告白1
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煌めく星々の美しい夜だった。
遥か彼方へ星が流れは消え、手の届かぬ光達は闇の中でも永遠に輝き続ける。
こうして眺めることで、自分の存在価値がどれだけ小さいものであるのかを毎回自覚するのだ。
扉のノックされる音がリリアーノの耳に届くと、視線を向けず静かに、どうぞ、と呟いた。
「……このような夜更けに如何なさいました」
平坦な口調の問いであった。しかし、その突然の訪問は予期していたことでリリアーノはアリアンテを早々に下がらせていたのだ。
「固いことを言わないで下さい。アリアンテを下がらせてもよかったのですか?」
訪問者はクツクツと笑い、優しげな声を響かせる。
「……今回のことについては申し訳なく思っております」
リリアーノは深く頭を下げる。
「……だから、なにをされてもかまわない?」
かつては甘さを残した美しい顔をしていた青年が時が経ち、歴戦の戦士の様な精悍さと妖しげな色気を乗せ、相反するそれを見事に調和させてリリアーノを見つめた。
「貴方様がわたくしに危害を加えるとは思えません」
リリアーノは怯むことなく王を見つめ返した。
「光栄ですね。私はよほど信用されているのでしょうか」
王は優雅に椅子に座りこんだ。決して細身の体ではなく、鍛えられた体躯だが豹のように美しく仕草に高貴さがある。その表情も微笑んではいても決して優しいだけではないことを知っている。
目の前のこの方は曲がりなく王なのだ。
危害を加えぬ、そうは言ってもこの度の騒動は色々な思惑を渦巻かせた。
リリアーノは少々知り過ぎた。王子の婚約者であったとはいえ一介の貴族令嬢が国の内部を探り、国家予算について調べるなど批判を浴びてしかるべきだろう。極論、このまま暗殺者を仕向けられてもおかしくない。リリアーノもそれに納得している。けれど、王がリリアーノを手にかけるなど、望みはしても叶わぬだろう。つまるところ、
「甘えているのですよ。貴方様に」
リリアーノは力を抜いて微笑んだ。
ーーーー泣き、笑いのようになったかもしれない。
息を抜いたリリアーノをみて陛下は満足そうに笑う。
「この国に王太子は一人しかいません。セイルが継承権を放棄したところで貴族全てが納得するわけがありませんね。むしろ持ち上げて反乱を起こすに充分でしょう」
現在のこの国は平和だ。王も確実に歴史に名を残す賢王として名高く民からの信頼は厚い。けれど不穏分子はどんなに優れた治世でも湧いてでるものなのだ。アンジェを王宮に迎え入れたことに王が口を出さなかったのはバックにきな臭いものを感じ、泳がせたのだろう。
「では、やはり現状維持ですのね。アンジェさんを未来の王妃になさいますか?」
王子に名目上の罰は何かしら与え、それを課した上でアンジェを隣に置くというのならダート家との関わりを失くせば良い。民には真実と嘘を。黒幕であるダート家に利用されたアンジェはリリアーノからの嫌がらせにも挫けることなく王子を愛したとする。それはそれで美談になることだろう。
「いや、それはありません」
だが、はっきりと言い切る王に迷いはないように見受けられた。首を傾げると王は困ったように笑って、女性は底が知れないものですね、と呟いて彼女への話題を打ち切った。
「……リリー、貴女とダート家を明確な悪に据えれば、何も知らぬ民は納得するでしょうね。広間での会話も、わざとですね?王家の予算を知る発言も、貴女がその資格を持たぬと思う者には疑念になる」
王は一度言葉を切りリリアーノに穏やかだが、奥の知れない眼差しを送った。
「だが、それは間違いでしょう。マルグス家は秘されているとはいえ王家の密偵の家系だとは暗黙の了解です。リリー、貴女に落ち度はない。貴女が泥を被る必要などありません。それは私が許さない」
リリー、そう愛称で呼ばれたのはいつ振りだったか、とリリアーノは回らぬ頭で思う。
「アルジオ様……」
つい落ちた声を拾う様に、王は優しく目を細めた。
「!!」
刹那、腕を引き寄せられ、広い胸元に抱かれ、それと気づくと、胸がどくん、と飛び跳ねる。
「リリー、貴女の計画は?あの娘とセイルをつつ無く結びつけ、自分は表舞台から去るつもりでしたか?ダートが絡んでいたこととセイルがアホだったことで多少の変更はあったが概ね問題はない?……不穏分子は王子の婚約者の名の元に騒ぎの前から炙り出したし、今回のことで煩い貴族がいれば潰せば良い。自分は汚名を被りひっそりと表から消えるつもりでしたか。臣下の鏡ですね」
腕の力が強まって目眩を起こしそうになる。王の声は淡々としているのに何故腕の中は熱いのか。
「買いかぶりですわ。わたくしは、わたくしの信念でしか動きません」
ふるふると首を振ると腕の中から逃れようと身じろいだ。