Stockholm syndrome 11
「両親が持ちかけてきたお見合いが嫌で逃げ出してきたの?」
望んでいないお見合い話とはいかにもお金持ちのお嬢様に降ってかかりそうな災難だが、このメルシーの身にもそんなことがあったとは。
どうやら僕がメルシーの両親に恋人として紹介される羽目となったのは、お見合い話を断る理由作りの為だったらしい。
メルシーの両親、エリックとアレットが先に帰り、久しぶりに二人きりとなった僕とメルシー。
先の我の強かった彼女の両親の事も合わさってか、つんと少しだけ拗ねた様子で頷くメルシーがなんだか子供らしくて僕は笑ってしまった。
「笑わないで頂戴、これでもその事が原因で色々と揉めて大変だったんだから」
「けれども、素敵な両親じゃないか。あんなにあっさりと僕らのことを認めてくれるとは思わなかった」
なんとも晴れやかな気持ちになりかけていたその時、僕はそんな呑気な気でいる場合ではないということを思い出した。
僕がここ数日君のお陰でどれだけ煩わしい思いをしたのか君は分かっているのか。
僕が口に出そうとした瞬間に、そうはさせまいとメルシーが先に口を開く。
「この私のパパとママよ?素敵に決まっているわ。それにしても驚いた、貴女がムキになってあんな風に口を挟んでくるなんて。そんなに私のママの物言いが気に入らなかったかしら?」
先ほど彼女の母親に対して言い放ってしまった言葉を思い出し、僕は顔が熱くなった。
そんなつもりで口を挟んだ訳ではなかったのだが、言われてみればそうなのかもしれない。
「多分、僕の初恋の人が、女の人だったからだよ」
「…へぇ、なんだか意外ね。あっさり教えてくれるなんて」
自分でも、ぽろりとメルシーに自分の昔のことを話してしまうなんてどうかしていると思った。けれども、
「それよりも、僕は君に聞きたいことが山ほどある」
あれだけ理解のある両親を前に、本当にお見合いを断る為という理由だけで僕を頼って来たのか?
何故、ずっと家にも帰らなかった?
そして、君はやはり僕とお金で関係を築くつもりでいるのか?
どこから、どのように聞いていくべきか。
プライベートな事も含みそうな為、率直に聞きすぎるのも躊躇われる。
思えば、彼女とは学生時代からの仲ではあるのだが、込み入った話を直接し合うという事はほとんどなかった。
話し合おうにも、気が付けばすぐ互いに憎まれ口を叩いていたからだ。
「ねぇ、今度の日曜デートをしましょう」
僕があれこれ考えている間に、またもやメルシーに先を越されてしまった。
「…別に構わないけれど、僕との関係は結局どうするつもり?」
「勿論、それなりの金額を用意はするつもりよ」
やはり、そういうことなのか。
質問が一つ減ったとはいえ、なんとも気が滅入る。
それから、とメルシーは一呼吸おいてから、
「私のパパとママのことを素敵だと褒めてくれたお礼に、もっと二人の素敵なお話を教えてあげるわ。きっと貴女、週刊誌なんかも読まないから私の両親のこと大して知りもしないんでしょう?」
紙とペンを用意してほしいと頼まれ言われる通りにしてみれば、僕は不思議なメモ書きを彼女から手渡された。
"ロックフォール社"、"エリック"、"アレット"、"訴訟"。
それらの単語が並べられているだけのメモで、僕はこれをどうすればよいのか全く分からなかった。
「情報化社会って本当に便利よね。昔の、帳消しにしたい過去だって検索をかければいくらでも出てくるんですもの」
メルシーがそう一言添えてようやく、これらの単語をインターネットで調べてみろということなのだと気がつく。
だが、その情報化社会の成長に大いに一役買っているであろうインターネットソフトウェア会社の社長令嬢らしからぬ、どこかうんざりとしたような言い様がひどく僕は気になった。




