19話
一発、また一発、続けて一発。
「どうした、さっきまでの意気込みは」
小声で朧は口にした。
引きつった笑顔で俺は返事をする。
朧の瞳は最早焦点が合っておらず、気が完全に狂っている人間に見える。
しかしながら一方の俺も、痛いという域は越えて、殴られているという感覚しか伝わってこない。
「お前みたいなド底辺の雑魚が調子乗ったこと言ってるからこうなうなるんだよ」
口元が緩くなっているらしく、よだれが垂れていて、醜く歪む笑顔も相まって彼はもう既にイケメンとしての要素をひとつも残していなかった。そこにいるのは本性をむき出しにしたただの野獣。
下っ端たちも流石にこんな男を見て付いていこうとは思えないらしく、さっきから引きつった表情で、逃げるタイミングを計っているようだ。
生徒のどれだけに伝わっただろうか。教師のどれだけに知らせられただろうか。本当にこれで今までの仕返しは成功するのだろうか。気持ちの悪いイケメンスマイルにヒビをいれ、こいつの仮面を引っぺがして多くの人間に知らせることは出来たんだろうか。
硬い拳が俺の体を打ち付けるたび、不安が募っていく。
もし、失敗すれば俺は良いように殴られているだけ、わざわざかっこつけて殴られただけ。もしそんなことになったらと思うと体を丸めて早口に謝罪の言葉を告げるべきじゃあないだろうか。
拳がぶつけられるたび、暴言が降りかかるたび、俺の心は少しずつ削られていき、どんどん弱気な俺が顔を出してくる。そのたびに止めときゃよかったのに、と誰かに言われているような気がして、その言葉に反抗するたびに朧を煽るような表情を浮かべる。
それの繰り返し。
もういいんじゃないだろうか?
そう訴えたい弱気な俺と、
その程度か?
と煽る強気な俺が争っている。
一際大きく拳が振り上げられた。
改めてみる拳は、大きくゴツゴツと骨の出張った硬そうな拳で、俺を殴りすぎたためか薄皮が剥けて血が滲んでいる。
まさに渾身の一撃を繰り出さんとしているその状況に、次の一撃で俺の意識が飛ばないだろうかと微かに慄く。
最大限振り上げられた拳は、恐怖に震えそうな俺目掛けて振り下ろされようとしていた。後は振り下ろすだけ、一瞬で拳は俺に到達するだろう。身構える俺に目掛けて振り下ろされた――
『ウゥーーーー』
ぴたっ、と綺麗に拳は止まり、下っ端のAからDはそれぞれに顔を見合わせ、一目散に去っていく。
拳を止め、俺を見下ろす朧は、なにやら言いたげな表情で三秒ほど静止していたのだが、サイレン音が、耳が痛くなるほどに大きく大げさに聞こえるようになると、苦虫を噛み潰したみたいな表情で去っていった。
体を起こすにはまだ時間が掛かりそうで、さっきまでのサイレン音は既に消えていた。おおよそ優香がやったことなのだろう。
手足とそれから口を縛られている優香に顔を向けると、やたらと力強く頷いていた。どういう意味があるんだろうか。聞こうと思えばすぐに聞けるが、いかんせん体が動かない。優香よ、自分で脱出しておくれ。
テレパシーを必死に送るが、伝わる様子があるわけも無く。結局俺は空を見上げた。ついこの間もこうして空を見上げたことがあったが、あの時とは違い、昼間の空。そして晴天。木々の間から覗く空は雲ひとつない綺麗な青色をしていて、そんな空はどうしようもないくらいに俺に達成感と開放感を感じさせてくれた。
今だけはこの強い日差しも、祝福なのではないかと感じられる。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
少し大人びて見える表情。それは今までに見たことのない優香の表情で、この状況とその表情。そして神社というこの場所の全てをもってして、ようやく俺はどこか神様ってこんな感じなのかなと思うことが出来た。
「体の心配はしなくて良いよ。わたしがどうにかしたげる」
嫌にサービス精神に溢れていることが、なにやら恐ろしくて、優しく微笑む優香にやはり胡散臭さを感じてしまう。結局のところこいつはそういう神なのだろう。
「あ、しばらくはもう頑張ってみたりしないから。明日から家事等頑張ってね。今だけは休んでていいからさ」
やっぱりな。
心の中でのみ呟かれた言葉。
それは俺自身の中ですら木霊することなく、すぐさまどこかへと俺の意識も道ずれにして消えていった。
というわけで、19話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
なにか意見等ございましたらコメントお願いします。
本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。




