レオ殿 2
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(レオナルド)
イーレ達を部屋に残し、セレスと二人で鍛錬場に出た。騎士達が、一体これから何が始まるのかと遠巻きに集まり出す。
早々に、お互い剣を構えた。慣らし程度に剣を振るえば、この期に及んでまだ剣を合わせようとしないその様子に怒りを覚える。
「いい加減、身体に受けろ!その曲がった性根も少しはマシになるっ!」
剣を合わせずして、何のやり直しか。するとセレスはようやく覚悟を決めたのか、剣を両手で持ち直し、初めて正面に相対した。
「レオ殿!一度だけ!
一度だけ、貴方の剣を受けとめる。
でも、二度は無理だからっ!」
やっとやる気になったか…。遅すぎるくらいだ。
そして一度だけと言うのならば、期待に応えてお前を一撃で沈めてやろう。
そう思い、両手で構えている真正面から、剣をぶち込んだ。
ギンッ!!
重い音が響く。受けとめきったか…。
やがてギリギリギリと刃が鳴り、徐々に重なる剣がセレスに近づいていく。セレスの顔に余裕がなくなった。
押し潰す勢いで更に力を込めると、何故か鳴るほど力が加わっていたハズの剣がスルリと右に流れた。
何!?
二つの剣が共に勢いよく下がり、剣先が土を抉ったその瞬間。視界が塞がれ、花の香りと共に唇に柔らかい感触がした。
え?
首には、ひんやりとした腕が絡み付いている。覆っていた視界が戻り、目が合うとセレスはふわっと笑った。
なっ!?
どう言うことだ?
セレスの表情に目を奪われたその隙に、剣の柄が容赦なく脇腹に入った。
ぐっ!クソッ。陽動作戦か!!
そして思わず片膝を付いた瞬間、とんでもない言葉を聞いた。
「貴方は、そっちの人…だったのですね。」
呟くような小さい声。
……そっちの人!?
唇の柔らかさが生々しく残る。ゾクリとした冷たく細い腕の感触も……。
いや、違う!俺は断じて違う!!
しかし、セレスの唇が 嫌では なかったことに愕然とした。
色仕掛けの陽動…。
「そんなに効いたんですか?」
うわっ!
驚いて顔を上げると何故かそこにはセレスの代わりにイーレが立っていた。
「っ!!ふざけるなっ!男の色仕掛けなど効く訳がないだろうっ!」
あいつの唇に動揺したなど…。そんな馬鹿なこと…。
「へぇ………なるほどね。」
イーレは目を細めて、俺を見下ろした。心を見透かされているような、居心地の悪さを感じる。
「だからっ違うと!男からのキスなど、気持ち悪くて。だっ誰でも驚くだろっ!男の癖にあんな匂いで、柔らかくて……イヤ!…あんなのは男と身と認めんっ!」
そうだ、それだ!男に密着されたことに驚いたのだ。あのフザケタ少年の非常識ぶりに戸惑っただけだ。
「……ふ~ん。柔らかいのが分かるくらい密着したら、良い匂いがして、思わず男に見えなかった?」
なっ!
イーレは何を言っているんだ。確かに花の香りがした。あれは何の花だったか…。優しい花の香りを思い起こすと同時に、あの柔らかい唇を思い出してしまい、込み上げてくる動揺を、拳を固く握ることで抑える。
それを見たイーレが呆れた顔をしてこぼす。
「……セレス殿との関係は、君にとってもいい刺激になると思うよ?」
はぁっ!?
アレとそんな関係になるつもりはない!!
俺は…、俺には…。
「俺に男色の趣味はないっ!!」
あれ以来…、イーレの視線が痛い。事ある毎にわざとらしい溜め息をつき、呆れた目で俺を見てくるのだ。
イーレいわく、俺の真っ直ぐなところは美点だが、己の価値観だけで物事を量り、感情的になり周りが見えなくなるのは欠点であると…。
肉体だけではなく、精神も鍛えろとチクチク言われている。
策を労されたとはいえ、さすがに今回は受け入れざる得ない。約束通り、セレスを団長として認めるのが筋だ。
セレスに言わなければ…『お前を認める』と。なのに、いざセレスを見かけるとあの柔らかい唇を思いだし、身体が固まる。
俺は決して意識してるわけではない!!男と唇を重ねたからと言って、それが一体何だと言うんだ!
日がたつにつれ、更に言い出しにくくなった…。相変わらずイーレの視線が痛い。口では何も言って来ないが、“まだ和解出来ていないのか”と目が言っている。
そうこうしているうちに季節が変わり、春の宴の準備に追われる慌ただしい日々がやってきた。いい加減、セレスとのわだかまりを無くさなければ…。
ラピス殿下の余興にクラウド殿を借りることになったのはチャンスと言えるだろう。これで余興の後、御礼を口実に第二騎士団におもむきセレスとゆっくり話すことが出来る。今までのことを水に流し、新たな関係を築かねば…。
春の宴が始まった。第一騎士団が一年で一番の多忙を究める期間だ。そんな中、突然アゲート統帥に呼び出された。
すわ緊急事態かと思いきや、その話を要約にセレシア様のおもりを自分の代わりにしろと言う事だった。この忙しい時期に、俺である必要があるのかと苛立った。
しかし、それもセレシア様に会うまでのこと。俺は一目で、その美しさと艶やかさに魅了された。
そしてセレシア様に庭に誘われ、まるで花の香りに引き寄せられた虫のようにフラフラと後を付いて行ったのだ。
庭に出るとフラニの香りがより濃くなった。満開に咲き誇るフラニの花々。あぁ、そうだ。あの時セレスからした香りはフラニの花の匂いだ…。
セレシア様と夜の庭を二人だけで歩く。奥のベンチまで来ると、薔薇の芳醇な香りとフラニの甘い匂いが重なり頭がクラクラした。
そして自分がセレシアの婚約者候補だと気付いた時、俺の中でタガが外れた。ただ、ただ、セレシア様が欲しいとそう思った。
気が付くとベンチの上で一人、空を仰いでいる。あれは…フラニの妖精が見せた夢だったのだろうか?
……イヤ、違う。全て現実だ。クラウド殿に見られたこと、そしてセレシア様を連れて行かれた事にバツの悪さと苛立ちを抱えた。