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Stockholm syndrome  作者: かも
第1章
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Stockholm syndrome 2




朝、僕はいつものようにトーストとサラダの朝食をとる。

ポストから取った朝刊と昨日の分の郵便物を確認しながら、僕はコーヒーを淹れるお湯が沸くのを待っていた。


いつもの、なんてことのない日課。

ただ今日は、先週突如愛の告白を受けたクリスとのデートというなんとも困ったイベントが待ち受けていたので、心なしか気は重たい。


別に、僕は彼女のことが嫌いなのではない。女性と付き合うことに抵抗があるわけでもない。


では、何故気が重たくなるのか。

思うに、僕は多分世間でいう"恋愛"というものが出来ない種類の人間だからなのだ。


好き嫌いという感情の前に、ついつい相手の喜怒哀楽を気にしてしまう。

特に、人の悲しみや不幸といった負の感情には弱いようだ。


僕が、今日クリスとデートするのも、きっと彼女の悲しむ顔を見るのを避けたいがためだ。


その先のことなど全く考えられないが、もしかしたらこのまま僕はクリスにズルズルと流されて彼女と付き合いだしてしまうかもしれない。


いい加減、この性格をどうにかしなくては。

ふぅ、と一息入れて僕は次の郵便物をチェックする。


瞬間、僕の心臓は跳ね上がった。


オフホワイトの上品な紙質、右端にはEとSというアルファベットを格調のあるロゴマークに仕上げた赤い紋章が印刷されている。

その紋章の上には、"いつでもあなたの生活にとびきりの切り替えを"というキャッチコピーが添えられている。


所謂、企業からのダイレクトメールだ。


「エリック・セヴランという名前を知らない人間は幼い子供とボケた老人くらいだ」とまで経済誌に言わしめたエリックというのは、大手インターネットソフトウェアメーカー、EXSY(エクシィ)の代表取締役社長である男の名前である。

その、他でもないEXSYから、僕宛てに郵便が届いていたのだ。


世界に名を馳せるに相応しい立派な金箔で印字された社名の下には、黒のボールペンで書かれた差出人の名前があった。


そこにあった差出人の名はメルシー。

世界でも有名な資産家、エリックの一人娘で、忘れるはずもない、されど思い出したくもなかった、実に可愛らしい名前だ。







「可愛いね、クリス」

悲しいラブロマンスの映画を観終わってポロポロと涙を流す彼女に、素直に思ったことを呟けば。

彼女の涙はピタリと止まり、みるみるうちに頬が紅潮してゆく。


「貴女って本当に王子様みたい」


紅潮した顔を隠すように俯かせ、小さな声でクリスが呟く。


とりあえず僕は微笑んでおいたが、果たして君の言う王子様とは一体どのような王子様なのだろう。


僕が愚考する限り、僕がよくあだ名される王子様という言葉には二通りの種類がある。


一つは、先ほどのクリスのように、素直に僕のことを王子様のようだと形容する言葉。だが、何故わざわざ王子様だなんて形容詞を使うのか。そこには個人差があるので、今のように反応に少し困ってしまうことも多い。


そしてもう一つは、その個人差のとある一例。

されど、僕はこの一例だけは例外として分けて考えたいのだ。

それだけの、他にはない感情と印象を与えながら僕を王子様呼ばわりする女性が一人だけいた。

今朝の郵便の件もある分、僕の思考にはその女性、メルシーのことがすぐ割り込んできてしまう。




「貴女は本当に王子様みたい。けど、私にとっての王子様なんかではないの」


僕のさきほどまでの微笑みは一体どこにいってしまったのか、いつの間にか僕は苦い顔をして黙り込んでしまっていた。


このようにして僕は、デート中、あらゆる思考に割り込んでくるメルシーに頭を悩ませしかめっ面を続けていたため、遂にクリスを怒らせてしまったようだ。


デートなんて二の次で他人の考え事ばかりしている奴なんて、僕でも多分怒りたくなる。


「つまり、僕は振られたのかな?」


「そうですね。私には、無理だと分かりました。王子様は、愛しいお姫様の前でないと心から笑ってはくれないのだと」


地球を侵略しにきた宇宙人の発言といい、クリスは発想がなかなかいつもユニークだ。

多少メルヘンチックな思考の持ち主でもあるのかもしれない。




クリスの言う王子様という言葉は、おとぎ話に出てくる王子様のことだったのか。


去っていくクリスの背中を見送りながら今更理解した、全く馬鹿な僕なのだった。







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