14.花売りとして
花売りフィオナは第四城壁内で極めて目立つ教会の近くで営業していた。
間もなく昼だというのに売上はゼロ。今、目の前でフィオナの姿を見ている二人が話をしている。
「あいつが、昨日神鏡を割ったやつだ」
「ただの役立たずの祈り子か、だから花なんか売っているんだろ」
「乞食はさっさと奴隷身分に落とせばいいのに」
「どうせもって数日さ。見ろよ、あの花。気色悪い真っ青だ。あれを買おうとする物好きはいねぇよ」
「たぶん邪悪な精霊の力に溺れ、花も真っ青に変わったんだろう」
「きっと、罰があたったに違いない。触れるものがみな呪いの品物に……。あぁ恐ろしい、恐ろしい」
「さっさと逃げるぞ、不幸の呪いを向けられる」
「花を持つと怪我する、病気になる。早死にするー!」
「あぁ、恐ろしやー!」
男二人は天を向き、両手を合わせ去っていった。
「フィオナ……」
「リリアは悪くない。あいつらには価値が分からないんだ」
フィオナはリリアに小声で言い聞かせる。二人はあの会話の一部始終を聞いていた。というよりは彼らがわざと大きな声を発して、聞かせていたという方が近い。ただでさえ難しい商売なのに、完全な営業妨害だ。
まさか、昨日のことがここまで伝わっているとは思わなかった。彼らだけでなく多くの人がああいった会話をしているに違いない。
陽が頂点を過ぎると、興味本位で近寄ってくる人もゼロになった。むしろ市街の人々はフィオナを避けているのか、誰もフィオナの前を通らなくなった。
「腹立つ! 私は不幸の精霊なんかじゃない!」
リリアは怒っている。自分の依り代を侮辱され、それが吹聴されている。腹が立って当然だ。
そしてフィオナを背中から抱きしめる。何とかしてほしいという願いなのだろうか。
抱きしめられたフィオナは何もできず、花かごを持って歩き始めた。
「うわぁ、こっち来るな」
「いらねぇよ、そんな花」
「さっさとくたばれ、小娘」
こちらから声をかけると、返ってきたのは罵声の数々だった。
「おっさん、私をばかにするなー!」
リリアが罵声を浴びせる男に向かってポコポコ叩くが、男は気づいていない。
「こっち見てんじゃねぇよ」
ガゴッ。
「……っつ」
殴られた衝撃にフィオナは倒れ込んだ。花かごの中身が散る。
「一丁上がりだ」
「邪霊使いを殴ったんだ、お祓い、お祓い」
「ハハハハハ」
男らは嘲り笑いながら去ろうとする。
「キーィ」
リリアは相変わらずポコポコ殴りつけているが、その恨みは届くことはなかった。
フィオナはそれからも歩き続けた。殴られることは三度あったが、兵士に捕まったときよりはマシだった。ただ致命的問題がある。今日の売り上げはゼロだ。もうすぐ日没を迎える。日没が来てしまえば、もう商売はできない。
みなが悪く言う青は見えなくなるだろうが、花の美しさも分からない。日没後に売れる可能性もあるが望み薄だった。
奴隷居住区への入場はあと四回まで、今日は戻らず、市街で寝るようにしたい。
市街で寝るには宿をとる必要があるが、一日で小銅五十枚取られる。今の持ち金では一泊しかできない、それに泊まると釣り銭が用意できず、商売にならない。
目の前に扉が見える。二日前泊めてもらった場所だ。もう一度泊めてくれないだろうか……。
「いや、無理に決まってる」
顔を横に振り、独り言をいいながら扉の前から去った。
フィオナは再び教会の前に来た。そして花かごを前に置き、座り込む。
そのとき日は沈んで教会にランプが灯される。そのとき、フィオナは花かごを置いて教会に駆け込んだ。
だが、中を開けて見ても人の気配は全くない。もっと奥に入っても誰もいなかった。ランプは自動点灯だった。
フィオナは期待したが、ランプの光は暗闇にならないだけであって救いの光ではなかった。
今時、教会に救いを求める人なんて……。
フィオナは教会の扉を開けた。
「お嬢さん、大事なものを放置すると盗られますよ」
「返してください!」
フィオナは目の前にいた兵士風の男から青色の花が詰まった花かごを取り返した。
「驚かせて、すまなかった」
「何なのですか?」
「いや、ちょっと君に用があってね。フィオナさん」
何でこの男が名前を知っているのだろうか。フィオナは不審に思った。
「用ってなんですか」
「お客に『用ってなんですか』は失礼だろ。まぁ、脅かせたから仕方ないか。僕にその花を売って欲しいそれだけだよ」
フィオナの目が見開いた。
「この花でいいんですか?」
「そう、その花でいい。いや、その花である必要がある」
兵士は不思議な言い方をした。
「で、フィオナさん。いくらだね?」
「一本、銅五枚です」
「分かった。七本くれないか」
フィオナはとびっきり大きな青いバラを七本手に取り、兵士に渡した。兵士はランプに花をかざす。その色は間違いなく青だった。それを確認した上で兵士はお金を差し出した。
フィオナは兵士からお金を受け取る。兵士が払ったのは銅貨三十五枚、フィオナは両手で受け取る。
この銅貨、異様に重い。フィオナも銅貨をランプにかざした。
「お客さん、これ大銅貨ですよ。私が言った金額は小銅貨です」
「君は銅貨五枚としか言わなかった。銅貨には三種類ある。それは君でも知っているはずだ。君が言わないならと僕なりに値段をつけた。結果がそれだ、釣りはいらない」
「でも、これは小銀貨三枚半ですよ。嬉しいですが、三十五枚まではいりません。銀一枚分、十枚でいいです」
「君は知っているかい、その花の価値を。花売りとしてやっているなら僕より詳しいはずなんだが……」
「他の所の花よりも花びらがきれいで、大きく、形がそろっています」
「それだけか? 確かにその特徴は当たっている。紅なら貴族がこぞって買い占める水準にある」
横でリリアがムッとしている。
「フィオナ、君はその花初めて見たときどう思った?」
「不思議な色だと思いました。で、何となく面白いなと思って売り始めました」
「では、君は知っているかい? 青いバラは存在しないことを」
「え?」
兵士の言葉にフィオナは驚く。
「それは君にとっては、存在しているだろう。でも世間では存在しないとされている。君の売る花はどれも存在しない、手に入らないはずのものなんだよ。貴族や王族がどんなに頑張ってもね」
「でも、貴族や王族が買ってくれるとは思えません」
「まぁ、運が悪いことに青には悪いイメージが付きまとっている。一般市民だけじゃなく、貴族や王族も青色だけに気をとられて、本物の美しさを見れなくなってきている。僕はそう思う。」
兵士はフィオナの両手を握りしめる。
「フィオナ、君の商品は誰も売っていない価値あるものだよ。振り向く人は少ないかもしれないけど、せっかくの自分の商品だ。むやみやたらに値切ることはない。ただ堂々と売ればいい。花売りとして、めいいっぱいの花をくれたよ君は。」
兵士は花束を持って、去ってゆく。
「ありがとうございました!」
フィオナは兵士に向かって手を振った。
「こっちこそありがとう、珍種好きの彼女へのプロポーズに使うよ」
「嘘でしょ……」
フィオナは不吉と散々言われてきた花束を、大事な場面で使う兵士に、思わず言葉を漏らした。
遠くで兵士は振り返る。
「近々、僕の友達が君を訪ねると思う。彼は昨日君が起こしたことを聞いて心配してたぞ。」
兵士は大声で叫んでいた。彼は大丈夫なのだろうか。
「それと、今日は宿で泊まれよ」
兵士はそう言うと駆け去っていった。
最後の言葉はフィオナが哀れだったから出てきた言葉だったのか。とりあえず、お言葉に甘えて宿をとることにした。大銅なら一枚で二日泊まれる。当面、寝ることに関しては大丈夫だ。
横で一日中立っていたリリアも満足そうな笑みを浮かべていた。幸運に支えられ、市街での花売り初日は成功で終わった。
そして宿に入れさせてくれた兵士に祈った。『プロポーズ成功しますように』と。




