レミルとアル 2
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(レミル)
「レミル、気を付けて行くんだぞ。寄り道をせずに真っ直ぐ行って、早く帰って来いよ。」
「分かってるって。」
今朝、父さんに無理を言って納品と店番を変わってもらってから、しつこく繰り返される このやり取り。そろそろ面倒になってきたけれど、ここは我慢だ。下手に癇癪を起こして、父さんの機嫌を損ねでもしたら『やっぱりダメだ』なんて言われかねない。
だから、今はひたすら耐えるわ。だって何て言っても、今日の納品先は第二騎士団なんだからっ!
女が納品をすると盗難に遭いやすいとか言って、いつもは絶対にやらせてくれないのだけれど、そこは必死に説得した。第二騎士団の宿舎なら店からそう遠くないし、荷馬車にだって納品用の騎士団の紋が入った幕を張る。騎士団に納めるものと分かっていて襲うなんて、よっぽどのことがなければあり得ないもの。だから父さんも苦い顔をしながら最後は渋々許してくれた。
荷馬車の手綱を持ちながら、逸る気持ちを抑えきれない。第二騎士団に行けば、運が良ければアル様に会える。運が良ければ…いや、“縁があれば”?うふっ。縁があって会えちゃったりして?きゃ~っ!!
「おいっ、レミル。親父さんはどうした?なんでお前が納品してんだよ。」
半ば妄想の世界にトリップしてジタバタしているところに聞き慣れた低い声が呼び止めた。もう見なくても分かる。この声は幼馴染みのキースだ。そう言えばキースも最近第二騎士団に入ったのよね。
「別にいいでしょ?私だって納品くらい出来るわ。」
この時間に私服で歩いているってことは、おそらく今日は非番なんだろう。まぁ、私には関係ないけどね。
「女が一人で荷物を運ぶなんて無用心だろうが。俺も一緒に行ってやる。その幕がかかってるってことは第二なんだろ?」
え?いらないわよ。なのに断る隙も無くキースが御者台にスルッと上がってきた。その強引な親切に呆れながら、ははぁ~ん?と口の端を上げる。
「どうせ宿舎に帰るとこだったとか、歩くのが面倒だとかっていうのが本音なんでしょ?しょうがないわね、乗せてあげるわよ。……で、今日は休みなの?」
「あぁ。お前の店に行こうと思ってたんだ。」
「ん?? 店なら父さんがいるわよ?それなら乗ってどうすんのよ。」
キースは騎士団に入ってからも、ちょくちょく店にやって来ては細々としたものを買っていく。新米騎士にはきっと色々あるんだろうと思う。パシリとかパシリとかパシリとか…。ここはソッと見守ってやるのが幼馴染みの優しさだと思っている。それにしても…店に行くつもりだったのなら、荷馬車に乗ってどうする気なのか。やっぱりおバカなの?
「いいんだよ。もう用事終わったし。それにどのみち納品したら荷馬車を置きに店まで帰るだろ?そうすれば俺も店に行けるじゃん。だから一緒に行ってやるって。」
「は?意味分かんないんだけど。」
わざわざ荷馬車に乗るよりも、歩いて店に行った方が早いじゃない。それに、用事が終わったのなら何で店に行くのよ。…やっぱりキースはバカだ。きっとそのうち、少ない脳みそまでもが筋肉に変わるに違いない。気の毒に…。
「るせぇなぁ。それより、ちゃんと手綱持たねぇと危ねぇぞ?ったく、トロいんだから。」
「何ですって!?ちゃんと持ってるわよっ!」
キースには言われたくない。あ~もう。何なの。いちいちムカつくんだから。もう、降りろっ!
キースと二人で『降りろ』『降りない』と言い合いしているうちに第二騎士団に着いてしまった。
あ~ぁ、着いちゃったよ。しょうがないなぁと気持ちを切り替えて門番さんに用件を伝えようとすると、なぜかキースがしゃしゃり出てきて、納品を旨を伝える。
はぁ?あんたは乗って来ただけなんだから関係ないでしょうがっ!店員でもないのに一体何なのよ。まるでうちの店を自分の家のように振る舞うキースにイライラしながらも表面上は笑顔を絶やさず納品の手続きを済ます。
品物が騎士様とキースによって次々と宿舎に運ばれて行くのを眺める。最後の品物を見送り、幕をたたんでいると、奥からアル様が出て来るのが見えた。
うわっ、やった!本当に会えた!!
しかもアル様は“私”を見つけると足早に駆け寄ってくる。これっ、ヤバイ。心臓が痛いくらい跳ね始める。痛む胸を押さえながら必死に笑顔をつくった。
「名前、レミルだったよね?今日は店の納品?ちょうど良かった。あのさ、ちょっといい?って、あ…、もしかしてこの後まだ仕事ある?」
「いえ、ありません!暇ですっ。」
父さんに早く帰って来いと言われてるけど、そんなことはいい。
「本当?ラッキー。ちょっと買いたい物があるんだけど、俺だけじゃ良く分からなくてさ。良かったら買物に付き合ってもらえると助かるんだけど…あっでも、荷馬車があるのか。それ、店に戻した後でいいよ?」
「いえ、大丈夫です。キースがうちの店に用事あるらしいので、乗って帰って貰いますからっ!」
「ね?」とキースに言うと、キースは「は? え?俺?」と驚いている。いやあんた、さっきまで店員(私)そっちのけの我が物顔で納品してたじゃないか。
どうせうちの店に行くんならついでに荷馬車くらいいいでしょ?察してよと言わんばかりに、たたんだ幕をキースの胸に押し付けた。
「あ~、キースは今日非番だよな?レミルんちの手伝いしてたのか。二人は仲良いの?」
「いえ、ただの幼馴染みです。」
危ない危ない、誤解されたら大変。せっかくアル様に会えたのに…。
あれ?でも、買物に付き合うってことは、これってもしかするとデートなんじゃない!?
うわっ、もっと可愛い服を着てこれば良かった…。
思わず座っていたせいでシワになったスカートを手で叩いてのばす。『店に用があったわけじゃ…』と、呟くキースを残して、満面の笑顔で騎士団を出た。
アル様と二人で王都を歩く。緊張のあまり、普段どうやって歩いていたまで、だんだん分からなくなってくる。
「……なぁ、本当に良かったのか?」
アル様が眉尻を下げて私に聞く。あぁ、そんな顔もカッコいいです。
「大丈夫です。キースは小さい頃から うちの仕事を手伝ってるから。」
アル様は人混みを盾になるように少し前を歩いてくれる。このさりげない気遣いがまた嬉しい。それに、アル様との距離が近いのもいい。少し手を伸ばせば触れ合う距離にアル様がいる。
手、繋ぎたいな…。
アル様の買物は、これから騎士団の宿舎で使う生活雑貨や諸々で、とりあえず消耗品系を急ぎで欲しいらしい。生活雑貨はうちの店で用意するとして、うちで扱ってないものを今日は一緒に見て回ることになった。
ちなみに最初に来た店はアメニティ関係を扱っているところだ。オシャレなものから、シンプルなものまで沢山揃っている、私お薦めのお店。
「沢山あるんだな。さっきレミルもこの店をよく使うって言ってたけど、レミルの髪はどれで洗ってるんだ?」
「私はコレですよ。この優しい香りが好き何です。」
私のはこのレミンゲルクの花の香りが付いたヤツだ。いい香りだけどあまり主張しないところが気にいっていてもう何年も愛用している。
「へぇ~。」
アル様はそう言うと、片手でその瓶を持ちながら、あろうことか私の髪をひと房掴んで顔に近づけた。
「!?」
ぎゃーっ!ちょっと待って!私から嗅ぐの!?やめて、臭いって言われたら死ねる。
「本当だ。いい匂い。」
「そっ、そ…。」
いい匂い…ですか。良かった…。臭くなくて本当に良かった…。でもアル様、流石にこれは心臓に悪すぎますって。髪を触るのを通り越して、いきなり匂いを嗅ぐなんて、心臓が止まるかと思った
。
「なるほどね?可愛くて優しいレミルにぴったりの匂いだ。ん~…でも、俺やセレスにはちょっと可愛い過ぎるな。う~ん。」
それはそうでしょうとも。これは女性用ですよ?まさかアル様、私と同じものを買う気だったの…?同じ香りを纏うなんてまるで恋人同士…っていやいや落ち着け、アル様にはそういうつもりは全く無いに違いない。
「男性なら花の香りよりも、こちらの柑橘系や、ハーブなどがいいと思います。」
「へぇ、ハーブもあるんだ。いいじゃん。ハーブなら、爽快感のあるヤツがいいな。セレスには…そうだな、リラックス出来てよく寝れそうなヤツとかってある?」
アル様の要望に合うものを探して差し出しつつ、銘柄をしっかりと覚える。今度、こっそり同じものを買いに来よ。
それにしても…、セレス様は余り寝れてない…?考えが顔に出ていたのか、アル様は少し苦笑した後、小声で囁いた。
「あいつ、アレで考え過ぎるタイプなんだよね。…決して繊細では無いんだけど。」
アル様の抑えた声は普段より少し掠れてて色っぽい。どうしようっ!そんな、秘密を打ち明けるかのように言われたらドキドキする…。
アル様の一挙一動に翻弄されながら、その後も何件かお薦めの店を周り、その度にアル様は沢山の買物をしていた。……意外にリッチなのね。
うちで揃えられるものは、明日騎士団に届ける約束をして、今日買った分で追加が必要になった時は、代理で買ってきて欲しいと頼まれた。
「購入代金はもちろん、手数料も多めに取っていいから、頼むな。あと、コレやるよ。結局、一日付き合わせちゃって悪ぃな。でも今日はレミルに色々教えて貰えたからすげぇ助かった。ありがとさん。」
アル様はそう言うと、可愛くリボンの付いた瓶を差し出し、私の頭をポンポン叩く。
えっ?アル様からプレゼント!?私に?えっ、すごく嬉しい!!一体、いつ買ったんだろう?全然気付かなかったよ……。
しかもコレ、なにげに結構いいお値段のする化粧水じゃない!色んな意味で勿体なくて使えない~っ!!