Stockholm syndrome 3
思わぬ形で恋は始まり、案の定の僕の粗相で恋は見事に終わった。
クリスには、本当申し訳なかったと思う。
けれども、これはもう僕の性分でもあると諦めてしまっているから。
クリスも僕の事なんかは諦めて、どうか新たな王子様を見つけてほしい、なんて少々ロマンチックな気持ちに浸りながら帰路に着くのは、本日観た悲しいラブロマンスの影響だろうか。
玄関の先には、高く結った長い髪を優雅に微風に靡かせて、自信に満ちあふれた表情で佇む美しい女性の姿があった。
彼女の存在に気が付き、ロマンスに浸りきっていた僕の心情は一気に現実へと引き戻される。
ツカツカと真っ赤なハイヒールを小気味よく響かせ、彼女は僕へと歩み寄ってくる。
「手紙、読んだでしょう?」
挨拶もなしに突然それか。
人のことはお構いなしに自分の都合を優先させてくるという彼女の図々しさに、僕は思わず懐かしさを覚えた。
「あぁ、読んだよ。それよりも驚いた。僕の自宅を、教えたつもりはなかったのだけれどな?」
「相変わらずね、王子様」
彼女はにっこりと余裕綽々の表情で微笑んで腕を組んでみせる。
彼女とは女学校以来の再会なので、大人になってから初のご対面というわけになるのだが、視線の先に映っただけで「あぁ、この女性はメルシーだ」とすぐに分かってしまったのは、溢れ出る社長令嬢としての気高さのせいだろうか。
ところでこの日の彼女の格好は赤いハイヒールに全身グレーのレディーススーツだったため、大人びた格好から飛び出す王子様というフレーズにはどこか違和感が拭えない。
それでも次に続けられる彼女の言葉は、年相応の大人らしく流暢な物言いで、流石の育ちの良さを感じさせる。
「どんな姑息な手段と金を使って住所を割り出したのか問い詰めたくって仕方がないくせに、ついつい優しい紳士のような物言いでオブラートに隠すところ、本当相変わらずね。ミッシェル」
あぁ、君こそ相変わらずだ。
僕の性格の核を的確に突いて揺さぶりかけてくる。
その煩わしさ、見た目の美しさ以上にあの頃から全く変わっていない。
呆れるのを通り越して、僕は素直に感心した。
「それで、王子様に一体何の御用だろう、お姫様?」
クリスとのやり取りの影響か、思わず王子様という言い回しを自ら取ってしまった僕。
「あら?貴女、先ほど私からの手紙は読んだと仰ったでしょう?要件はそこに全部書いてあったはずですわよ?王子様」
メルシーも僕に対応してか、少々おふざけの入った口調でお返ししてくる。
二人のいい歳をした大人が、お互い子供のように意地を張り合う。さながら本当にまだ子供だったあの女学校時代の頃のように。