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4話

 翌朝、起きる気配のないニートの分まで朝食を用意して、念のために走り書きのメモを机に置き、俺は家を後にした。向かう場所はもちろん学校だ。

 周りを歩く学生の波に飲み込まれながら、一人重い足を無理やりに前に出していく。

「そんな暗い顔はするものじゃないよ」

 我が家のニートとは違い、ハキハキと喋るお人だことだ。

 わざわざ俺に声を掛けてきたのは、昨日俺を余裕の笑みを浮かべ抜き去って行った方である。恐らく先輩だろう。制服のリボンが俺の学年とは違う。

「ははは、嫌だな。そんな冷たい目で見ないでおくれ」

 困り顔で首を窄めるその仕草は、とても優雅なものに見えた。

「先輩、そんなつもりじゃないですよ」

 わかっているよ、とそんなニュアンスの含んだ笑みを浮かべた先輩はこれまた華々しく軽く手を上げて俺に別れを告げた。

「悪いけど私は先を急ぐよ」

「ええ」

「ああ、そのまえに。私は神楽坂綾乃だ、生徒会長をしている。何かあったら遠慮なく生徒会室まで来たまえ」

 短い宣伝をすると、神楽坂先輩は無駄に姿勢の正しい歩みで人の波を真っ直ぐと歩いていく。先輩の歩いた後ろにはしばしの間一本の道が開かれていた。そこにだけは人がひとりも残っておらず、さながらレッドカーペットのように認められたものしか歩けないような、どこか神々しい雰囲気が漂っていた。

 俺が立ち止まり、なんとも気持ちの良い一本道を歩いて通ってみようかと悩んでいる隙に道は閉ざされてしまう。

「まあ、俺が歩く道じゃあないよな」

 俺が歩くべきは日陰の道、人の波の端っこのほう、そんな気がしてならない。

 僅かに見えた光の道はすぐさま閉ざされた。そして再び俺は闇へと引きずり下ろされる。

「やぁ」

 突如掛けられた声に背筋が凍る。

 そして首に回された腕によって、決して首を絞められているわけではないのに息苦しさを感じてしまう。浅く、早くなっていく呼吸に奴はトドメを刺す。

「おはよう。御影君」

 俺の顔を覗き込むようにして行なわれた朝の挨拶。奴の顔は笑っていた。一点、深い闇を覗かせる瞳を除いて。

 朧京介、最悪にして災厄。

 俺の学校生活を日陰から闇に引き摺り下ろした存在。

 そして、

「お、おはよう」

「友達にそんな引きつった笑顔見せるなよ」

 トモダチ、である。

 止まりかけた呼吸を強引に再開させた俺の言葉に奴は、笑うことの無い瞳だけはそのままに、「ははは」と好青年の浮かべるような表情で笑って見せた。

 最悪だ。生徒会長との会話を見られてしまった。運が悪すぎる。

 くっそ、神の加護、効力無さ過ぎるだろ。



「御影君」

 HRが終わり皆それぞれに帰り支度を整え始める頃に彼はいつも話しかけてくる。このときは爽やかスマイル。顔立ちはとても整っていて、どこかでモデルをやっていると小耳に挟んだりもした。と、いうことはクラス、いや学校中の女子からの人気者で、奴が俺と話しているだけで痛いくらいに視線が飛んでくる。

 その七割が「ボッチと話してあげている朧君優しい!」「素敵!」である。

 残りの三割は「なんでアイツが喋ってんの?」「調子のんなよ!」といったところだろう。

「ちょっと良いかな?」

「はい?」

 震えそうな声を押さえつけて発せられた声は擦れた小声だった。しかし、朧はそんなこと気にもせず、というかきっと俺の返答なんて気にも留めていないんだ。どうせ引っ張っていくつもりなのだから。

「ありがとう。じゃあいこうか」

 疑問系の俺の返事に対する言葉としてはどこかちぐはぐなその言葉、まさに俺の言葉を聞いていない良い証拠。

 俺が鞄を手に取ると、少し強めに俺の手首を握り教室から連れ出した。モデルをやるくらいに高身長な朧の歩幅は当然の如く大きく、一般的なサイズの俺に比べると一歩が大きいのだ。よって今俺は小走りで朧の後ろを付いていかなければならない。そして俺が小走りになるくらいに早いペースで朧が歩いているということは何か俺にどうしても、早急にせねばならないことがあるのだろう。

 俺は既に思い当たる節があった。

 もちろん、今朝のことだ。

 生徒会長、神楽坂綾乃が関わっているのだろう。というか、なにを話していたのか、ということを問い詰めたいに違いない。

「あ、あの」

 俺が勘付いたことを察したのだろう、一瞬歩幅を縮めたが、俺に厳しい視線を突き刺すとそれだけですぐに早足へと戻ってしまう。

 黙れ、そう言われた。

 つれられていく場所は旧部活棟、誰にも見つからない一室である。

 本来この学校には死角と呼べる場所が存在しない。近年日本では虐めが非常に問題視されていて、それなりの進学校であるこの学校なんかはその対策として死角になる場所に監視カメラが設置されている。もちろん、旧部活棟もその一部なのだが、しかしどうしてかあるルートを使うと、部活棟三階の一室へと見つからずにたどり着くことが出来る。しかし、それを知っているのは、日陰よりもさらに暗く冷たい場所にいる一部の人間のみ。それもそこを支配する立場の極々限られた人間のみだ。

 つまり、日陰以下にいる俺もしらない。なんとなくの高さと古さから三階であること、旧部活棟であることは知ることが、そのほかは一切わからない。何せ目隠しをされて連れて行かれる。

「ん、御影君。いまから帰りかな?」

 突然の生徒会長降臨に一瞬俺は硬直してしまう。生徒の長と言っても過言ではない彼女に、下手な姿を晒してしまうと、なにが起こるか想像しただけで俺の心は深く闇へと沈みこんでいく。

「――あ、はい」

 朧が俺に向けた視線で、一瞬の硬直は恐怖で塗り替えられた。

「今の間は私が君の名前を知っていることに対しての驚きと取って良いのかな?」

「まあ、そんなところです」

 ボロを出せば後が痛い。その恐怖だけが俺の舌を良く回している。今ならばどんな嘘でもさらりと付くことが出来るだろう。

「私は生徒会長だ、多少の融通は効くんだよ」

 どこか誇らしげな先輩に、俺は挙げ足を取るようなことを口走る。

「つまり、生徒会長権限で個人情報を漁ったと?」

「人聞きが悪いなぁ。私は、ただ友達になりたいなと思った相手の名前を少し強引に知っただけだよ」

 首をすぼめ、先輩は言った。僅かに朧の視線が痛い。

 先輩は見ていてとても清々しい気分になる人だ。とても清い人間に思える。しかし、その清々しさの裏に僅かに嫉妬心が見え隠れしているような気がして少しばかり自己嫌悪に陥る。

「そちらは御影君のお友達かな?」

「ええ――」

 開きかけた口がなぜか閉じてしまう。早速の前言撤回だ。こんな人に嘘を付くのは少々辛いものがある。しかし、手首の骨が悲鳴を上げそうなほどの激痛に嘘が漏れ出していく。

「――トモダチ、です」

 実際に口に出すのは久々なその言葉に、少しぎこちなさが混じっていないことを期待する。

「ん? そうか、まあ仲良くやるんだぞ」

「はい」

 最後だけ俺ではなく朧が変わりに返事をして、先輩が俺たちの来た方向へと歩いていくのを見送って、再び無言で歩き出す。

 なるほど、俺たちの正面から歩いてきていたのか。まったく気が付かなかった。

 この先のことを少しでも頭から遠ざけるようにそんなことを考える俺だったが、しかしそんな物はまったくといって意味を成さなかった。なぜならばもう既に目隠しをされる場所が迫ってきているのだ。

 少しすると俺たちは校舎から出た。そして周りに人がいないことを確認して、世界は闇に包まれたのだった。

 土を踏む感触。古臭いカビと埃の匂い。木材の板を踏む感覚。階段を上る感覚。そんな感覚たちだけが視界を奪われた俺にどうにか今ここが現実であることを教えてくれる。

 抵抗をするな、抵抗をするな。

 自分に言い聞かせて黙って連れられていく。

 抵抗してなにをされるか分かったもんじゃない。零れそうなため息を噛み殺して全部飲み込んでいく。

「で、生徒会長様と何話してたんだ?」

 目隠しを外され、目が光になれるまでの数秒間を待つことも無く、朧は鋭い視線で俺に答えることを求めた。

 物が散乱した教室の中、俺は特に拘束されるといったことはされずに、教室の中央にいる。

「ただの与太話です」

「んなわけねぇだろぉ!」

 雄叫びを上げ、俺のすぐ隣に置いてある椅子を蹴飛ばした。椅子は足のうちの一本をあらぬ方向へと折り曲げながら窓目掛けて跳んでいく。

「京介君、危ないっすよ」

 蹴飛ばされた椅子は窓を突き破るまえに下っ端Aによって受け止められた。

「ん、ああ。わりぃ」

 少しばかり不愉快そうに口元を歪めながらも、意外と素直に朧は謝罪を口にした。本人もそのまま椅子が窓の外に出ていたら自分たちのいる場所がばれてしまうと気が付いたのだろう。

「で、本当の事話せよ」

 ギロリ、とこちらを見る目は大きく見開かれ、闇よりも更に暗い黒目に飲み込まれてしまいそうだ。

「いや、ほ」

「るせぇ!」

 言い訳をするんじゃない、そんな風に言っている瞳は笑っていた。

 突然の咆哮と共に繰り出された前蹴りはしっかりと鳩尾を捉え、一瞬意識を彷徨わせるのには十分すぎる威力を誇っていた。

「うぅぅ」

 最早叫び声も出ることはなかった。

 俺の体は、やはりいつものように恐怖に震えている。

というわけで、4話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

なにか意見等ございましたらコメントお願いします。

本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。

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