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17話

 それから気が付くと終業式を迎えていた。

 あんなことになってしまうと意外なほどにさらさらと時間が過ぎていき、先輩とも優香とも会話が無く、朧との接触も無く。正直ビックリするほどに何も無い時間だった。そろそろ俺も謝るべきだろうかと悩みだしている頃合だったりもする。

 もちろん謝るのは優香に、だ。先輩とは別に喧嘩したとかそんな感じの雰囲気ではないし、朧に謝るという意味がわからない。

 校長が壇上に上がるのを見届けながら、同時に現在の時刻を確認した。どうやらこの催眠効果絶大なつまらない式は、まだ続くらしく、正直なにかすることがあるのだろうかと首を傾げてしまう。

 当たりを見渡せば、生徒の三割が夢を見ているようで、残った七割の内の半分もどうにか起きているといった様子だ。

 俺も睡魔が視界の端にチラついていて、目を瞑ればすぐに夢の世界が俺を待っていることだろう。そんな時、携帯がぶるぶると振動した。周りの生徒は寝ていて気付かれずに済んだのは幸いだ。

 見知らぬメールアドレスからのメール。

 本文も件名もなし。

 しかし、一枚の画像が添付されていた。

「っ!?」

 手足を縛られ、横たわり恨めしそうにこちらを睨んでいる優香がいた。

 ああ、頭が痛い。なにやら耳鳴りもしてきた。視界もにじんでいるような気もするし。最悪だ。いつかだかに神の加護があったら良いなと暢気に思っていた自分が恨めしい。加護はなにやら良くないものばかりを引き寄せては俺を困らせる。

 なんだ、俺は困っているじゃないか。優香に謝らないとな。

 立ち上がりふらふらと体育館を後にしようとする俺を見て、先生が小走りに寄ってくるのが視界の端に映りこむ。はてさて何を言ったものか。

 言い訳を考えるよりも先に、先輩が先生に何かを言ったようだ。そしてしぶしぶといった様子で先生は引き下がる。そして代わりに先輩が駆けてきた。

「どうした?」

 俺は無言で携帯の画面を先輩に見せつけた。

 先輩は目を丸くし、そして思考を巡らせるためか目を瞑ろうとした。しかし、俺はそんな時間すらも惜しんで言う。

「先輩、ちょっと行ってきます」

「誰か腕っ節の強そうなのを連れて行ったほうがいいんじゃないか」

「あーそうですね、でもそんな友達いないんで」

 言っておきながら自分で自分がかわいそうになる。高校に入って友達なし。彼女なし。しかしへんな居候あり。出来れば普通な高校生でありたかった。

「何かあったら連絡をくれ」

「何もない事を祈っていてください」

 そもそも何かあるとしたら俺が大怪我を負うなどだろう。そんな状況だったら真っ先に病院だ。先輩の元へ入る連絡など俺の想像のつく限りありはしない。申し訳ないが今回先輩の出る幕は無いようである。

 体育館から一歩踏み出し、再び携帯の画面に目を落とした。

「場所はどこだ?」

 優香の周りに見えるのは、焦げ茶色の土と雑草。たったそれだけ、ヒントにすらなりはしない。

 俺はすぐに踵を返し、未だそこに立ち止まりこちらを見ている先輩に尋ねた。

「ここ、どこだと思います?」

 携帯の画面にグッと顔を近づけて三秒ほど、先輩は首を横に振った。しかし、ヒントくらいは見つけてくださったようで、

「光の当たり方が、どこか木漏れ日のように見える」

「ありがとうございました」

 軽く頭を下げることを忘れず、俺は唯一思い当たる節へと駆けていく。

 神社、きっとそうだろう。もしそうでなければ、町中の雑草と土と木がある場所を捜し歩くことになる。

 あの日以来俺は朧と一言も言葉を交わしていない。元々一方通行の槍のような言葉ではあったが、そんな言葉を含めて一言すら聞いていない。今日までの停滞期は、今日へ向けての下準備といったところだったのだろうか。

 駆ける速度を緩めることなく、俺は向かってどうするのかをまったく考えていないことに気が付いた。

 気が付いたところでどうしようもないのだが、果たして何かあるだろうか。

 考えれば考えるほどに体の調子は悪くなり、もう止めておけと体の節々が訴えてくる。こちらも久々の大暴れとなる小人さんたちは全力で俺の足を止めようとしているようで、さっきから行かなくても良い理由ばかりが俺の頭の中を駆け巡っていく。対照的に、行かなければならない理由が流れてきたことは未だ無し。

 信号が赤に変わった。

 この横断歩道を渡れば、後は一直線。この道を遮るものなどまったく見つからない。せいぜい等間隔で信号機がずらりと並んでいるだけ。そしてどこかにある緩やかな坂道を登りきったらそこにきっといる。

 信号待ちで立ち止まる俺は、顔を持ち上げ乱れ気味の息を整えながら一本道を見据えると、不思議と全ての信号機に赤色が灯されていた。

 行くな、危険。

 そう俺に訴えている赤信号たちは、単なる偶然かそれとも必然か。

 なんにせよ赤信号の力を借りより強く俺の手足を止めようと暴れだす。

 確かに行ったところでなにが出来るかわからない。確かに行ったところでなにが起こるか分からない。自分を守る手段を持っておらず、いざという時の必殺技があるわけでもない。ほぼほぼ裸一貫で敵地に乗り込もうとしているのと等しい。今の俺の装備は携帯と制服だけ。携帯でどうやって敵を倒すための、自分を守るための武器にすれば良いんだ。そんなことは誰も教えてはくれなかったぞ。

 他に何か無いかとポケットを弄って出てきたのは一枚の紙切れ。そこには電話番号が記されていた。神楽坂兄である。

 見た目だけは威圧感があるが、果たして喧嘩が強いのかどうかというのはわかりかねる。

 他にも探してみるが、後はコンビニのレシートがある程度。

 携帯に武器としての可能性を探るが、小型で薄型、さらには流行に乗って軽量型。これじゃあ石を持って戦ったほうが圧倒的に心強い。

 武器としての可能性を見出すことが出来なかった携帯は、本来の使用目的通りに振動し電話を知らせる。

 今日再びの見知らぬ番号。

「はい」

『御影君、私だ。そっちの状況はどうだい』

「もうすぐで着きます」

『あっ、すまない少し待ってくれ』

 がさごそと布と擦れるような耳障りな音が聞こえ、そして先生と思しき声と先輩の声が若干遠く感じるものの、耳に入ってくる。

『神楽坂さん、もうすぐで出番ですよ』

『はい』

『さっきの子はどうしたの?』

『ちょっと貧血らしくて、今保健室で寝ているそうです』

『あ、そう。じゃあ頑張って頂戴ね』

 再びがさごそと音がする。

『すまない、御影君』

「先輩、もうすぐで出番なんですか?」

『あ、ああ』

「じゃあちょっとしたら電話かけますね」

『構わないがどうするんだ』

「今から行く場で起こること、全部マイク通して全校生徒に聞かせて貰えませんか?」

『御影君、構わないがなにをするつもりだ。――っ!? まさ』

「ありがとうございます」

 先輩の驚くような声、俺が無理やりに遮った言葉の先はきっと俺の行動を察して止めようとするものだったはずだ。ならばこれで構わない。

 俺が今もっている武器、それは武力としてはあまりに非力な携帯と自分の体。しかし、非力な体だからこそ、非力な携帯の本当の力、通話能力を最大限引き出すことが出来るだろう。俺は念のため、手に握られた紙切れに書かれている番号もコールする。

 こちらは念のため、いざというときのため。

「もしもし」

『ああ、お前か。どうした』

「いま、時間大丈夫ですか?」

『今日は一日時間がある。大丈夫だ』

「じゃあ、申し訳ないんですけど、○×神社に来てもらえませんか?」

『車のほうが良いか?』

「お願いします。それと、もしも俺以外の高校生が神社から出て行ってから、五分しても俺が出て行かなかったら神社に入ってきてくれると助かります」

『分かった』

「ありがとうございます」

 あっさりと念のための策は用意し終え、後は俺が全てを実行に移すだけとなった。

 流石に長すぎる赤信号に痺れを切らせ、車が来ないことを確認してから堂々と赤信号を無視する。

 人生至上最も忙しく誰かに電話をしている今日、恐らく最後となる電話をかける。ワンコール分も待たずに即座に電話に出た相手は、なにやら喋っているが、俺とはまったく関係ない。しっかりと時間通りに首尾よく進み、予定通り先輩が壇上に立ったということだろう。ここからはどのタイミングで先輩がマイクにこちらの音声を通すかが重要だが、それくらい上手くやってくれるだろう。

 俺は携帯をズボンのポケットにしまい、坂を上っていく。

 ちらりと振り返り確認した信号機は、やはり赤のままで未だに俺の足を止めようと必死になっていた。

 しかし今更従うわけも無く、坂道を一歩ずつ進んでいく。黒い髪が坂の上にちらりと見切れ、だんだんと肌色が晒されていき、俺が奴と同じ高さに立つと、爽やかスマイルで俺を出迎えてくれる。

「やぁ、久しぶり」

 朧に一瞬目を向けてから、後ろに控える下っ端に目をやった。本日の下っ端はAからDまでの豪華なラインナップとなっている。派手にやられてこいつらに痛い目見せてやろう。神を誘拐した代償は意外と大きいと知ることになるだろう。ついでに俺はこいつらから解放される。

 ちなみにその神様はというと、手足を縛られ口に猿轡を嵌められ、賽銭箱の上で寝かされている。俺を見て、少し笑って見せた。

 そんな余裕があるのなら神の力を全力で駆使して、逃走に命をかけるべきだったろうに。

 余裕で優香に突っ込みを入れる俺の心とは裏腹に、体のほうは限界かもしれなかった。

 足が笑ってしまっている。

 目じりが熱い。

 背中は脂汗でべっとりとりだ。

 しかし、それでも携帯に音が届くように震える声を張り上げた。

「朧京介! 今日はお前が地に落ちる日だ、今日までの分、全部まとめて返してやるっ!」

 言い切った直後、酸欠なのか強烈な息苦しさと、もはや目の前が見えなくなるほどの立ちくらみが俺を襲った。

 下っ端がクスクスと笑っている。一方朧の爽やかスマイルは俺の一言一言に歪んでいき、俺が言葉を吐き出し終えることには、醜く歪み、悪人面の一言で表現することの出来るような顔へと変貌を遂げていた。デジカメがあればこの顔も音声と共に抑えていただろう。

というわけで、17話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

なにか意見等ございましたらコメントお願いします。

本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。

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