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青い紅~せめてあなたに花束を~  作者: 暁 乱々
精霊契約編
14/48

13.契約のお祝い

 アステア邸は祝賀ムードに包まれていた。階級三等という今年一番の階級宝玉を手にしたアールは、みなに囲まれ親族一同に褒め称えられた。

 アールが祝われている中を抜けて、アールの父と従者が密かに会話をしていた。


「昨日の件はどうなっている?」

「まず、魔導士三人ですが、昨日は処分を保留しておりました。彼らには杖の作製が済むまで、給与を四分の一にして雑用に従事するよう今日付けで処分します。復帰後も二割の減給で就いてもらう予定です。解雇より腹いせは少ないと思いますが……」

「基本的に問題ない。ただ雑用中の給与は半額、復帰後の減給は一割に留めておけ。魔導士の恨みは恐ろしい」

「御意」


「ところで、あのフィオナとかいう娘の処理もやったのか」

「左様でございます」

「あれはやり過ぎだ、宝玉を渡すときのエレシア王女の様子を見たか? 危うく目を付けられるところだった」

「申し訳ございません」

 従者は謝罪した。

「まぁ今回はいい。神鏡が割れた。あの娘が精霊使いに相応しくないことが明白になった。今は宝玉の階級が妥当どころか、宝玉にすら相応しくないと思われている。王族も疑いはかけないだろう」

 アールの父の言葉に従者は安堵した。

「ご主人様のご子息は真に幸運でした。人型だからとはいえ、神鏡が割れるような精霊と契約すると碌なことはありません」

「あぁ、そうだな。神鏡が割れたらただの『祈り子』だからな、そうなっては家を託すことはできない」

「左様にてございます。あの娘はこれから大層苦労することでしょう」

「十七等とは……。甘く見えて最高の処分だ。とにかく魔道士の処分の提案といい、君にはやり過ぎの傾向があるな」

「以後気をつけます」

「まぁ、アステア家一の策士として、その力を活かしなさい」

「お言葉ありがとうございます」


 話を終えたあと、二人はアールの祝賀パーティーの席へ戻っていった。


  *****


 エドラス司祭の話の後、フィオナは奴隷居住区への門にいた。兵士に宝玉を見せると、門の通過許可が下りた。

「十六等以下の場合は門の通過に制限がある。月に五往復までだ。それでもいいか」

「はい、大丈夫です」

 フィオナが宝玉を門にかざすと門が開く、そのままフィオナは奴隷居住区に入った。居住区に入って階段を下りていると、大きな橙の太陽が見える。

 もう少しで夜になる。夜になれば治安が悪い。宝玉をつけている人が夜道を通るとどうなるのだろうか。悪いことしか思い浮かばない。フィオナは帰りを急ぐ。階段の下では三日前に殴り蹴りをしていた兵士がフィオナを指さしていた。彼らにはもう何もする権利はない。フィオナは堂々と横を通り過ぎた。


「すごい所だね、ここがフィオナの住んでたとこ?」

 リリアが声を掛けるが、ここに居る人は誰もリリアを見ることはできない。フィオナはリリアの言葉に何も返さない。

 二人は半分駆け足になって、家に向かう。もうこの角を曲がれば家に着く。

 フィオナが右に曲がった瞬間、足を止めた。


「嘘でしょ……」

 フィオナの家は半壊していた。寝室にしていた所は崩壊し、居室もえぐられている。残った家には寝室にあったドアが玄関に付け直されていた。

「ここがフィオナの家?」

「そうよ、おとといまではもっと大きかった」

 フィオナはおそるおそる玄関の扉を開ける。リリアが空いている左腕をぎゅっと握りしめる。

 扉を開けると、ろうそくの灯りが広がっていた。その灯りに照らされて、フィオナの両親は座り込んでいた。服はボロボロで腕には大きな傷が刻まれている。


「おかえり、フィオナ。精霊と契約したんだね」

 両親はフィオナを見ると柔らかい口調で言った。

「お父さん、お母さんどうしたの?」

「昨日の昼過ぎ、兵士風情とフードを被った奴が数人押し寄せてきた。奴らは家中探し回り、お前が見つからないと分かると、腹いせにこの家を吹き飛ばしたんだ。これは家の壁が壊れたときにできた傷だ」

 父は腕の傷を指さし、答えた。

「いいんだ。フィオナは精霊使いとなって帰ってきた。貴族に売り渡さず、きちんと宝玉を据えてな。ここと同じ思いはしなくて済むだろう」

 父さんの言葉にフィオナはうつむいた。


「あのね、父さん。市街は確かにきれいだよ。ただ私の宝玉の色見た? 市民ではあるけど高い階級ではないの。それに……」

「それに何だ?」

「市民であっても元手が無ければ生活できないの。無一文だったら何も手に入らないし、宿も取れない。家もないから野宿を覚悟した。それに、精霊使いであっても仕事があるわけじゃないみたい。明日も花を売ることになると思う」

 フィオナは授与式のできごとは話さなかった。

「そうか、なら持って行け。お前の元手と市民階級祝いだ」

 父が指さす先には、フィオナが奴隷居住区で使っていた花かごと小銅貨十二枚、中銅貨五枚が置かれていた。

「父さん。こんな大金……」

「それは、お前が稼いだお金だ。今まで手を付けなかった。お祝いなら父さんや母さんからお金を出すべきなのだが、情けないよ……」

 父の顔には涙が滴っていた。揺らめくろうそくの炎が涙をキラキラと輝かせる。

「ごめんよ。フィオナ……。これが父さんと母さんができる、せめてもの祝いだ」

「ありがとう。父さん、母さん」


 それからフィオナは宝玉を隠してから祝い金で露店で食べ物を買い、その後水場の上流に向かい、水汲みをして家に戻った。

 家に帰ってからは、魔道士たちにつけられた傷の手当をして、極めて質素な夕食をとった。それでも母は言う。

「豪華な食事だね。本当にいいの、フィオナ」

「いいんだよ。お母さん、お父さん」

 食事の後は、ひたすら眠った。この二日間、目まぐるしく状況が変わり対応するだけで精いっぱいだった。それに昨日が遅かったことも響いていた。壊れて間取りが変わったとはいえ、慣れた家には変わらない。

 フィオナはすんなりと眠りにつけた。


  *****


 翌日、フィオナは暁とともに家を出た。手には花かごを持って。

 着いた先は青い花園だった。

 薄々は予想していたが、少々荒れている。あの魔道士は花に構わず、踏み潰していたのだ。

 リリアが踏みつけられた花に駆け寄り、跪き両手で握り締める。辺りはまだ暗くてあまり見えないが、きっと悲しんでいるに違いない。

 リリアはこの花園の精霊だが、踏み潰された花はどうすることもできないようだ。ただじっと花を見つめていた。

「リリア、こんな状態のときに悪いけど今日も摘ませてもらっていいかな。売り物にもするけど、まずはね……」

「うん、いいよ。だってフィオナは悪くないもん」

「ありがとう」

 星明りが消え、朝日が見えるまで二人は待った。


 日の出と共に花摘みを始めた。

「フィオナ、それよりこっちの方がいいよ」

 リリアが教えてくれる花はどれもフィオナにとって一級品だった。

「こんなに立派なの、いいの?」

「それくらいなら大丈夫。全部摘まれたら困るけど」

 花かごはいつも以上のスピードで一杯になり、半刻もせず、花摘みを終えた。

「それじゃあ、行こう。リリア」


 フィオナが向かったのは奴隷居住区、フィオナの家だった。

 家に着くと両親はすでに起きていた。

「あら、もう出て行ったと思ったのに。戻ってきたの?」

「ううん、近くにいただけ。私の階級では制限があるから、そんなに出たり入ったりできないんだ。」

「そう」

 フィオナは両親に差し出す。それは花かごの中の一本。とびっきり大輪の青いバラだった。

「フィオナは青が好きだね。変わっているけど、きれいだよ。くれるの?」

「そうお父さん、お母さんへのプレゼントだよ。私から渡せるのはこれしかないから」

 世間一般では不幸・不吉の象徴の青。本当は決してそんなものではない。フィオナの両親は知っているのか、知らないのか分からない。ただ、その一輪の青い花を一番すんなりと受け入れてくれた。今日のとびっきりの花を。

「ありがとう。フィオナ」


 それからフィオナは朝食を食べ、傷の手当をしてから家を出た。

 日数制限のせいで毎日は帰れない。フィオナは覚悟して市街に向かった。

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