レオ殿3
16時に間に合いませんでした…。すみません。
レオ殿 視点 最後です。
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(レオナルド)
あの後すぐに屋敷まで謝罪に伺ったが、不在ですとだけ言われ、お会いしていただけなかった。早朝に再び出向いたが、やはり結果は同じ。
重い気持ちのまま今日の宴が始まる。三日目の余興は、5日間のうちで一番参加人数が多い。その中には、未婚の王族方も含まれる。
今年は盗賊捕獲の見せ物が組み込まれているため、参加者に怪我人を出さないよう配慮も必要だ。大勢の参加者に不審者が紛れ込まないように離宮の警備を強化しつつ、王族方の警護にも目を光らせなければならない。
毎年の事ではあるが今日一日、絶え間なく神経をすり減らすことになるだろう。
ようやく会場にセレシア様の姿を見つけるも、とても側に行く余裕などなかった。
盗賊役のクラウド殿は予想以上に優秀で、殿下の意を汲み動くことはさることながら、後々 混乱が起きないようにと情報は詳細かつ整理され、各担当との連携もスムーズだ。
「…私を捕まえることが、本当に貴殿に出来るのか?」
けれど予定にないその台詞は、明らかに俺を挑発していた。昨日のクラウド殿の視線を思い出す。
―――嫌がっておいでですよ?
あの時の、射るような眼差し。
「盗賊を捕まえろ!!」
その言葉を合図に、騎士達が盗賊捕獲に動き出す。余興の始まりだ。俺は盗賊を担当の騎士達に任せ、離宮全体の警備の確認をしに向かった。
余興は大した問題も起きず、滞りなく進む。盗賊が一向に捕まらないこと以外は…。
時間が進むにつれて、盗賊捕獲の担当騎士達に焦りが見え始めた。
残り時間があと一刻となった時、ラピス殿下の近衛の一部が、盗賊捕獲の援軍として送り出された。
あの人はまた…。盗賊捕縛に苦戦しているのに気付き、加勢して下さったのだろうが…。
「ラピス殿下…。一部とはいえ、近衛を御身から離すのは危険です。」
俺の面子より、ご自身の安全の方が大切なのに…。
「大丈夫。ここにはレオが居るからね。それに今は黒も大勢戻ってきてるから、そもそも過剰警備なんだ。多少、違う仕事をしたところで問題ないよ。」
黒騎士ね…。殿下がおっしゃるからには、大丈夫なのだろうが、姿も見えず何人いるかも分からない相手に俺は任せる気になれない。
それにしても第三騎士団が集まっているとは珍しい。存在すらあやふやな騎士達が実は大勢周りにいると考えると何か変な気分だ。
ラピス殿下はこちらをチラッと見ると、何やら人の悪い顔をする。
「………だから、どんなに人気のない暗い所でも大抵誰かがいて、何があったのか全部報告されるんだ。」
それは心強い…って、ん?
「昨夜はバラの薫りが、一段と薫ったらしいね?」
「~~~っ!!」
見られてた!?
「あっ…いやその。…殿下、私は…。」
殿下はクスッと笑うといつもの王子様然とした顔に戻る。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。あの叔父上がお前をエスコート役に選んだんだ。報告を聞いて、確かに驚きはしたけど、お前は責任逃れをするような男じゃないしね。
それよりクラウドが、今朝から面白いくらいピリピリしてるんだ。『絶対に捕まるつもりはない』ってわざわざ僕に言いに来たりね。」
あのクラウド殿が…?確かに俺の行為に憤りを感じるのは分かる。しかし…、殿下の余興を台無しにしかねない行動を、あの、用意周到な男がするだろうか?
「何故……。」
「候補がレオだけじゃないって言えば分かる?」
俺だけじゃない?つまりクラウド殿も候補だということか?そしてクラウド殿もセレシア様を望んでいる……?
終了時間まで残り僅かとなり、盗賊を追っていた騎士達も渋い顔をしながら徐々に戻り始める。
開始時のあの明らさまに俺を挑発したセリフ。捕まえることが出来なければ確かに俺と第一騎士団は恥をかくだろう。しかし…それだけの為にあの男が余興を使い、殿下まで巻き込むなんて、どうも釈然としないのだ。
クラウド殿の思惑はさておき、盗賊を捕まえられなかったことに変わりはない。……初動から体制まで根本的に見直しをしなければならないだろう。
会場に戻ってきた騎士達に、終了に向けての指示を出して回る。俺が離れるのと入れ違いにラピス殿下の元へセレシア様が戻って来られたのを目の端に捉える。殿下に軽口でも言われたのか、頬を染めて俯く姿もまた愛らしい。
終了間際、盗賊が大勢の騎士を引き連れて会場に戻ってきた。なかなか派手な凱旋だ。
昨夜のバツの悪さに加え、捕縛出来なかった苦々しさ、そしてセレシア様を巡る想い。複雑な感情を胸に抱いたままクラウド殿を迎える。
余興はこれで終了だ。最後に自ら出てきた盗賊を今更がむしゃらに捕まえるのは間抜けでしかない。せめて見苦しくないように終わらせたい。
そう思っていたからか。クラウド殿のまさかの行動に出遅れた。
あろうことかクラウド殿はセレシア様を担いで連れ去ったのだ。王族をだ!近衛やその団長である俺の目の前で!!
反射的に追尾の号令をかけたのは、もう理屈ではなかった。
「それまで!!」
ラピス殿下の制止に誰もがたたらを踏み、そして殿下から続く言葉を息をのんで待った。
殿下から出た言葉は、まさに寝耳に水。
セレシア様とクラウド殿が婚約だなんて、一体どうなってるんだ……。
会場が驚きと祝福に包まれる。
その中、ただ呆然と俺は立っていた――。
片付けが粗方終わった閑散とした会場で、最後の客を見送ったと報告を受ける。
灯りが落とされ真っ暗になった庭の、二人が逃げ去った方向を見つめた。
クラウド殿もまだ候補だったのではないのか。それとも、重なる失態でもうクラウド殿に決まってしまったのだろうか。
用意された部屋に戻ろうとした時、使いが来て殿下からの呼び出しを伝えた。
呼ばれたのは殿下の私室だ。
参じれば既にそこにはアゲート統帥もいた。
「お疲れさま。」
アゲート統帥が裏を感じさせない いつもの笑顔で労わりを口にする。しかし、この方は表情と考えが決して同じではないと知っている者からすれば、笑顔で迎えられる方が逆にキモが冷える。
「今日はお疲れ様。レオ、そこに座ってくれる?今日は……悪かったね。」
ラピス殿下が疲れた顔をしてソファに座るように促す。悪かったとは恐らく先程の一件のことだろう。今回の余興で、第一騎士団の面目は丸つぶれ。クラウド殿が時の人として脚光を浴び、セレシア様もその腕の中だ。
……しかし、盗賊を捕まえられなかったのは第一騎士団の不手際でしかなく。殿下に謝っていただくのは筋違いだろう。
「いえ、全ては己の力不足が原因、謝罪すべきは我々の方です。ご期待に応えられず、大変申し訳ありませんでした。なお一層の精進を重ね、務めさせていただきたいと思っております。」
殿下はその言葉を聞き、無言で頷いた。
「それで……あの。姫の婚約は、いつから決まっていたのでしょうか…?」
恐る恐る尋ねてみる。直前まで殿下と話していたのに、そんな素振りは一切感じられなかったからだ。
ラピス殿下は無言のまま、眉を寄せる。不思議に思いアゲート統帥を見れば、思わせ振りにラピス殿下を見ていた。
「さぁ、いつだろうねぇ?」
その言葉に殿下が言葉を詰まらせる。
………? なんだ?
殿下は気まずそうに視線をそらし、徐に口を開いた。
「あれは僕の一存で宣言しただけだ。」
「…は?」
それは、一体……?
戸惑い、ラピス殿下をうかがっていれば、落ち着いたバリトンが補足する。
「つまりあの時、クラウド君はラピスに『セレシアとの仲を今、公で認めるか、自分を捕まえて投獄するかご自由に』って突きつけたんだよ。……そして、ラピスが何を選んだかは、君も知っているだろう?」
「・・・・・・。」
つまり…ナニか?クラウド殿は俺と同じ、ただの候補でありながら、自分を婚約者に選ばないなら捕まえて投獄しろと王太子に迫った、と…?
………なんてヤツ。セレスなど目じゃなく、あいつが一番の問題があるではないか…。第二騎士団は、あの二人で大丈夫なのか?
だが、ようやく腑に落ちたこともある。おそらくクラウドは初めからこの要求をする為に、殿下に『捕まるつもりはない』と言い、セレシア様を拐ったのだ。そして、それが押し通ったのは…俺にも原因がある。
…………しかし……。
「このままでは納得出来ません。」
俺がそう呟くと、アゲート統帥の視線がこちらに向く。
「まぁ。堅物で知られる君が、庭で強引に押し倒すくらいだ。簡単には諦めれないだろうね。」
その言葉に、一気に冷や汗が出た…。
「それは……。…、その…。」
アゲート統帥は、なおも笑顔で続ける。
「別に責めてる訳じゃない。アレは…セレシアの行動にも問題があったからね。まさか、あの娘があそこまで男女の事に疎かったのも、本来ならたしなめる立場の君が、あっさり陥落するなんてことも、僕にだって予想出来なかった。まだまだ詰めが甘いと反省しているところだよ。」
「っ…。」
とても言葉など出ない…。冷たいものが背中をつたう。
「それより僕が気に入らないのは、最近の君の態度だ。セレシアが何度も謝りに行ってるのに、いつまでも許してあげない理由は何かな?」
「……………………は?」
セレシア様が俺に謝る?俺がまだ謝りに行ってないの聞き違いか?
「本来であれば、すぐに謝罪をしなければいけないところ、まだ叶わない事、己の…」
「違う。」
……違う??
「手合わせのやり直し、したよね?あの娘があの細い腕で、君みたいな大男の加減なしの剣を受け止めたって、僕は聞いたけど?君が要求したんだろ?俺の剣を受け止めろって。
あの娘はそれに応えた。おまけにファーストキスまで貰っておいて、何が不満?」
「はぃ?」
統帥は何を言って…??何故セレスがここで出て来るんだ?
「叔父上…。説明くらいしてあげてください。」
混乱する様子に見かねたラピス殿下が口を挟んた。
「……レオ、セレスはセレシアだよ。」
「………? えっ。は???」
セレスはセレシア?
「叔母上は事情があって、あまり表に出て来ない上に、セレスの時は雰囲気が随分違うからね。言われたところで二人を結びつけがたいとは思う。……けれど、間違いなく同一人物だ。」
「・・・・・・・。」
セレスがセレシア様だと?
二人が同一人物?違い過ぎるっ!!目を見開いてラピス殿下を見るも、続いてそれを訂正する言葉はいつまでたっても出て来ない。ただ困惑する俺を苦笑して見ているだけだ。
すると、ふぅ…とアゲート統帥が小さく溜め息をついた。
「ラピスは親切だね……で?
女の身で、多少問題はあったかもしれないけれど、実力でもぎ取った優勝を、君が気に入らないって言うのは自由だよ?
誰だって自分の欠点をつつかれれば、いい気分はしないものだ。
けれど…おそらく君は『もう一度自分に勝てば認める』と思っていたんじゃないのかい?そしてセレシアは君の要求通り剣を受け止め、君に勝った。なのにこれ以上あの娘に何を求めてる?」
「叔父上…、それくらいにしてやって下さい。レオはセレスの正体を知ったばかりなのです。」
ラピス殿下が再び口を挟んだ。
「そう?………やけに庇うけど、婚約発表したのはお前じゃなかったかな?クラウドとレオ、どちらの味方なんだい?」
アゲート統帥がラピス殿下に穏やかに微笑む。
「それはもちろん叔母上です。クラウドの策に乗ったのは、叔母上がクラウドを憎からず思っていると感じたからに他ありません。あの時クラウドを投獄すれば、きっと叔母上は悲しまれたでしょう。」
それを聞いて胸が痛んだ。…セレシア様の心はもう…。
「ん~…。でも初めての相手に選んだのはレオだったのに、ねぇ?」
えっ?
「それは…、セレスとアゼー、ラズリムは幼い頃にずいぶんとレオに世話になっていますから。セレスが剣を始めたのもあの時分からですし、幼い頃の憧れでもあったのでは…?」
そう言えば…、
―――幼い頃、王宮の庭でお会いしたことがあるのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか?
あの日、セレシア様はそう言わなかったか?セレシア様は俺のことをずっと覚えていた?
「ふ~ん…。つまり、憧れのお兄さんに対して背伸びをしてキスしたのかな?それは何とも微笑ましいね。
……なのに、当のお兄さんは朴念人な上に、頑固だ。側にいる事すら気付きやしない。しかも、いつまでたっても許してくれないしね。困り果てたあの娘が話し合う為に庭に誘えば、今度は手のひらを返したように襲われて…。さぞ驚いて、怖かっただろう。」
アゲート統帥の言葉が胸に刺さった。本当だ、俺は一体何をしてしまったんだ。
「すぐに謝罪に参ります。許していただけるまで戻りません。」
すぐさま退出し、セレシア様のところへ向かおうとすれば、何故かひき止められる。
「待ちなさい。セレシアは今、クラウド君といる。」
「……しかし…、それでもっ…。」
クラウドのあの目を思い出す。確かに簡単には会わせて貰えないだろう。しかし…。
「もし、君がどうしてもセレシアに会いたいと言うのなら、僕が機会を作ってあげてもいい。」
アゲート統帥の言葉に虚を突かれた。アゲート統帥が手を貸して下さる?さっきまで俺にお怒りだったのでは?
「……本当、ですか?」
思わず聞き返すも、その表情からは一切本心が見えない。
「あぁ、クラウドもついて来るかもしれないけどね。」
「構いません。」
それは覚悟の上だ。仮にも婚約者を名乗るのであれば、当然同席を希望するだろう。
「うん。まぁ、婚約したからと言って必ずその相手と結婚しなければいけない訳じゃないから。」
「叔父上!?」
ラピス殿下が驚いた声を上げる。アゲート統帥は俺をじっと見つめ、僅かにくちの端を上げた。
統帥の心の内は分からない。けれど、もしかしたら統帥はクラウドをまだ完全に認めていないのかもしれない。なら、俺にもまだチャンスがある??
統帥を見つめ返す。その目は普段と変わらず穏やかだが、何かを期待しているようにも見えた。
ならば、俺がとる行動は…。
「………なるほど……分かりました。」
居ずまいを正し、お二方に向き合う。退出の礼をして、俺は部屋を出た。
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(ラピス)
訪れた時とは異なるスッキリとした顔で、レオが部屋を後にした。まさか、こんな展開になるとは考えてなかった。今日は項垂れるレオを慰めながら、酒を交わすつもりだったのに…。何故、叔父上は突然やってきて、レオを焚き付けるようなマネを!?
「何だい、ラピス?」
文句でもあるのかい?と言わんばかりに叔父上が微笑む。
「……既にあの二人の婚約を公に発表しました。今更相手が変わるなんて、大変な醜聞になります。」
相手をコロコロ変えれば、セレシアの評判に傷がつく。叔父上もそれを分かっていて何故…。
軽く睨めば、叔父上は心底意外だという表情をわざとらしくする。
「何を言ってるのかな?僕に断りもなく勝手にセレシアの婚約発表したんだ。
当然責任をもって、何があっても醜聞にならないよう、お前が計らうのだろう?」
勿論、出来るよね?と叔父上が艶然と微笑む。
うっ、これはマズイ…本気で怒ってる…。
けれど…流石にそんな無理難題が出来るか!と、言いたい…。言いたい、け ど…。叔父上の無言の圧力に喉がぎゅっと締まる。
「はぃ…。」
心とは裏腹な返事が口から出た。
………こんなことになるくらいなら、やっぱりあの時クラウドを牢にぶち込んでやれば良かった。