『キーボ君』という仕事
俺のキーボ君としての活動は、商店街のイベントだけでなく、平日不定期な時刻に出現させて盛り上げていく事になった。
不定期と決めたのは、時間をシッカリ決めてしまうと、俺が日常の仕事に差し障りが出てはいけないのという配慮と、いつ登場するか分からない所が妖精らしいという理由からである。
やるからには、キッチリして皆さんの期待に応えたい。
そしてキーボ君という存在と向き合うことにする。彼? 彼女? やはり『君』と言うかには男の子だろう。夢と希望の妖精で人間と友達になるためにやってきた心優しい妖精。といった事を含めて、キーボ君はゆっくりとした動きの穏やかなマスコットにする事にした。〇ズミーランドのキャストのようにダンスするなど軽快な動きを見せるなんて最初から俺には無理な事もある。それに前回の事考えると死角関係なく子供がいる事も多いからゆっくりと動く方が安全だからだ。
イメージとしては杜さんのように、無口で一見怖そうだけど優しく温かい存在。そして少しでも子供達に夢と希望を与えるマスコットとして頑張ろうと心に誓う。
熱中症対策としては、澄さんが買ってきてくれた頭に巻くタイプのアイスノンをキンキンに冷えた状態で頭に巻き、冷えピタはキーボ君のポケットに常備しておく。前回はトイレが大変そうだからと少し控えめにしてしまったところがあるので、今度はちゃんと水分はとる事を心がける事にする。もう皆さんにあんな心配はかけたくない。
澄さんに『行ってきます』と挨拶してエレベーターに乗り、また失敗して一階のボタンを押すつもりが二階のボタンも同時に押してしまい、二階の到着時に受付の所にいた整骨院の林先生と目が合ってしまう。目を丸くしている林先生にお辞儀して挨拶をしておいた。林先生は呆然とした顔のまま挨拶を返してくれた所で扉が閉まった。
今回は子供に突進されてこないように、そっと周囲を見渡してからメイン通りにさりげなさを装ってそっとメイン通りに踏み出した。
先日のお披露目に加え、予め商店街中に張り出された掲示物などにも細かくキーボ君を登場させてあることもあり、この商店街においての認知度は低くなく歩くと『キーボ君!』と声をかけてくれる人がいる。俺はゆっくりと身体を揺らしながら、道行く人に向かって手を上げ挨拶しながら歩く。『神神飯店』の玉爾さんが態々外に表に出て『ユキクン、頑張って~』と手を振ってくる。
今は『キーボ君』なんだけどな~と思いながらお辞儀を返した。そして、張り切って『キーボ君』として商店街中央広場方面へと歩き出した。
普通、マスコットにはアテンダーが付き、その人が視野の狭いマスコットの代わりに周囲に目を配り、乱暴する子供の行動を諌めて止めて、喋られないマスコットの言葉を代弁する。しかし、このキーボ君にはそんな存在は居ない。それで大丈夫か? と思われそうだけどこの希望が丘商店街で行動する分にはまったく問題はないようだ。
キーボ君がそこまで子供が熱く寄ってくるマスコットでないのでモミクチャにされるという事態にまでならない事と、キーボ君をバンバンと激しく叩いたり蹴飛ばそうとしたりしている子供がいようものならば、商店街の誰かが飛んでやってきてその子供を叱ってくれる。
「おい! ガキども! コイツはなぁ! とぉっても繊細で身体も弱いんだぜ! 乱暴しようものなら俺が許さないぞ!」
篠宮酒店の店長の燗さんは率先して俺の事を守ってくれる。
そういった事は感謝しているのだが、初日の熱中症が皆さんの心に強く印象が残ったらしく俺は『か弱い』人間と思われてしまったようだ。気が付けば『人に優しいマスコット』が『身体がか弱い皆で優しく見守ってもらうマスコット』になっていた。
歩いていると、雪さんがキーボ君の額に手を当て熱がないか確かめてくる。『もうアイスノンぬるくなってない? 替えの用意あるわよ!』と籐子女将が気にかけ、喫茶トムトムの紬さんが『はい~! キーボ君休ませてあげましょうね~』と喫茶店の一番涼しいテーブルに連れていってくれて冷たい飲み物を出してくれる。流石に毎回ご馳走になるのが申し訳なくなって、珈琲チケットを購入しキーボ君が喫茶トムトムでお茶する時はそのチケットを自動で切ってもらうことにした。
また『お腹空いたでしょ! コレでも食べて』と盛繁ミートの紅葉さんが後ろのチャックを勝手に開け差し入れを入れてきてくれたのをきっかけに、商店街の人によるキーボ君への差し入れというのが一般化してしまった。皆さんの純粋な好意のその行動に、俺は断る事も出来ずお辞儀して感謝の気持ちでそれを頂き、人間に戻った時に改めてお礼に伺うようにしている。
マスコットとしてチャックを開け飲み物や食べ物を受け取るのはどうかと思うのだが、商店街の大人は俺が頑張っているキーボ君として見ていて、素直な子供からは背中で様々なモノを出し入れする生物として認識され、希望が丘駅前商店街の一部として定着していった。最近では、キーボ君への差し入れだけではなく、澄さんへの贈り物も受け取るようになり、キーボ君の内側のフックがまさかの大活躍をする事態となっている。
キーボ君として活動している時にそのように商店街の方との関わる事も増え、キーボ君でなくても商店街の人と会ったら色々会話を交わすようになり、気が付けば前よりも人と話をするのが嫌ではなくなっていた。
そして、初めは仕方がなくやっていた『キーボ君』という仕事? がどうしようもなく愛おしく楽しく感じている俺がいた。俺は能天気にキーボ君と黒猫の東名透という商店街の人公認の二重生活を二か月チョットの程の間嬉々として行う事になる。キーボ君に対する皆からの愛情を、俺への好意と勘違いした結果。だって人生でここまで周囲に認められ喜ばれた事がなかったから、俺は舞い上がってしまったのだ。
四月になりそんな浮かれながら桜祭りの舞台でキーボ君の仕事をしていると、そこで驚くモノと遭遇する事になる。舞台の上に、何故かもう一体のキーボ君がいた。その状況に俺はただ呆然とする。