ちょび髭トム
読んでくださりありがとうございます。
本編追加(ルークス編)は出来上がるのに相当時間かかりそうです。
せめて、代わりに本編から漏れた部分でお礼小話を作りました。
**********
(ちょび髭のトム)
久し振りの非番。普段は仕事で居ないことが多いせいか、たまに家でくつろいでいると随分と邪魔らしい。
……まぁ、身体もデカいしな。
しょうがないので散歩に出るが、つい街に異常がないかと見渡してしまう。もう、これは職業病のようなものだ。
馴染みの店に入り、軽くつまむものと飲み物を頼み、店の様子を眺めながら椅子に深く腰をかけた。
隣のテーブルの男達は宿泊客のようで、先程着いたばかりなのか、旅装束のまま座って一息ついている。
身なりは特に悪くないが、目付きが少し気になり、注意深く耳をすました。案の定、あまり柄の良くない連中のようだ。
「…おいっ、あそこにずいぶん小綺麗なガキがいる。」
「ん?あぁ。あれは商隊についてるガキだ。あれで意外と腕がたつから、お前下手にからかうなよ?痛い目みるぞ。」
「へぇ?あれでか?二人とも殴ったらぶっ飛びそうなチビじゃねぇか。」
「ははっ!なら、やってみろよ。ぶっ飛ぶのはお前だぜ。」
「……あ゛?お前、本気で言ってんのか?
……………。
まぁあいい。で?隣のちっちぇのは弟か?あっちも女みてぇなツラしてやがる。」
「さぁな?そこまで知らねぇよ。」
男達の視線の先に目をやれば、まだ14歳くらいの黒髪の少年と10歳くらいの子供が揚げ団子を食べていた。
二人はずいぶんと“仲がいい”ようで、少年が子供の頬をツネリながら団子の皿を奪い、子供は少年の顔に空き皿を押し付けながら、団子を急いで頬ばる。
その様子はまさに兄弟喧嘩そのもので微笑ましくもあるが、いかんせんヒートアップしてきたのか周りを巻き込み始めた。
やれやれ…。今日は非番なんだがな…。
休みと言えど見逃せないのは、やはりこれも職業病なのか…。
「こらっ!やめんかっ!!」
少年達のテーブルまで行き、二人の頭をそれぞれ鷲掴みにすると、指に力を入れて押さえる。
「いだだだだだっ」
「離せ!」
涙目になりながら此方を見上げ、少年らが叫ぶ。
「わっ、何?その髭!短っ。」
「お前、バッカだなぁ。髭が鼻の下にだけ生えるわけねぇだろ。アレは鼻毛だ。」
「マジ?あれ鼻毛!?ボーボーじゃん!おっさん、鼻毛は切りなよ。」
「いでっ!」
「ぎゃ!」
一発ずつ拳骨を入れたのは決して暴力ではない。これは悪童に対する正当な躾だ。
そのまま少年達のテーブルに一緒に座ると、こんこんと説教をしてやった。始めは大人しく聞いていた二人だが、やがて集中力が切れたのか小さい方がトイレに行きたいと席を離れる。
隣でずっと俯いていた少年がごく自然に後をついて行こうとするので、話はまだ終わってないと肩を掴み押さえた。渋々座り直した少年は少し顔を上げると、ほんの一瞬だが先程の男達を見てすぐに何くわぬ顔をする。
……まさか。
「お前……もしかして喧嘩はわざとか?」
その声に、少年は先ほどまでの子供らしさとはうって変わった狡猾さでニヤッと笑った。
「……狙いはなんだ。」
声を抑え尋ねると、ただの用心だと答える。…確かに色々な意味で子供は狙われやすい。ましてや、あっちのチビのように見目の良い子供であるなら尚更。
敏感に雰囲気を読み取り、大衆の目を自分達に集めることで、あの男達を牽制しようとしたらしい。何か事がおこる前に…。
少年達の行動が正しいかどうか分からないが、実際に見ていられず俺が動いた。俺がいなかったとしても、あれだけ騒いでいれば、いずれここの店主が出てきただろう。そうやって周りにかまって貰う事で、味方がいることをアピールすれば、そうそう無体なことをされる事はないだろう。
「チビの方も分かっててやったのか?」
「さぁ?そんなことワザワザ聞いたことねぇよ。」
つまり、ごく自然にやってるって訳か…。
「商隊にいるようだが、親は?」
「いない。」
少年はそんなこと何でもないとばかりに肩を竦める。
「そうか…。何か困ったことがあったら第二騎士団まで相談に来い。」
最近では少なくなったといっても、孤児は珍しいものでもない。仕事もあるようだし、問題は無いだろうが念のためそう伝えると、少年は嬉しそうに笑う。
「ありがとさん。じゃあ、早速1ついい?」
「何だ。」
「あいつ、小さいし見た目も悪くないからさ、出来るだけ俺と一緒にしといてくんない?あいつ、目を話すとろくなことねぇんだよ。ほらっ。」
そう言うと、少年は視線を店の外に向けた。そこにはさっきトイレに行ったはずの子供が何故か向かいの店で大柄な男と対峙している。
様子から察するに、向かいの店にいた年頃の娘にしつこく声をかけていた男を、あのチビが諌めたようだ。
……たかが10歳程度のガキが破落戸に正義感を振りかざせば、揉めるのは明白だ。今にも男がチビに掴みかかりそうだ。
「ちっ。」
少年は舌打ちすると立ち上がり、一旦こちらを向いて『穏便に済ませるから心配するな』などと言って足早に向かう。
お前もガキだろうが。
まぁ、いざとなったら自分が出て行けばいいと眺めていれば、少年は子供を庇うように立つと、迷わず此方を真っ直ぐに指差した。
……………。
おいっ。
大口叩いておいて、それか。しょうがなく投げやりながらも手を降ってやれば、大柄の男は苦い顔をしつつも、取りあえずはこの場を収めることにしたようだ。少年をひとしきり睨んでから、踵を返して歩き出したが…ん?
少年の手元が光り、短剣を仕舞ったのが見えた。あいつは一体何をした?
疑問に思うと同時に、大男の下履きが足首まで落ちる。
……………ベルト、切ったのか。
大男は真っ赤な顔で、慌てて履きなおすと振り返り、舌を出す少年達に罵声を浴びせる。
走って逃げる少年達に、腰を押さえて追いかける大男。
少年達は遠くから俺に向かって親指を上げ、ウインクをして去っていった。
…………………。
呆気に取られていると、ちょうど見回りに来たのか、うちの三番隊の部下が入団したばかりの見習いと一緒にやってきた。
「隊長、お気になさらず。いつものことです。」
見てたのか…。
「確かにとんでもない悪ガキだがな…。この後あの男に袋叩きにされるかと思うと、あまり気分のいいもんじゃない。」
まぁ、多少は痛い目にあった方が今後のためかもしれんが。すると、見習いのライアンとか言う少年が眉を寄せて申し訳なさそうに口を開く。
「お恥ずかしながら、あの二人は私の友人です。友人として申しあげますが……、二人でしたら大丈夫です。アルもセレスも街をよく知っていますので逃げ切れるでしょうし。万が一捕まったとしても、二人とも腕がたつので自分で切り抜けられるでしょう。」
そう言えばさっきそんなことも聞いたな…。しかし腕がたつねぇ。けっして二人とも強そうには見えないのに、大の大人を前にして怯むことのない様子は、負けない自信が根底にあるのかもしれない。
「はぁ…。とんでもないガキだな。」
けれど、どんなに腕に自信があろうともガキはガキなんだ。今度会ったら、もう少しその辺りをあの二人に説教してやる必要がありそうだ。
部下が店を出るのと一緒に今日はもう帰ろうと、金を払って店を出ようとすれば、何故か店主に引き留められた。
ん?
店主は少年達が食べた皿を指さし、俺をジットリと睨む。
「まさかっ、アイツら金払ってねぇのか!?」
まさか、さっきのウインクはコレか!?
な…何て、クソガキだ!!
この瞬間、セレスとアルに耐久レース並みの説教が決まったことを、当の二人はまだ知らない。