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5話

 重い体を引きずってどうにか辿りついた家に、まずはほっと一息つきながら、自室へと急ぎ駆け足で階段を上がっていき――

「おい、ニート」

 気力のそぎ落とされた俺に更に追い討ちを掛けてくる優香は、なぜか俺の部屋の前でぶっ倒れていた。

 倒れたいのは俺なんだよ、くそニートめ。

「うぅ、ご、ご飯が――たべ、たい」

「昼ごはんは?」

「食べてない」

 俺に返事をしながら意外なほどにあっさりと立ち上がり、腹をさすりながら腹減ったと上目遣いに視線で訴えてくる。

「メモに冷蔵庫の中のもので適当に何かしろって書いてあったろ?」

「わたしの料理レパートリーは、卵掛けご飯とカップ麺各種なんだもん」

「もん、じゃねぇよ」

「もんもん」

 わざとらしく人を困らせてやろうという悪意を僅かに込められたニヤついた顔で、わけのわからないことを神様は口にしていた。

「はぁ」

 はぁ、心の中でもため息を零しながら、俺はスマホを取り出し現在の時刻を確認する。四時半。夕ご飯には早く、お昼には遅い。まあ、少し遅めのおやつというところで手を打とう。

「軽くなんか作るからちょっと待ってろ」

「はぁい」

 軽い返事と、満面の笑みが俺に少しばかりの元気を分けてくれたような気がした。

 メニューを考えながら、リビングへと向かい、俺は驚嘆する。

 俺が休日にテレビを見ながらゲームをしながら、だらだらと食べるためのお菓子各種。そいつらが残骸となって机の上に四袋ほど溜められていた。

「おい、どういうことだ」

「いやー、おなか空いちゃって」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、あははと笑っている。あはは、あははと。

「やっぱり夜まで我慢な」

「はい?」

「夜まで我慢」

 優香の朱色に染まる顔は面白いくらいに分かりやすく青へと変貌していった。

 自業自得というやつである。いくら自称神だからと言って容赦はしますまい。

「ごめん、ごめんね。わたしが悪かったから、お願い、この空腹をどうにかする手助けを……」

 両手を合わせ懇願する優香に俺は僅かな反応すら見せずに部屋へと退散していく。後ろを付いてきて謝罪を口にしていくが、俺の脳みそはあくまでそれをBGMとして受けとるようになりだした。声が綺麗だからBGMとしても悪くない。

 部屋に逃げ込みベッドにダイブする。俺を受け止めた布団から僅かに埃が舞う。

 そろそろ、掃除をしなければ……。

 頭の端で浮かぶ思考は、ゆるい時間の流れに流されていき、すぐに見えないところまでいってしまう。

 遠くに嘆く声を感じながら俺は僅かの間だけ眠りに付いた。



 時は流れ、休日。

「あづーいー」

「うっさい、黙れ。お前がエアコン壊したんだろ」

 というか、自分の部屋に便利なこたつがあるだろうに。

 午前中は珍しくエアコン無しでも、扇風機の頑張りによって耐えうるレベルの暑さだったのだが、しかし十二時を回った途端太陽が本気を出し始めたのだ。おかげで扇風機は最早熱風を送るだけの機械へと一気に転落し、エアコン様はいつかに神の逆鱗に触れては解されてしまっている。

「プール行きたい」

「一人で行って来い」

「いや、創っちゃえ」

 自称ニートであるにもかかわらず、意外と働いているようにも思えるが、これでニートを自称していて大丈夫なのだろうか? それとも自分の生活を快適にするためだから許されるのだろうか。

 自分のひらめきに目を輝かせながら、優香は階段を駆けていく。自分の部屋にでも向かったのだろう。

 俺はとりあえず今年初のそうめんをゆでる準備を開始する。夏はそうめんばかりで嫌になるが、こんな暑い中で長時間台所に立つというのは更に苦痛を伴いそうである。なるほど、母上はこういう理由でそうめんの力を借りていたのか、納得だ。

 何かおかずを用意するべきかと冷蔵庫の中身を確認しながら考えるが、本日はそうめんだけで我慢しよう。

 沸騰したお湯にそうめんを投入する。

 そうめんを湯がきながらか俺はプールに俺も入れてもらえるのだろうかと、そんなくだらない心配をしていた。

 もし、入れてもらえればエアコンの修理代が浮く。

「よし、出来た」

 素晴らしい、もう出来た。

 後は優香を呼べばそれで食える。片付けも楽だし、食欲の湧かないこの時期でも食べやすいし、やっぱり夏場はそうめんが活躍しそうだ。

「飯出来たぞー!」

 とりあえず一度リビングから声を掛けるが、流石に声が届いている様子はない。部屋の中の部屋の中に創られた部屋にいるはずだからな。

 少しばかり面倒に思いながら俺は優香の部屋まで足を運んだ。

 六畳の真四角の部屋の四面のうちの一面、部屋に入った体勢から右にある土壁風の壁に、見慣れない襖が出来ていた。その襖を開けば中には物の詰まっていそうな押入れが姿を現しそうな雰囲気のある襖に手をかけ、開く。

「飯だぞー」

 中にはプールが出来ていた。それも学校にある二十五メートルプール。水面にも、水中にも一切ゴミが無いあたりが本物とは違うが、それ以外はまさに学校のプールといった感じ。それに、どうやらこの部屋の中は屋外という設定で、それも夜らしく、時折風が吹いていて心地良い。これならプールに入らなくとも十分に涼める。

 肝心の優香は、早速真っ白なビキニに着替え、浮き輪に腰をはめてぷかぷかと浮かんでいた。そして難しい表情で夜空を見上げている。

 濃紺の夜空に浮かぶ星々は、とても都会では見ることの出来ないような数が煌いていた。

「学校、楽しい?」

 優香の唐突な質問に、少し黙り込んでしまう。

 一体どんな意味が込められているのか一切不明なその質問に、とりあえずは素直に答えることにする。

「まったく楽しくない」

「じゃあなんで行ってるの?」

「行かなきゃならない場所だからだよ」

「ふーん」

 なんだか納得の出来ていなさそうな表情で優香は頷いていた。

 それから少しだけ二人の間には沈黙が流れていた。しかし、決して不快ではなく、むしろ心地よくさえ感じるひと時だった。夜風の涼しさと、静けさ、それから暗さによってかほんのりと睡魔が顔をのぞかせだす。

 睡魔を逃がすために俺は少しもったいなさを感じながらも、この空気に余計な一言を投げ込んだ。

「飯、食わないのか?」

「着替えたらすぐ行く」

「じゃあ、先食ってるな」

「はぁーい」

 気の抜けた返事を聞き、俺はこの部屋(と呼ぶべきなのだろうか?)を後にした。

 なぜ優香は難しい顔をしていたのだろうか。そんなに俺の作る飯に不安を覚えているのだろうか。それとも勝手に俺が入っていったことに腹を立てたのか。

「うーむ、良く分からん」

「なにがぁ?」

「なんでもない」

 陽気な声で、突如俺の肩越しに顔を出した優香をさらりと流しながらリビングへと向かう。

 なにがなにが、と騒ぎながら俺の後ろを付いて回ってきた優香は、リビングにたどり着き、腰を下ろし、箸を握ってもまだなおしつこくたずねてきていた。

「しつこいぞ。ったく、それでも神なのか」

 吐き捨てるように言った俺の言葉を聞いた優香は飛び上がり、箸で俺を指す。

 頬を膨らませて、左手にそうめん汁を、右手に箸を持ちながら怒る姿はどこか滑稽で可愛らしく見えてくる。

「あー、そういうこと言っちゃう? へぇー。そうかそうか」

「なんだよ」

「へぇー、ふぅーん」

 一人何かに納得するように頷いてそうめん汁の中に取り残されていた何本かのそうめんを掬い上げ、一気にすすった。

 そのときの瞳が、俺に対し「見てろよ、この野郎」と言っていたように感じたのだけが気がかりだが、大したことは起きないだろう。

 威厳のない神の逆鱗に触れていたとしても、所詮くだらない罰が下るだけ。

 そうたかをくくり俺もそうめんをすする。

というわけで、5話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

なにか意見等ございましたらコメントお願いします。

本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。

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