レオ殿 1
本編の続きから漏れた話に、少し付けたしました。
3話くらいになると思います。
不定期更新です。書け次第、16時にUPしていきます。
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(レオナルド)
全てはアゲート統帥の一言から始まった。
「今春の人事には、御前試合の成績が大きな影響を与えるだろうね。」
この言葉を聞いて、血が滾らない男がいるだろうか。剣士たるもの、武を上げてこそ。
平和が続く現在、海の殺し屋と呼ばれた伝説の剣士のように活躍をする機会はない。
王に忠誠を捧げ、武勇を誇っていた御前試合ですら今や形骸化して、まるで庶民の娯楽のようになって来ている。
だからこそアゲート統帥の言葉に、剣士としての誇りを思い出せと言われた気がした。
御前試合の成績に重きをおいた人事をするということは、すなわち、今後 蒼国が武を重用し、兵を育て、国の守りを固めていくということに他ならない。
ならば今こそ、王に己が忠誠心を示し、剣を合わせることで志を確認し合い、国を護る一人の男として互いにこれからの健闘を祈ろうじゃないか。
かつてダクラス将軍の勇姿に憧憬と全幅の信頼を抱いたあの幼き日のように、今度は自分が若い団員達の目標となろう。
御前試合が近づくにつれ、団員達の士気は日に日に上がり、参加者は過去に見ない数となった。
各団の団長・隊長はもちろん、最近実力を付けてきた若い騎士達。そして団に籍こそ置いていないが腕に覚えのある商人らも数多く参加した。
当日出場するための選抜試合は苛烈を極め、今までにない盛り上がりを見せた。将来が楽しみな者も数多おり、中でもディスターと言う青年は群を抜いた良い腕を持っていた。こんな男がまだ隠れているのだから蒼国の未来は明るい。
御前試合本番は『騎士達がいる限り、我が国は如何なる敵にも臆することはない。』という、陛下からの過分なる御言葉をいただき幕を閉じた。
実際、白熱した素晴らしいものであった、あの二人を除いて…。
今まで剣こそ合わせなかったが、毎年 決勝まで上がってくる、華奢で小柄な少年のことは知っていた。小さい身体というハンデを俊敏さという利点にし、無駄のない動きと軽やかな足さばきが目を引く、将来有望な少年だと思っていた。
まさか、あんなフザケタ人間だとは思いもよらなった。その上、忠誠心の欠片も感じられない型を披露していた黒髪の少年と、常に一緒に行動していると知り、なお失望したのは言うまでもない。
なにより許せないのは、そんな人間に負けた己の不甲斐なさだ。
後日、少年が騎士団に謝罪に来るようになる。だが、のらりくらりとした態度がどうしても鼻について、素直に謝罪を受け取れずに今日まで来てしまった。
「……また追い返したの?いい加減許してあげたらどうです?」
後ろからイーレに声をかけられ振り向く。
「……俺とて、明日こそは許そうと思っている。」
バツが悪いところを見られ、そっと剣を納めた。
身体が弱く剣が苦手なイーレだが、それを補い余るほどに権謀術策に優れ、頼りない見た目に反してなかなかに辛辣な性格している。こいつは剣を持たずとも、戦う前に勝ちをとるタイプの人間だ。
強さがモノを言う騎士団において、剣以外で副団長にまでのし上がった異色の存在。
イーレが呆れた顔をして、溜め息をついた。
「はぁ…。許そうって思ってる人間が、何で毎度剣振りかざして、追い回すことになるんでしょうね。」
「…あの、フザケタ態度が気に入らん。」
「謝りに来てるのに?そもそも試合ってのは審判が負けと言えば負けなんですよ。不正をした訳でもなし、あちらが謝る必要なんて本来はないですよね?
なのに何度も足を運んで謝罪に来るのって、君をたててのことなんじゃないの?」
「………。」
「僕からすれば、態度云々より相手の挑発にまんまとのって冷静さを欠いたことをもっと気にして欲しいんだけど?」
「………一度も剣を合わせていないんだ。」
「?」
「御前試合は本来、王に己の忠誠と鍛え上げた腕を見ていただくものだ。それなのに、試合であいつは一度として俺と剣を合わせようとしなかった。試合に負けたことは事実だが、あんなものを認めることは出来ない。」
剣を合わせないで剣士と言えるか。そう呟くと、イーレはやれやれと言わんばかりに肩を竦めたが、それ以上何も言わなかった。
それからもセレスは毎日騎士団に来た。何度追い払っても食らい付いてくるその根性と、俺の剣を恐れない度胸は密かに評価している。
あのフザケタ態度と逃げ癖さえなければ…。
しばらくして、顔を見せない日が何日か続いた。終に諦めたのかと思っていたある日、いつも一緒に来ていた黒髪の少年ではなく、何故か第二騎士団のクラウド殿と共にやってきた。
これは何事だ。
状況を把握するよりも早く、セレスが口を開く。
「これはこれはレオ殿。毎度お出迎え痛み入ります。この度、第二騎士団 団長に就任致しましたので、ご挨拶に参りました。」
相も変わらずフザケタ事を抜かし、これでもかと慇懃に礼をとる姿が鼻につく。
「それは何の冗談だ。お前が第二の団長だと?馬鹿馬鹿しい。」
現団長のギルバード殿は、人柄も実力も申し分なく、騎士団 総団長になるのも時間の問題と目されている。ただその場合、後任が問題で、クラウド殿を団長にしても、その下につける適材がいない。そのため、ギルバード殿を動かすことが今日まで出来なかった。
クラウド殿が団長になったと言うならともかく、コレが団長?話にならない。なのに何故クラウド殿は訂正もせず、こいつの後ろに控えているのか。
「この馬鹿はともかく、クラウド殿まで…どうされた?」
まるで本当にコレの立ち場の方が上と言っているようではないか…。
「新団長就任のご挨拶をしに、共に回っているのですよ。既に各所を回り、こちらが最後です。」
穏やかに紡がれた言葉も、一向に頭に入って来ない。クラウド殿は一体何を言っているんだ?本当にコレが団長になったとでも言うつもりか?
待てよ、もしかしてクラウド殿を団長に上げず、現職に留め実権を任せ、団長にお飾りの人間を置いたと言うことか?
「レオ殿、そんなに熱く見つめられては、溶けてしまいそうです。」
フザケタ事を。
俺がこいつに負けたことで、形だけとはいえコレが各団長を抑え込んで国一番の剣の使い手となった。
―今年の御前試合の成績は人事に反映される。
あの時負けたから、こんなことになったというのか。
とにかく、詳しい話を聞く必要がある。今後、第二騎士団と、どう関わっていくかも考えなければならない。
部屋に迎え、詳しい話を聞くと更に戸惑うことになった。
船団と騎士団の交流?各団の交流を深めて有事に迅速な対応が出来るようはかるなんて、まさに今後の方針として理に適い、願ってもない提案だ。起案者がコレでなければ…。
更に信じられないことに、既に総団長らの許可も、船団の同意も得たと言う。
流石のクラウド殿でも、ここまで早く話をまとめられると思えない。…ということは、認めたくはないが、コレ自身が船団を納得させるだけの何かしらの手段なり、人脈なりを持っているということになるが、やはり信じられない。
「もし、うちが断ったらどうする?」
「別に何も?『あぁ、馬鹿だな』と思うだけですよ。」
セレスのその言葉に血管が切れそうになる。
「お前が気に入らない。」
そう、全てはそこだ。提案された内容に遜色はない。それ以前の話として、剣を持ち 向き合うべき相手を前に、のらりくらりとかわす人間を信用出来ないだけだ。
一度くらい、まともにぶつかって来い。
「……ねぇ?それなら、もう一度あの試合をやり直す?」
セレスの口から意外な言葉が飛び出した。ほぉ、あの汚点とも言える試合をやり直す?面白い。
「……いいだろう。」
もし、もう一度 俺に勝つことが出来たなら、お前を団長として認めてやる。だが…もし負けたら、俺はお前を決して認めない。