告白2
ビクともしない広い胸の中に、囚われて動けない。鼓動だけが煩い。
(この方は本当に、わたくしを戸惑わせてばかりだ)
「許してください、リリー。もう面倒なことはやめにします。貴女を離すつもりはない」
耳元に息がかかって、その言葉に顔を上げれば、凪いだ蒼の瞳の奥に炎のような熱を見つけて身体が固まってしまう。この人は、誰?こんなアルジオ様など知らない。
「……はは。甘い顔をしていますね、リリー。貴女は涙さえもきっと甘いのでしょうね」
昔と変わらない、一瞬虚を突かれたように目を開いて笑う。年を重ねた分、蕩ける様な色気を纏うこの人にリリアーノが敵う筈は、ない。
「へいか、」
「アルジオ、と」
王が指先でリリアーノの顎を持ち上げ、その妖艶ささえもある容貌と真正面からかち合う。
「それともこんなおじさんはいやですか。……セイルを好いていましたか?」
いつも微笑んでいる方がまるで笑い方を忘れたように眉を曲げる。リリアーノが一言拒めばきっとこの腕は容易く振りほどかれるのだろう。この方はいつもそうなのだ。行動でどれだけ示そうとも気づかぬふりをする。そのくせ、言葉にしたら受け入れる。
「……ひどい方」
声が少し震えた。
セイル様を好いていた?貴方がそれを聞くなと泣き叫んだらアルジオのお顔はどんなふうに歪むのだろう。
婚約者であったセイルも元は歩み寄ろうとしてくれていたように思う。けれど、リリアーノにはその手を取ることはできなかった。だから、アンジェと懇意にしていると聞いた時ホッとしたのだ。セイルは自分の幸せを見つけられた、と。
だから、本当は二人が上手くいくようになんとか奔走したかった。
結ばれるには障害の多い二人が手を取り合うことに羨望を抱いたのかもしれない。
リリアーノがセイルを一人の男性としてみれなかったのには訳がある。
(長いこと、わたくしの心の中には一人しかいなかったのだから)
ーーー長い、長い片思いをしていたのだ。けして、報われることのない。
「臣下の鏡など、くそくらえですの。わたくしはセイル様と結婚する気など元よりありませんでした。このことがなくてもいつか王妃になる資格などすっぱり捨てて差し上げたわ……!貴方様をいつか義父と呼ぶなどできませんもの!」
押し殺した声にアルジオが目を開く。
「昔から貴方の隣にしかいたくないのに。どんなに背伸びをしても貴方はわたくしを見ない。今更、どうしてわたくしを惑わすの?セイル様と結婚しろといった口でわたくしに愛を囁く?馬鹿にしないで!」
こらえていたものが溢れ出して爆発した音が聞こえた。
「リリー、ちょっと待っ」
「待てませんわ!そもそも貴方が待ってくれもしなかったくせに!殿方は勝手な生き物だと耳にしましたが本当ですわ!」
アルジオが焦ったように首を振る。小さく、誰がそんなことを、と言った気がしたのてリリアーノは、アルジオ様のお姉さまですわよ!と返してあげた。
「ハァ…、もうなんというか、貴女は本当、良いですね」
くしゃり、と髪を掻いてアルジオが笑う。それはリリアーノの好きなアルジオの顔だった。
「セイルとリリーは年齢的にも身分的にも釣り合うでしょう。妹の様に可愛がってきた自慢の娘を息子にと思った私が浅はかだったのは認めます。けれど実際、ダート家がまだ力を持つ中、マルグス家という抑制力も必要だったのです。マルグス家の青薔薇姫と呼ばれるリリーを婚約者に置けばとりあえず貴族はうるさくない。貴女に対しては申し訳ないことをしました」
ため息を吐くアルジオ。けれどマルグス家の青薔薇姫?なにそれ、恥ずかしい。
露骨に嫌な顔をしたリリアーノにアルジオは苦笑した。