唇と指先
僕の唇はね
言葉を発することを恐れているんだ
それはね
僕の神経が過敏なほどに相手を観察してしまうから
彼らの瞳が語る言葉
しぐさが発する信号
纏う雰囲気…
神経が悲鳴をあげるほど
感覚が狂いそうになるほど
僕の唇は重く
言葉は何度も何度も選択しなおされ
ようやく外へ出て行く
目の前の相手のために
けれど
僕の指先は誰も優先しない
言葉たちが誰かの声に呼ばれているから
ここから出して
あの人のところへ行かせてと言うから
僕は指先から送り出すだけ
最悪の醜さも冷徹な残酷さも修復不可能な破滅さえも
誰かを深く傷つけるかもしれない言葉であると知っていても
深い愛も暖かい優しさも輝くような希望といえども
誰の役にも立てないかもしれない言葉であると知っていても
この子たちを呼ぶ声を知っているのは
この子たちだけだから
僕は指先から送り出す
この子たちは知っているんだ
呼ぶ声の主を
そしてそこにたどり着いて種として根をはることが
難しいことも
たとえ種にならず
塵芥となり捨てられても
嫌悪と侮蔑で切り刻まれたとしても
無視されても
それでも一度聞いた声のために
僕から離れて飛んでいくことを望むから
僕の指先はこの子たちを文字にする
僕はこの子たちの行く末を見届けることはない
無責任だという人もいるだろう
いい加減だと思う人もいるだろう
つまらないと感じる人もいるだろう
僕は文字となったこの子たちを見て
何をいわれてもそれでいいと思う
僕は歪んだ鏡のように矛盾して臆病で不安定な普通の人間だから
僕にとってこの子たちはたくさんの物語から受け取った
愛しい愛しい存在であることが
僕にとっての真実
だから指先からあふれ出ていくことを止めない
愛しているから手放す
愛しいから密やかに願いをこめて
いってらっしゃいと
僕はつぶやく