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Stockholm syndrome  作者: かも
第4章
25/32

Stockholm syndrome 23





朝、僕はいつものようにトーストとサラダの朝食をとる。

ポストから取った朝刊と昨日の分の郵便物を確認しながら、僕はコーヒーを淹れるお湯が沸くのを待っていた。


いつもの、なんてことのない日課。


ただ、昨日泣きすぎたせいで目はひどく腫れてしまっていて、職場に着いたら店長をはじめとする店の人達から心配されてしまうはずだと思っていたので、気は重かった。



僕は、インターネットや週刊誌なんかはほとんど見ない。他人の噂話なんかにも全く興味がない。


他人の言うこと思うこと、そんな情報に耳を傾けたって自分が知りたいことを知ることなんてちっとも出来やしないと思い込んでいたから。


自分の視野が狭まっていくばかりだという自覚はあったが、自分だけの思考の世界に閉じこもるのはひどく気が楽だった。


けれども、僕は朝刊だけはいつもの日課として目を通すようにしている。


何故、僕は朝刊だけは見るようにしているのだろうとふと思ったが、そういえば、と思った。


冬の厳しい寒さの季節になると、新聞の記事には時折ホームレスの凍死者数が悲しくも掲載されることがある。


この中に、レノラは果たしているのだろうか、いないのだろうか。


未だに、そんなことを僕は考えたりしていた。



そういえば僕は未だにこんな人間のままでいたんだ、と僕はすっかり思い出していた。


母をはじめとする家族の元へは帰れないくせに、僕を攫った一人の女性のことはずっと忘れられないままでいる。



こんな人間で、どうしてメルシーは僕に愛想が尽きないのだろうか。


結局昨日は、僕はもう情けなく泣き崩れてしまいメルシーと話せるどころではなかった。


僕は昨日の自分の取り乱し様を思い出してしまい、誰も見ていないというのに熱くなってしまった顔を隠すように俯いた。


確か、その時にメルシーから子供をあやすように頭を撫でられたりしたような気がする。


メルシーは帰る前に、「私だってこれでも、これからやる事がたくさんあって忙しいのだから貴女ばかりに構ってはいられない」と言っていた。


そして、「けれども私と貴女の関係が終わることは決してないのだから、また突然押し掛けるその時は覚悟していて」とも言っていた。



あれは、メルシーなりの気遣いだったのだろうか?それとも、今まで通り無理やり僕に関係を迫っているだけ?


もう、僕のことなんて放っておくどころか見捨ててしまえばいいのに。


昨日僕が話せる状況であれば、"恋人でいる"という関係を続けることはもう終わりにしようと、メルシーにそう切り出すことも出来たのになと僕は今になって思う。


全く、メルシーが僕を簡単に手放すはずはないと自惚れていたあの頃の自分は一体どこにいってしまったのだろうか。


まさかメルシーに、自分の昔のことを話してしまう羽目になるとは思いもしていなかった。


誰にもこんな自分のことは明かさずに、一人で生きていこうと思っていた。


そう思わざるを得ないほどに自分が常識のないどこかおかしな人間なのだということを、僕は知らずの内に自覚していた。


前に、そんな会話をメルシーとしたことがあったな、と僕は思った。


やはり僕とメルシーは似た者同士だということなのか。


僕が学生時代メルシーのことを好きになれなかったのは、彼女が自分と似ていたからなのかもしれない。


けれども分かりやすく人から嫌われようとしていたメルシーとは違い、僕は人から優しいと言われることが多かった。


だって、そう言われるような自分になろうと幼い頃から思い続けていたのだから。


ところが僕は、優しいと言われることを褒められているのだと受け取っていいのか悩んでばかりいた。


いや、悩んでいたというよりかは、辛かったのだろうか。



あれこれ考えている内に、キッチンからお湯が沸く音が聞こえてきたので僕は慌ててキッチンに火を止めに向かった。



僕は、珈琲を淹れながら昨日のメルシーの言葉を思い出す。


メルシーは辛ければ泣いてしまえばそれでいいと僕に言ってくれたが、彼女は辛いことがあった時にはどのようにして乗り切ってきたのだろうか。


純粋に知りたいだけのような気もするし、僕はこれからどうすればいいのか、教えてもらいたいから聞いてみたいような気もしてくる。


けれども、そんなことを聞くのは彼女に辛いことを思い出させることにもなりきっと迷惑だ。

やはり僕にはそんなことは出来ない、と僕は思い直した。



メルシーは帰り際に、これから忙しくなると言っていたがそういえば彼女は一体普段は何をしているのだろう。


父の会社に携わって何かしているのだろうかとも思ったが、どうせそれも僕は聞けやしないんだと思い考えるのをやめた。




自分は、今日の仕事はどうしようか。


正直、とても仕事に臨めるような状態なんかじゃないし、腫れた目のことをとやかく言われることも避けたいし。


…休んでしまってもいいだろうか、今日くらい。


明日からは、またいつも通りに仕事には行こう。


明日からは、以前と変わらない日常にまた戻ろう。



メルシーが押し掛けてきたときには、その時に何とかしよう。



だらしない考えばかりがぽんぽんと浮かんできてしまったが、その方が落ち着いていられそうだな、と僕はそこで思考を放り投げ淹れたばかりのコーヒーを口に運んだ。






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