8話
昨日投稿し損ねた分です。
ここ最近胸騒ぎが収まらない。
「会長、資料ここにおいておくよー」
私は両手を組み、目を瞑りひたすらに物思いに耽っていた。
生徒会長になってから早二年。今年三年生になった私は、このまま平穏に生徒会長の職を後輩に引き渡すことが出来るだろうと安心していたのだが、しかしここにきて何か嫌な予感がする。
「会長、そんなに思いを寄せる人が気になる?」
「ん、ああ。ありがとう。助かった」
副会長である、遠野に礼を言う。
「なんですか、急に男子のことを調べてくれー、だなんて。ついに恋でもしましたか。ああ、そうですか。私には彼だけいれば良いと、はー濃いって恐ろしいっ」
感慨深そうに頷く遠野に、私は苦笑いを浮かべながら、もう一度お礼を言ってさっさと帰り支度をするように言う。
退屈そうに遠野は私に視線を送ってくるが、気が付かないフリをしていれば問題ないだろう。
「あーちゃんたまには休みな」
遠野が捨て台詞のように口にしたその言葉に私は再び苦笑いを浮かべた。まったく同じことを一年ほど前に言われたことがあったからだ。
彼女は今もどこかで人を困らせているのだろうか?
くだらないことに緩みそうになった顔を引き締め、資料に目を通す。ちなみにこの資料というのは、遠野が独自に調べたもので、所々彼女らしさが滲み出ている。
御影秋人、十六歳、最近誕生日を迎えた、
「ここからが本番だな」
この程度の情報しか集められない彼女ではない。本番はこの先からなのだ。探偵だという父の才能を存分に引き継ぐ彼女の本領発揮――
ぼっち、虐められている可能性あり、時折足取りがつかめなくなるあたりが嫌な感じ、両親は海外出張中(主人公かよっ!)、家に女の子あり?
ここで資料は終わっていた。重要なところはそれなりに調べた上で手抜きな感じが彼女らしい。また全て箇条書きで殴り書き、落書きもちらほらと見受けられる。
私は三度目の苦笑を浮かべ、生徒会室を出る。遭遇する可能性がどれだけあるか分からないが、一度直接会いに行こう。なるべく下手な手を打たないように、私が彼の闇の部分について気が付いていないという点に疑いを持たれないよう。
意を決し、一年生の教室が並ぶ階の廊下へと向かう。向かう最中一年生から多少注目を集めてしまうのは、この際仕方がない事と諦めよう。一体遠野はどうやって彼について調べたんだろうか。
彼女に感心しながら廊下を歩くこと数分。
「ん、御影君。いまから帰りかな?」
笑顔を崩すことなく彼に声を掛ける。
隣に立つ、朧君は緊張したのか、僅かに表情が硬い。
なかなか返事をくれない御影君ではあったが、一瞬表情を強張らせてから口を開いた。
「――あ、はい」
今の間は、何の間だったのか――私の胸のざわめきに関係がありそうだが、しかし今は適当なことを口にする。
「今の間は私が君の名前を知っていることに対しての驚きと取って良いのかな?」
「まあ、そんなところです」
少しホッとしたような、けれど緊張感の抜けない声と表情で御影君は言った。
「私は生徒会長だ、多少の融通は効くんだよ」
「つまり、生徒会長権限で個人情報を漁ったと?」
「人聞きが悪いなぁ。私は、ただ友達になりたいなと思った相手の名前を少し強引に知っただけだよ」
半分は口からでまかせ。我ながら卑劣な真似をしていると思う。
しかし自分の心に、彼のことを思っての行動だと言い聞かせさらに言葉を続けた。
「そちらは御影君のお友達かな?」
「ええ――トモダチ、です」
言葉と言葉の間に生まれた不自然な間はなにを意味しているのだろうか。そして少しずれた発音。もしかすれば、と私の勘は訴えていた――この二人が夏休み前、この気の緩みがちな時期に、今までの平穏を崩す火種となるのではないか、と。
「ん? そうか、まあ仲良くやるんだぞ」
嫌な予感が早々に現実として現れないことを祈りながら彼らにそう告げた。
「はい」
朧京介、学校中で彼の名を知らない者はまずいないだろう。
そんな彼が今ばかりはとても危ない者に見えた。特に最後の一言、たった一言が私の恐怖心を煽る。
彼らの横を通り抜け、少しばかり迂回して生徒会室の扉を開いた。そしてスマホを取り出し、感覚だけで私の親友とも呼ぶべき友へ向けて電話を掛けた。
『はいよー、早い安いが売りの遠野探偵事務所の一人娘ですよ』
「追加注文がある」
『恋敵の登場でもしちゃった?』
「朧京介について調べて欲しい」
『おっと、まさか朧君と御影君でBL展開! じゅるる』
「遠野、危険なことはしない程度で構わないからな」
『あーちゃん、いや会長、明日の放課後にでもケーキを奢っておくれ』
「お安い御用だよ。いつも悪いな」
『おーっと、これが私の役目だよ。それにね、カップルの仲を取り持つためにする業務よりも、よっぽど楽しいから問題ないよ』
「ははは、じゃあ明日」
『あーちゃん、御影君、朧君、三人の三角関係はどうなる!? 続きはウェブで! バイビー』
彼女が捲くし立てた後、すぐに通話は途切れてしまう。
このいまひとつ会話がかみ合っていない感じ、これが私たちの通常で、日常。内容は別として、こうして彼女と話していると少しばかり気持ちが楽になる。明日は少し良いケーキでも奢ってあげようか。
手の内に納められたままのスマホが、軽く振動した。どうやらメールが来たらしい。
『やっぱり、予定は未定に変更。アニメのイベントがあるんでな! はっはっは』
急かすべきが否か。頭の中で二つの選択肢に私は挟まれていた。報告が早ければ早いほど良いのだが、しかし、あの嫌な予感が単なる思い過ごしであることを祈りながら、というよりかは思い込みながら、私は短く返信をした。
「了解――っと」
***
数日後、調査報告書に目を通しながら、私は思う。
いまひとつ核を捉え切れていないようなあやふやな感覚、朧京介という人間が容姿の良い、少し善人なだけの高校生。そんな情報ばかりが集められていた。ハッキリと言ってしまうと、直接顔を合わせたときと少しずれて見える。
遠野も同じ結論に至ったのか、最後の最後には一言添えられていた。
彼女にしては珍しく、丁寧に几帳面な字で、
『これは朧京介の全てではない。何かが欠けている』
と書かれていた。
もやもやとした不安が募っていく。
「読み終わった? なら愛しの彼に会いに行くと良いよ。なんか変だから――人が変わったみたいに」
「いくつか訂正したいが、急いだほうが良いのだろう?」
「もちろん、愛しの彼のためを考えるならね」
悪戯好きな子供のような笑顔、確実にわざと言っている。周りに誰もいないのが幸いだが、彼女は人前でも同じことを言い出しそうでおっかない。
「遠野、ケーキはそのうち奢る」
「あいよー、場所は三階、屋上前だから」
適当な返事を聞き終えるよりも早く私は現場へと向かう。
向かった先では屋上と踊り場を隔てる扉に背中を預け、天井を見上げる御影君がいた。
「やぁ、不良君。屋上には入れなかったのかな?」
「――あ、はい」
一瞬大きく目を見開いた彼は、なにかを取り繕うようにしてから私に返事をよこした。
そうして彼はすぐに自分の膝に顔をうずめた。
私は知っている? 彼を? どこかで見たようなその光景に私は強烈な既視感を抱く。何かで見た、どこかで見たそんな感覚が一時的に私の意識を思考の中に閉じ込めた。
「じゃあ、帰るので。スイマセン」
「――君は、誰だい?」
「御影秋人です」
急ぎ足に口にした彼は、私の脇をするりと抜けていってしまう。
「ふむ」
やはりなにかが違っている。
イメージとしては、元気に飛び上がりこれでもかと自慢げに、名乗りそうな、そんな気がしていた。御影君ではありえない、しかし今の彼からはそんなことをしそうな雰囲気を感じていた。
彼女、ではないよな。
というわけで、8話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
なにか意見等ございましたらコメントお願いします。
本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。