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11話

 二日、たった二日である。

「秋人! パス。もう体は十分休まったさ。これからは君がご飯を作るのだ!」

 恐らく名前を呼ばれたのはこれで二回目だなぁ、などと思った直後にこれである。これはもうニートとかそういうものではなく、単純に面倒くさがりなだけではないかと思う。よくよく考えてみれば、こんな名もなき神に仕事があるはずも無い。ニートなのではなく、神として受け持つ仕事がないから、それを良いことにニートの神を自称しているのではないかと。

「神よ、お前に仕事を授ける」

「働かないことが仕事である」

 俺たちはにらみ合う。バチバチと火花が飛んだりはしていないが、しかしそれくらいのつもりでにらみ合う。

 やがて疲れて目に込めた力を抜いて、独り言くらいの感覚で呟いた。

「掃除と洗濯のどっちかくらい受け持ってくれよ」

「それじゃあ、働くことになっちゃうよ」

 さも当然のことのように優香は口にした。

「いや、働こうぜ。家事くらいしようぜ」

「えー、めんどっちぃよ」

 だるそうに机に上半身をべたりと垂らし、言葉を漏らす優香の顔は、心底面倒くさそうに歪んでいる。

 とうとう正体を現した優香に、俺は一言浴びせる。

「ならもっと良い住宅を探しとけよ」

「えー、それも面倒」

 なんだこいつは。

 俺たちの会話に一段落がつき、わずかに生まれる静かな空気を少しも許すつもりは無いらしく、インターホンが鳴らされた。

「お客さんだよ」

 あくまで無邪気を装う優香に俺は言い返す。

「怪我人だよ」

「秋人君、秋人君、君は将来お嫁さんを見つけられないよ?」

「行ってらっしゃい」

 全ての言葉を聞き流し、優香を送り出す。

 すると優香はしぶしぶといった表情で立ち上がり、来客を確認しに行く。

「女の子だね」

「どんな感じの人?」

「凛とした感じ」

 ほぼ百パーセントの答えを分かっていながらも、もうひとつくらい聞いておく。

「他には?」

「おにいちゃんのことが好きそう」

 やたらとピンポイントな特徴を答えた優香に対して、少々気持ち悪さを感じながら、神としてのエスパー的な能力が存分に発揮された結果なのだろうと自分に言い聞かせて、入れるように頼んだ。

「入れちゃうよ? 本当に良いの?」

「本当に良いんだよ」

「本当に? 後悔しない?」

「別にしないよ」

「言ったからね? 今自分で後悔しないって言ったからね?」

「はいはい、待たせたら悪いだろ」

「どうなってもわたしは知らないよ」

 捨て台詞のように言って、優香は玄関へと向かった。そして地面を打ち付けるような足音と、それにかき消されそうな足音が、俺の元へと近づいてくる。その足音を聞き、今更のように優香の忠告に従うべきだった、と後悔する事になった。

「御影君、どうしてこの女がいるんだ」

 言葉は冷たさによって包み隠されているが、表情のほうは驚きと怒りを割りと素直に映しだしていた。

「お知り合いですか?」

「綾乃とわたしはお知り合いだね」

「ああ、そうだ。知りたくも無かった知り合いだ」

 なるほど、ならば説明は一言で済むだろう。というか先輩ともあろうかたがあのようなサイトに顔を覗かせていたとは驚きだな。いやまあ、一度目にしてしまった綾乃さんならば多少分からなくもないか。

 今にも口から炎を吐きそうな先輩の質問に、俺は一言で答える。

「きっと先輩と同じだと思いますよ」

「御影君、ちょっと来てくれ」

 なぜか我が家なのに来客から首根っこつかまれて連れ去られるという状況に、多少の混乱をしながらも、素直に連れられていく。ちなみに優香は先輩の鋭いにらみによって動くことを止め、棒立ちで硬直していた。

 昔この人のところで厳しく教育を施されたから反動で、働くことを放棄しているんじゃないだろうか。

「いいかい御影君。彼女は貧乏神だ、あまり関わらないほうが良い」

「というと?」

「彼女が神として何かをするたびに、悪いものが寄ってくる。経験があるんじゃないか?」

 確かに、優香が自室を作成した次の日に先輩と話しているところを朧に発見され、プールが作られた次の日に優香自身が何かしらの被害に遭い、そして入れ替わりなんてした後に、この有様。まあ、多少こじつけ的ではあるが、思い当たる節はある。

 しかし、貧乏神ならばもっと大きな悪いものを引き寄せそうなものだ。

「御影君、早いうちに縁を切らなければ、もっと痛い目を見るかもしれないぞ」

 鬼気迫る様子で先輩は俺に詰め寄った。

「いや、でもねぇ」

 先輩から目を逸らし、言い訳のように呟く。

 実際問題、起こっていること全て偶然の一致と言えなくも無いだろう。

 いやむしろそう考えるほうが自然で、圧倒的に分かりやすい。

「私でも、おに――兄貴でも、好きなように頼ってもらって構わない。ただ、あの貧乏神はよしておけ、本当に後悔することになる」

 少し背伸びをした先輩が、俺と同じ目線の高さでそう忠告する。その言葉からは、実体験から来る妙な説得力のようなものが感じられた。

 ずっとお怒りのご様子で、眉間に皺を寄せる先輩はしばらく俺の目線の高さでじっと俺を見つめていたが、しばらくすると爪先立ちに疲れたのか、足の裏をしっかりと地面につけて、踵を返し去っていく。

 最後は無言で、しかし嫌に印象的な後姿で、我が家を去っていく。

「か、帰った?」

「ああ」

 扉から頭だけを除かせる優香はビクビクとしながら玄関を眺めていた。

 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった先輩。そしてそれに怯える神様。ありきたりな疑問を俺は回答を知っている二人の内の一人に問いかけた。

「お前らどんな関係だよ」

 俺の問いかけに優香は視線を玄関から俺に向け、一瞬言葉を選ぶような僅かな間を置いてから口を開く。

「元勤め先のお嬢さんと、わたしの関係」

 なるほど実に分かりやすい。

 要するに、前の自宅が先輩の家だったということか。

「やったらと嫌われてるけどなにしたんだよ」

「あはは、まあ、その、ねぇ?」

 ものすごく曖昧な笑顔で、元々傾げられている首を、更に傾げて、察してくれよと視線が訴えてくる。しかし、俺は視線の訴えを無視し扇風機の送風音が静かに鳴る室内に退避しながら、別の疑問を投げつける。

「それとお前、貧乏神とか言われてたぞ」

「うぐっ」

 曖昧な笑顔は、気まずげな表情へと変化した。

「なるほど本当なのか」

「いやいやいや、世間で思われている貧乏神は、言うなればレベル九十九なわけですよ」

 額に脂汗を浮かばせて優香が言い訳に走り出す。

 もとより大して興味をそそられているわけでもない俺は、まあ適当に相槌を打つ。

「ほぉ」

「ところがどっこいわたしのレベルは五、貧乏神を名乗るにはレベルが低く仕事も無い。ただ神様には変わりなく、神としてはお賽銭がっぽがぽ、毎日豪華な晩餐会、を夢見るわけでして、つまるところ――」

 ここまで息継ぎ無しに、耳が聞き取り、脳が処理を終えるのを待つことなく矢継ぎ早に発せられてきた言葉が、ここで一度区切られた

「夢見る神様生活には固有の、独自の、オリジナリティ溢れる神様になるのが手っ取り早いわけで、そうなるにはニートの神とか最高じゃん! となったわけでして、ただまあ元はレベル五の貧乏神だから若干特性的なのが残ってて――」

 そろそろ話の結論を先取りして、俺が口にするべきだろうという結論を下す。なにせこのまま続けばそこそこに長引いてしまいそうである。

「それで貧乏神と呼ばれたわけね」

 支離滅裂としていたようにも思われる話の内容から、大事な部分を掻い摘んで、それらがなにを俺に説明しようとしているのかを考えると、要するにそういうことになりそうだった。

「そういうことですよ」

 優香は自分の伝えたいことが伝わったことに喜んでいるのか、少しばかり安心したような笑みを浮かべている。

「こほん、ところで優香さん。お昼ごはん食べませんか」

「いやはや秋人君。おそうめんを茹でてはくれませんか」

 二つの視線が交差し、無言のままに二人の意思疎通が図られた。そしてお互いがお互いに無言のまま、拳を握る。

「「じゃんけん」」

 恐らくは日本全国、世界各国で困ったときに用いられる勝負。そのなかでももっともスタンダードで分かりやすく、すぐに決着のつくじゃんけん。よほど動体視力が高くない限りは、よほど人の心を操るのが得意でなければ、完全に運によって決まるこの勝負。

 互いに繰り出された手を見比べる。

「ふふふ、神に叶うと思っているのか? 人間よ」

「怪我人を酷使するとは……お前、だから偉くなれないんだよ」

 所詮は負け犬の戯言とでも言いたげな表情で、優香は椅子に立ち俺を見下す。

 ついさっきまでの慌てふためきながら言い訳を口にする情けなさと、人間の、それも女の子にビクビクする小物っぷりはどこかへと消えてしまい、今は立派に人間を見下している。なんて残念な神様なのだろう。ああ、憐れなり。

「な、なんだよぉ! その目は」

「いや、なんか――ねぇ?」

「『ねぇ?』じゃない! ぜんぜん『ねぇ?』じゃないよっ!」

 俺の『ねぇ?』に、若干鼻で笑うようなニュアンスが含まれていたのが気に障ってしまったのか、神様は顔を真っ赤にして頬を膨らませている。

 そうだ、サラダにミニトマトでも入れておこうか。

「わたしだって立派に神様なんだからね!」

「立派に、ねぇ」

「ジト目で見るなっ! 立派に神様なんだよ、わたしも」

 自分に言い聞かせるようだった後半部分。別にそれは構わないのだが、しかし、この神様はしっかりと日本語を理解しているのだろうか。立派に、立派の使い方が間違っていないことを俺は祈っていよう。人間として、神様に、お祈りでもしておこう。

 その日の夜、優香が自分の部屋に帰っていくところは見なかった。俺の部屋からパソコンを盗んでリビングで使っているらしい、というところまでは分かっているのだが、それ以上のことは分からなかった。

というわけで、11話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

なにか意見等ございましたらコメントお願いします。

本作に反映できるかどうかは、作者の時間しだいですが、次回作を書く際に参考にさせていただきます。

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