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Stockholm syndrome  作者: かも
第4章
26/32

Stockholm syndrome 24





休みの日、街で食材の買い出しを終え帰ろうとしていると横から突然、


「王子様?」


と呼ばれ女性から服の袖を掴まれた。



久しぶりに他人の口から僕に対して王子様という単語が飛び出してきたので僕は何事かと思ったが、その女性の顔をよく見てみると彼女は女学校時代のクラスメイトだった。



「やっぱりミッシェルだわ!まさかこんなところで会えるなんて、王子様!」


街中だというのにも関わらず、彼女はがばりと僕に抱きついてきた。


確か、学生の頃は今ほど明るい金色のストレートの髪でもなく化粧ももう少し落ち着いていたような気がするのだが、すぐ抱きついてくるところは昔と変わっていないのだな、と僕は思った。


そういえば、女学校時代は彼女だけに留まらず、教室にいる時や廊下を歩いている時に誰かが突然抱きついてくるということが多々あった。



「…驚いた、すごい偶然だね。大人っぽくなっていたから一瞬誰だか分からなかった」


突然のことに驚きを隠せないでいると、彼女はなにやら嬉しそうに僕の手を取り、


「ひどい、私はすぐに王子様だって分かったのに!ねぇ、今からよければカフェにでも行って少し話しましょうよ!」


と、僕の都合などお構いなしにグイグイと僕を手を引っ張りはじめた。


そういえば、僕の学校の子たちは当時からこんな感じの子ばかりだったな、と僕は昔をふと思い出す。


普段教室にいる時や移動中の廊下、休み時間、学校の伝統行事の学園祭の時。


あらゆる場面で僕は誰かしらに掴まえられ行動を共にする羽目になることが多かった。


僕の通っていた女学校はお洒落には抜かりのないような可愛らしい子ばかりだった為、自分のような長身で洒落っ気もなく、髪も伸ばしていなかった生徒は珍しくて注目されていたのだろう。


おまけに、自分は掴まれた手を払い除けるような真似も出来ない人間だったから、すっかり彼女らの思う壺になってしまっていたのだと思う。



僕の手を強引に引きカフェへと向かおうとする彼女に、僕は自分も相変わらず掴まれた手を払い除けることなど出来やしないのだし仕方がないな、と小さく溜息をつき歩き出した。






「ミッシェルって本当今でも王子様みたいなのね。あの頃はみんな王子様争奪戦に奮闘していて、私も貴女をあちこち連れ回していたのがとっても懐かしい!」


女子校時代の同級生との久々の再会ともなれば、当然繰り広げられる話は懐かしい思い出話だった。


卒業してからはメルシーを除いた女学校の生徒とは誰とも会ったことのなかった僕は、ただ適当に相槌を打って彼女に会話を合わせていた。


正直なところ、彼女のことは名前がリザだったということを辛うじて記憶しているくらいで、姓はもう今では思い出せない位だった。


彼女がどんな場面でよく僕を連れ回していたのかだって、あまり覚えていない。


「ほら、例えば学園祭の時とか!あの時は数人掛かりでどうにか貴女を掴まえて、一緒に演劇を観にいったりしたのよね!」


リザは子供のようにキラキラと目を輝かせながら楽しそうに喋り続ける。


「…そんなこと、あったかな」


「もう、本当にひどいんだから!途中から建物の中に入って後ろの方の席で一緒に観ていたじゃない!」



学園祭で演劇を観たのは確か一度だけだったはずだ、と僕はぼんやりとその時のことを思い出してきた。



確か、僕達が入学してから数ヶ月後の初めての学園祭の時でのこと。


体育館のステージの上では、上級生がクラスごとにファッションショーや演劇といった出し物を披露していた。



僕達が途中から観だしたその演劇は、おとぎ話によくあるようなとても分かりやすい展開の演劇だった。


悪者に攫われてしまった可哀想なお姫様を王子様が助けに向かうという誰にでも思いつきそうな単純なストーリー。


ところが、その劇はどうやら観客を意図して笑わせるような滑稽なコメディだったようで。


悪者に心まで攫われてしまっていたお姫様は、折角助けに来てくれた王子様に掌返しで舌をべっと出してみせたものだから王子様は大慌て。


悪者も、まさか自分がお姫様に選んでもらえるなんてと驚きひっくり返ってしまった。


慌てる王子様に、驚く悪者に、我儘で気まぐれなお姫様。


どっと笑い声で溢れかえる観客席。


調子を良くしてより滑稽な演技をみせる出演者の上級生たち。


僕は観客席の人混みの中、どよめく笑い声に押しつぶされそうになりながらその場から自分を消して無くしてしまいたくって仕方がなかった。



それから自分はどうしたのだっけ、と思った矢先、リザがタイミングよく口を開いた。



「けれどもミッシェル、演劇を観ている最中に突然倒れちゃったのよね」


「…うん、そういえばそうだったね」


なんだか、変な汗が出てきだした。


僕がリザや、リザとの学園祭での出来事をよく覚えていなかったのは、あまり思い出したくない思い出だったからなのかもしれない。



リザの言う通り、僕は呼吸の仕方を忘れてしまったかのように突然息苦しくなり、座っていることすら出来なくなってしまい保健室へと運ばれ寝かしつけられたのだった。


だが、その時にみた夢がまた最悪だった。



夢の中で、僕は10歳ほどの子供の姿になっていて薄暗い闇の中に佇んでいた。


暗闇の中から白く細い手がすっと浮き上がるように僕へと伸びてきて、僕の手を突然掴んできた。


僕は握られてきた手のあまりの冷たさに驚いてしまったが、すぐに、冷えきったその手をなんだか可哀想だと思い温めてやるようなつもりでその手を握り返した。



と、その時、後ろから怒鳴るような女性の声が聞こえてきたので、僕は何事かと思わず後ろを振り返った。


そこにいたのは父と母で、さきほどの声の主はどうやら母だったらしい。


母は、どうして怒鳴ったのだろう。一体誰に怒鳴ったのだろう。母に聞き返そうとする前に、遠くから聞こえ出す笑い声。


その瞬間、僕は突然頭上から眩い光を当てられた。


強い光に、暗闇に浮かんでいた白い手は指をすり抜けるように消えていってしまった。


あまりの眩しさに手で顔を覆い、自分が今どこにいるのか恐る恐る確認してみると、僕は、体育館のステージの上にいた。


子供の姿になっていた僕はいつの間にか学生の姿に戻っていて、まるで演劇の出演者のように観客席の皆から注目を浴びていて、そして皆から笑い者にされていたのだった。


すぐそこにいたはずだった父と母もいつの間にか観客席の最前列に座っており、ケタケタと心の無い人形のおもちゃのように、僕の方を見上げて笑っていたのだ。


目の前の光景がぐわりと歪み、僕は立っていることすら出来なくなりそうだった。


消したい。


この場から、自分を消して無くしてしまいたい。


そう強く願ったところで、僕はハッとして飛び起きた。


呼吸の仕方をまた忘れてしまったのではないかと思うくらいに、息は上がっていた。


自分が今見ていたのはただの夢だと、そう認識してもまだ、頭と心臓はなかなか自分の思うように落ち着いてはくれなかった。




…なんだかこのまま昔のことを振り返っていると、あの時の息苦しさまで思い出してしまいそうだ。



僕は思考を断ち切り、咄嗟にリザに尋ねた。


「そういえばあの時の演劇って、どういう結末だったんだっけ?」



「あっ王子様それ学園祭の終わった次の日にも私達に聞いてきた!結局、お姫様は王子様を舞台から押し除けて悪者も自分の手で成敗しちゃって、ステージの上で一人畏まり礼をしてお終いだったの!」



あぁ、確かに、その劇の結末はそんなものだった。


「それで僕は、誰とも一緒にならずに一人でいることを選んでしまったなんてなんだか可哀想だねって同情したんだっけ」


その時の自分は、一体誰に対してそんな言葉を放ったのだろうか。


「そうそう!それで私が、もしあの王子様がミッシェルだったのなら、お姫様は迷わず貴女の手を取ってくれるのにねって言ったのよ確か」


リザが、僕の手を取り指を絡ませながら笑う。



あの頃の僕は、あだ名も王子様なら、扱いもすっかり王子様といった具合で。



そういえば、入学当初から大金持ちのお嬢様だということで周りから敬遠されていたメルシーは、その頃にはすっかり孤立しきっていた。


一応取り巻きのような存在が彼女を囲んでいた時もあったが、メルシーは彼女らを気分次第でぞんざいに扱い彼女らも見返りを求めてへつらってばかりいるような、そんな見るに忍びない滑稽な関係しか彼女は築けていなかった。


さしずめメルシーは、いつも一人ぼっちでいる可哀想なお姫様といった具合に当時の僕には映っていた。



僕がそんなメルシーを黙って見過ごせなくって手を差し伸べても、彼女は少しも迷わなかった。



迷わず、僕の手を邪険そうに払い除け相変わらず一人ぼっちでいた。



あの頃の僕はメルシーを救ってみせることに必死だったけれども、それはメルシーを救うためではなく自分は誰かを助ける立場の王子様なのだからと、彼女に押し付けるためだったのかもしれない。




「いけない、夜は人と会う約束があったんだった。ごめんね楽しかったわ王子様!」


リザはするりと絡ませていた手を解き席を立ち上がった。


自分も帰ろうと思い立ち上がり、笑ってリザに手を振った。



こんな僕とのつまらない思い出話を楽しんでもらえたのなら、よかった。


歩き去って行くリザの後ろ姿はやはり大人びていて別人のように僕には思えたが、それに比べて自分は本当に見た目も中身もあの当時のままで。



僕は、自分の手をじっと見つめた。



以前と変わってしまったことといえば、メルシーに自分の過去をすっかり知られてしまったということぐらいだ。


今になって再び彼女に手を差し伸べてみたところで、一体僕はメルシーからどう思われてしまうのだろうか。



自分には誰かを救うことなど到底出来やしないのだと、改めて思い直した一日だった。








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