巻頭~絵本の中の精霊使い~
「おかあさん、この本をよんで」
天蓋付きのベッドで少女が母親にせがむ。
「あら初めてだね、この絵本。けっこう有名な話なのよ」
「どんなはなし? はやくはやく」
「それはお楽しみ。今から読むからね」
母親は少女の膝元に本を置き、挿絵を見せながら読み聞かせる。
*****
――むかしむかし、ある国に位の高い大臣がいました。
大臣は見た目は優しく、おだやかな人でしたが、ひそかに国王の地位を狙っていました。
元々は戦いに勝ったり、よい政治をしたりして大臣になった人でした。
しかし、いつしか国王の座に目がくらみ、よくないことをするようになってしまいました。
自分の身分を使って、罪のない人に刑を科し、自分のいうことを聞かない優秀な人を次々と左遷しました。――
「おかあさん、させんって何?」
「身分を落とすことよ。誰もやりたくない仕事に替えられたり、お給料や家の土地が減らされ、住む家も小っちゃくなったりするのよ」
幼児向け絵本にしては年不相応な表現が多い。勉強のためとはいえ、もう少しソフトな表現がいいのではと少女の母親は思った。
――それでも、大臣は国王になることはできません。大臣は国王に何もできないのです。
ある日、大臣は神様に自分を国王にしてもらうよう、祭壇で何度も何度もお願いしました。
すると、神様が祭壇から現れこう言いました。「そなたの願いをかなえよう」と。――
「え、そんな人のねがいかなえちゃうの?」
「もう少しでわかるから、よく読んで」
――神様は赤黒い光を放ち、それがたまたまいた大臣の息子に直撃しました。
すると、大臣の息子の体は黒ずみ、頭からは角が生え、口からは牙が生え、背中からはこうもりみたいな翼が生えてきました。――
「もうあくまだね」
「そうね。悪魔になっちゃったんだね」
――そう、大臣のひどい行いに天罰が下ったのです。
神様が言いました「あなたを慈しみ、かつその息子の姿を受け入れる娘を探しなさい」と……。
大臣が神様に飛びかかると、神様は消えてしまい、大臣はそのまま祭壇に突っ込んでしまい大ケガをしました。――
少女の母親はうまく罵声シーンをかわし読み聞かせた。
罵声に耐性をつけることが目的らしいが、まだ娘の年齢では教育上良くない。
――このことは、王国中に知れ渡ってしまいました。大臣は魔物を飼っていたとして左遷されてしまいました。
それからは改心し、たくさん街のためになることをしました。
仕事の合間で街中のゴミを拾い、壊れたものは直し、怪我の人を助けてきました。――
――しかし、誰も認めてはくれませんでした。人々は大臣の罪を知っていて、自分が利益を得るとき以外、相手にしてくれませんでした。もはや、今までのできごとを取り戻そうとしても遅かったのです。――
――元大臣は途方に暮れていました。
魔物になった息子は最初は静かでした。
しかし、魔物の状態が続くと心まで魔物の状態となり、元に戻らなくなると知ったのです。――
――元大臣は助けを求めましたが、案の定助けを得ることはできません。
いつか災厄をもたらす。
そう思った元大臣は魔物を殺してしまおうと決心しました。元に戻せなくても、魔物を殺すことはできました。――
「このまものって、元だいじんの子どもだよね」
「そうよ」
「子供はなにもしてないのに」
――ところが、この話がある精霊使いの少女の耳に入りました。
少女は元大臣の悪い面を知っていましたが、いい面もたくさん知っていました。
少女は知らせを聞き、精霊を連れて元大臣の所へ行きました。
元大臣は手を差し伸べようとする少女が精霊使いだと知って大喜びしました。
精霊使いなら、息子を元に戻す術も知っているかもしれないと思ったからです。――
――ただ、その少女は身分の低い、落ちこぼれの精霊使いでした。息子を戻すどころか、何の術も使えなかったのです。
元大臣にとっては期待外れでした。
ただ誰もが振り向きもしない中、その精霊使い一人だけが元大臣を訪れてくれたのです。――
――少女は言いました。「息子さんに会わせて下さい、お渡ししたいものがあるのです」と。
元大臣はためらいました。
精霊使いは今の息子を見た瞬間逃げ去り、より良くない噂がひろがるのではないかと。もしくは、もう半分以上魔物と化した息子は精霊使いに危ない思いをさせるのではないかと。
しかし、元大臣は覚悟を決めました。精霊使いが襲われないよう剣をとり、息子がいる部屋へと案内しました――
――部屋に入ると元大臣は驚きました。息子からは人の気がなく、今にも襲いかかってくるような状態でした。
もう倒すしかないと、剣を構えました。
「待ってください」精霊使いは元大臣を止めました。果敢にも魔物となった息子に近づいていきます。
そして、息子の前で手に持っていた箱を開けました。――
――「あなたにこれを」と精霊使いが差し出したのは珍しい青色の花束でした。
「私には何もできません。私には精霊がいますが、ただの祈り子です。昔も今も花売りで生きてきました。
このお花は私が生きてきて一番のものです。今日はお代はいりません。
せめて受け取って欲しいのです。あなたにこの花束を」――
――少女はそう伝えて花束を差し出しました。息子の気はおさまり鉤爪の生えた手で花束を受け取りました。
花束は鋭い爪で一瞬にしてボロボロになりましたが、精霊使いは怒ったり、悲しんだりすることはありませんでした。
そして精霊使いは言いました。「あなたは魔物じゃない。姿は変わっても私はあなたを人として受け止めてあげる」と。
その言葉を残して、去ってゆきました。――
――結局何も変わりませんでしたが、元大臣はうれしく思いました。
もらった花はたくさん折れてしまっても非常に美しいものでした。それに香りはとても良く、瞬く間に家中に広がりました。
そして心地よい香りの中、一夜を明かしました。――
――翌朝、元大臣が起きると目の前に人の顔がありました。その顔にはどこか見覚えがありました。
「お父さん」と、その人が元大臣に呼びかけました。
魔物だった息子が人の姿に戻ったのです。元大臣はたいそう喜びました。
そうして、元大臣の一家は普通の暮らしを送れるようになりました。みな魔物の息子が怖かっただけなのです。――
――いつしか、元大臣は大臣の仕事に戻ってゆきました。
大臣に戻ってからもたくさん良い政治をして、国民は幸せになっていきました。めでたし、めでたし。――
読み聞かせが終わるころには、ベッドの上の少女は寝てしまっていた。
「この本は長すぎたのかな?」
少女の母親は独り言をつぶやき、花瓶に入った青い花を見た。
母親はこの物語の登場人物を直接は知らない、遠い昔の人物だから。
しかし、誰よりも彼らを知っていると言い切れる。
ここに書かれていることは絵本の中のこと。絵本の通りならどれほどいいのだろうか。
今眠っている少女は何も知らない。だが、いずれはこの子にも降りかかるだろう。
それを私は何もしてあげられていない。
少女の母親はそう痛感していた。そして首元の紅の宝玉を握り締め、一旦ベッドを離れた。
初投稿作品です。
これを一番に設ける点でクセのある作品かもしれません。
後書きにはあまり書かず活動報告を使用しています。
気になる方はご確認ください。
(あれって深いとこにあってわかりにくいけど……)
2016/2/16 ほぼ全話、誤字等を修正しました。