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Stockholm syndrome  作者: かも
第4章
28/32

Stockholm syndrome 26




僕とメルシーは椅子に隣り合って座り直し、シャンパンを飲み交わし始めた。


先ほどまではこの場所で別れ話のようなものをするつもりでいたのに、僕はあっさりとメルシーのペースに流されてしまった。


メルシーが持ってきてくれたシャンパンは僕が普段飲んでいるようなテーブルワインとは明らかに違う極上の品で、僕もメルシーもついスイスイと飲み進めてしまう。


酒を片手に辛気臭い話を続けるよりかは何かたわいもない話でもしなくては。


そう思い、僕はこないだ学生時代の同級生だったリザと街でたまたま再会した時のことを話し始めていた。





「……昔は王子様だなんてあだ名をつけられてべったりされていたけれど、やっぱりああいうのってほんのひと時だけのものなんだね。数年ぶりに会った彼女はすっかり大人びていて、僕のことなんてあまり気にも留めていなかったみたいだよ」


話し始めてしばらくしてから、僕はこんな話はちっとも面白くもないなということに気がついた。


それでもどうにかたわいもない話らしく装ってみせるため適当に笑ってみせたのだが、メルシーはひどくつまらなそうに始終むっつりとした表情で黙り込んで僕の話を聞いていた。


少しよく考えてもみれば学生時代いつも一人で過ごしていたメルシーにとって、あまり親交のなかった同級生の話なんて聞いていても面白いわけがない。


軽率だったな、と僕は慌ててサッと話題を変えた。


「そういえば君も、なんだか学生時代とは変わってしまったよね。あの頃は僕のことを嫌っていつも鬱陶しく思っていた筈なのに…」



と、その時メルシーがバンッと大きな音を立てて机を両手で叩いたので、僕は何事かと思わずびくりとしてしまった。


「私が変わった?挙句、貴女のことが嫌い?鬱陶しい…?」


メルシーが声を震わせながら低い声で唸るように呟いた。


彼女のことを考えて話題を変えたつもりだったのに、余計彼女の機嫌を損ねてしまう羽目となってしまったようだ。


自分の不手際な会話に反省したくもなったが、一体何がメルシーの機嫌をそこまで悪くしてしまったのだろうか。


見当もつかずに僕はますます慌ててしまった。


「え…?だ、だって君は、僕が君を何度注意したってわざと僕に反発するような真似ばかりしていたじゃないか…!他にも校内ですれ違うたびに僕や僕と一緒にいた子達を馬鹿にするような目で睨んできたり…」


「一言言っておくけどね、私は別に貴女のことを馬鹿にするつもりなんてなかったわよ!ただ本当に馬鹿だっただけじゃない!本当は一人でいたかったくせに仕方なく皆に優しくして結果いつも女の子達に囲まれてしまっていて!そんな人に孤立してしまっていることを指摘されて素直に聞き入れられると思う!?貴女の都合なんてお構いなしにいつもベタベタしてくる子達もほんっと馬鹿みたいでいつも目に入ると不快で仕方がなかったわよ!」


僕の言葉を遮り熱を込めて長々と語るメルシー。


お酒に酔うと彼女はこんなにも饒舌になってしまうのか。全然一言では済んではいないじゃないか、と僕は圧倒されながら思った。


「…や、やっぱり僕のことを鬱陶しく思っていたんじゃないか…」


たまらず僕が呟くと、メルシーはぴたりと一瞬言葉を止めたがまたすぐに続けた。


「あ、言われてみればそうね?けどね、私は昔から今までずっと貴女に一途だったし全然変わってなんかいないわ。もし私が変わったのだと思うのなら、それはきっと貴女が私を変えてくれたのよ」


メルシーは力のこもった真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。


さりげなく告白のようなものをされたような気もしたが、それよりも僕が一体いつメルシーを変えたのか、またもや自分には身に覚えがなかった。


「僕は、君を救った覚えもなければ変えた覚えも全くないよ…」


僕はお手上げだという具合に情けなく訴え、メルシーの眼差しから逃げるように目を逸らした。


すると、メルシーは呆れるように笑いながらふわりと僕の頬を両手で包み込み、


「…そうやって、貴女が私の前でだけへなちょこな本性を現してくれるようになったから、私は変わったのよ。それに、今の私は貴女が側にいてくれるから一人ぼっちではないわ。きっとこういうのって、お互い一人のままでいたらずっと平行線のように交わることなんて無かったのだと思う」


そう優しく僕に語りかけながら、「分かった?」と確かめるように小首をかしげた。


卑怯だ、と僕は自分の顔が瞬時に熱くなるのを感じた。



「…僕はきっと、これからも君に情けないところばかり見せると思う…」


頬に触れたメルシーの手をどうしていいかも分からずに、僕は早速こんな弱音を吐いてしまう。


「望むところよ、へなちょこ王子様。私だってこれからもたくさん貴女を振り回してあげるんだから」


ニカリと笑ってメルシーはそのまま僕の頬をぎゅっとつねってみせた。


ふざけているようでも、彼女は自分が困っている時にはすぐにそれを見抜いてしまうな、と僕は思った。



「…ミッシェル、貴女、どうして頬を引っ張られて嬉しそうに笑っているのよ?」


怪訝そうにメルシーに尋ねられてから、僕は自分が今どうやら嬉しそうな顔をしているらしいということに気がついた。


「別に、なんでもないよ。ありがとうメルシー」


嫌そうな顔をしていなくてよかった、と僕は安堵し小さく微笑んだ。


「どうして急にお礼なんか言うのよ…?さては貴女酔っているでしょ?」


先ほどからなにやら頭はふわふわとしており確かに自分は酔っているのだろうな、と思った。けれども、


「酔ってなんかいないよ。君こそ今日はよく喋るし、酔っているんじゃないの?」


と、お返しのように聞き返せば、メルシーはつねっていた僕の頬からするりと手を離し、そのままぱたりと机に突っ伏してしまった。


「…そうね、私も酔っているのかもね…。つい、言うつもりのなかった学生時代からの秘めた想いまで貴女に告白してしまったし…」


メルシーは項垂れるように突っ伏したまま力なく呟いた。


どうやら、やはり自分は先ほど告白をされていたらしい。


「ねぇ…私も早速貴女を振り回していい…?なんだか眠くなってきたから貴女のベッドを借りて寝ちゃいたいわ…」


別に構わないけど、と言いかけたところで、それじゃあ自分はどこに寝ればいいんだ?とふと疑問に思い僕は返事に迷った。


眠たくなっていてもやはりメルシーは僕が困っていることをすぐに見抜いてしまうのか、


「…別に、一緒にベッドで寝ちゃえばいいんじゃない…?」


と、もう半分夢の中にいるような声で付け足し、そしてあっという間に眠ってしまった。


…確かにメルシーは眠っていればいいだけなのだから、別にそれで構わないだろう。だが、彼女を移動させそれからベッドを共にしなくてはならない僕のことも少しくらい考えてほしい。


これからどうしたものかと頭を抱える僕の横ですやすやと眠りこけているメルシーは、やはり卑怯だ。



取り残された僕は、自分を落ち着かせるためにもこれから自分が取り組んでいかなくてはならないことを頭の中でぐるぐると考えこんだ。


まずはこれからは以前にも増して彼女の言動に振り回されてしまいそうなのでどうにか慣れていかなくてはならないし、キッシュを作る約束もしたからその作り方も覚えなくてはならない。


メルシーが最初僕のところに突然押し掛けてきた時にはお金を貰って恋人関係になるという約束もしたけれども、結局あれは有耶無耶になってしまったし今更気にする必要はないのだろう。


とりあえず、キッシュを美味しく作れるようになるために本屋にいくかインターネットで検索するかなりしてレシピを探しておかなくては。


そう思った時にふと、確か昔は自分のことが信じられなくなって以来、色んな情報を積極的に見たり聞いたりすることは避けていたはずだったのに、と僕は不思議な感覚を覚えた。



メルシーといると、自分もなんだかだんだんと変わっていっているように感じてしまう。


現に今、隣で呑気に眠っている彼女のことを、憎たらしくも愛おしくも感じてしまうのだ。



「…一人のままでいたら、分からないままだったのだろうな…」


思わず、僕は自分にそう呟く。



ずっと信じられなくなっていた自分の中のある感情に、ようやく確信を持てたような気がした。








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