下ろされようとする拳を横からリリアが受け止める。顔を横に振って。
*****
フィオナが声をかけると署長が戻ってきた。手元には何やら飲み物がある。
「ただのジュースだ。俺は甘党でな、これ飲んでると幼いってよく言われる」
フィオナは見たことのない飲み物を手に取り、口に入れた。甘く酸っぱい味がする、不思議な感触だった。
「おいしいです」
「そうか。それなら本題へいこう、まず今の階級はどうにもならない。ただ、階級があったところで俺ら『祈り子』は生きていけない。俺のときも同じ、稼ぐ手立てがないんだ」
署長は手元のジュースを見つめる。
「今でこそ、こんな高級な飲み物に手を付けられるが、四年前は餓死寸前だったこともある。俺の年は貴族にも『祈り子』がいたんだが、そいつは家を放り出され浮浪した挙句、俺の目の前で死んだ」
「そんなことがあったんですか」
「あぁ。なぁフィオナ、君はいくら稼いだ? プロポーズ前に浮いていた奴除いて」
署長は『あいつは俺の差し金だから』とも言った。
「小銅貨、十二枚です」
フィオナはうつむきながら答えた。
「俺と違って、小銅貨一枚でも稼げるのはすごいよ。でも薄々気づいているだろうけど限界がある。市街では花はきちんとした店舗から購入する。貴族も店舗に発注するんだ。それにこの一帯の底辺市民は花に興味があるほど裕福ではない」
「花売りはダメということですか」
「ダメではないけど、売上は今後も厳しいと思う。今の条件ではね。このままだと昔の俺みたいな思いをする」
フィオナは落胆した。自分のやってきたことを否定された。餓死して当然。署長の言葉はそう聞こえる。
「フィオナ、今の状況何とかしたいか?」
腹が立つが、限界なのは分かっている。お金は十日程度しかもたない。
「なんとかしたいです。今後も生きていけるように」
署長はフィオナの目を見つめた。
「俺が知る限りの最良な方法だが、魔法の方法ではない。いいか?」
「大丈夫です」
「それなら君に、ギルド・メメントへの出向を命じる」
署長は紙を一枚フィオナに差し出す。
「滞在許可証だよ。ギルド・メメントは第四城壁の中にある。君の階級では入れない。ただ許可証さえあれば入れる。ちなみに許可者は俺だ」
フィオナは書類を見る。
「ラルだ。名乗ってなかったな。今後よろしく」
フィオナはラル署長の許可証を受け取った。
「それなら出ようか。もう一刻で副署長と交代できる。一旦出て、城壁の門で待っていてくれ」
「わかりました」
「何かあったら俺に言えよ」
署長はそう言い残して別室に入った。
フィオナは外へ出た。別の市街のまだ知らないギルドというものに期待して。
その横でリリアがフィオナを見つめて一言、言った。その言葉と表情は、フィオナには理解しがたいものだった。




