表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Stockholm syndrome  作者: かも
第2章
9/32

Stockholm syndrome 7




世の中には、どうしても生まれの不幸というものがある。



もちろん、ある日突然不幸に見舞われてしまうことだってあるし、例えば僕がメルシーと数年ぶりの再会を果たしてしまった事は、僕にとっては不幸な事だったのではないだろうか?


また、トンデモお姫様に心を煩わせる日々が始まってしまう。


お客さんから発注されていた花束の用意をしながらも、僕はどうも仕事に精が入らなかった。


思わず重い溜息を吐けば、その瞬間を店長に目撃されてしまう。


僕の働くお店の店長は、一見花々に囲まれているのがよく似合う麗らかな落ち着いた印象の女性だが、とても世話焼きな性格で人の事情にぐいぐいと入り込んでくる。

その店長に、今の溜息を見られてしまったということは。


「重い溜息なんかついたりして、もしかしてお店にやってくるとあるお客さんとの恋にお悩み?」


案の定、詮索を入れられる羽目となった。

さらりとこの間のクリスの件を思い出させるようなことを言ってくるという事は、人の恋沙汰に興味関心の強い店長のことだ。きっと前々からクリスがお店に通う理由を察していたに違いない。


「お客さんとは違いますが、お付き合いをする人ができました。そのことで、僕はどうすべきか悩んでいます」


僕は、だだそれだけ店長に簡潔に事実を告げた。


そのお付き合いに、労働者と雇い主のような賃金の支払いがあるなんて口が裂けても言えない。


こんな関係はきっと歪だ。


店長は詳細を聞きたそうに目を輝かせていたが、僕は口を濁らせてどうにか店長の追跡から逃れた。



しかし、これは本当に労働者と雇い主のような労働と賃金の関係だと比喩していいものなのだろうか?


返報性の原理のようなものか、或いは。


第一、単に脅し文句のようなもので、実際に彼女からお金が支払われるようなことはないのかもしれない。

けれども、あの彼女なら本当にやってのけてしまいそうだ、と思うと僕は逃げ場がなくなってしまうのだ。



僕はきっと不幸だ。メルシーに脅され、強制的に関係を迫られている。


僕はどうして強く彼女に抵抗を試みなかったのか。


我を押し通し、メルシーを怒鳴りつけて追い返してしまえばよかったのだ。



だが、そんなの僕の性分では出来ない。


僕は結局、あの日メルシーと酒を飲み交わした。

一言も、メルシーの要件を飲み込んだ発言はしていない。

それでも、僕はただ黙ってメルシーと酒を飲んだのだ。


僕は自らメルシーに両腕を差し出して、縄で縛られるのを黙って受け入れようとしていた。


僕のこの不幸は、彼女との再会などではなく、僕自身のこの性分のせいだ。




ところで、メルシーが突然僕の家に押しかけ、翌日一旦帰ると言って飄々と僕の目の前を去ってから、もうすぐ一週間が経とうとしている。


僕に歪な関係を押し付けて帰っていってから、メルシーは一度も僕に連絡をしてこない。



家に戻ってから何かあったのだろうか?

非常識な行動が両親に露見されて、パパとママからお叱りでも受けている?

それよりももっと大変な、何か事件にでも巻き込まれしまいそれどころではなくなってしまったのだろうか?


と、不安にもなる一方、ひょっとしたらこれは罠なのではないだろうか?と邪推してしまう自分もいる。


音信不通を気にした僕がメルシーを迎えにいったところに、メルシーが僕の腕の中に飛び込んできて、さながら王子様に救い出されたお姫様を演じきってしまうのではないだろうか、と。


流石にそんなことを考えるのは僕自身が歪んでしまっている。


だが学生時代、僕に「攫って頂戴」などと言いのけた彼女だ。


その言葉の意味を、僕はその通りに受け取った。決して、ロマンスに溢れた駆け落ちのような恋愛関係を望んでいるわけではないのだと思った。



彼女は誰かに攫われてしまいたいのだ。

多分、彼女には家に何らかの形で縛られているしがらみがあって、そこから抜け出たがっている。


大金持ちの特別な家に生まれたのは、彼女にとっては生まれの不幸だったのか?


学生時代よりもさらに我儘な破天荒さを拗らせた彼女を見て、今になってあの時の彼女の発言を真っ向から跳ね除けた自分に後悔していた。



攫ってほしい、なんてとんでもない一言だと思った。


当時、僕は金や財力で物を言わせるような、彼女の裕福故に自然と人を見下す部分を特に嫌っていた。


なので、学校を卒業したら独り立ちするつもりだった僕は彼女に言ってやったのだ。


「残念だけど、お姫様。君がどんなに望んだって手に入らないものだってこの世にはある」と。




僕なら、手に入れることができる。

そう誇示するかのように、僕は卒業後から始まる一人暮らしに舞い上がり、傲慢になっていたのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ