心は求めて
十二月は黒猫としても商店街としてもイベント多く忙しい。それに加え年末編成と言うことで、締切りが早まって杜さんも執筆の仕事で手が離せなくなり、手が足りないので、冬休みに入った小野くんに早めに来てもらい手伝ってもらうことにした。小野くんは凛の引越しの手伝いまでさせてしまい、本当に頭が下がる思いである。小野くんはクセのあるjazz奏者からも気に入られ可愛がれ、あの凛にも懐かれそれに笑顔で応えている所から、かなり大物であることを感じる。
忙しいとはいえ、仕事が楽しいからそれはいいのが、凛の帰国により引越しの手伝いで土曜日が丸一日潰れ、璃青さんとゆっくりも出来ていない。お隣さんという距離なので、朝の掃除の時や、顔を合わす事は出来るからまだ良いのだが、こういう意味で飢餓感を感じる日が来るなんて思わなかった。以前は杜さんの澄さんに対する激しすぎる愛情に時折ひく事もあったが、なんかその気持ちが少し分かる気がした。
夫婦になれば、そんな飢餓感も覚える事なく璃青さんと穏やかに過ごす事出来るのだろうか?
俺はパソコンから目を離し溜息をつく。集中力が切れてしまったので珈琲を煎れで気分転換をすることにする。粉をセットしてお湯をゆっくり落としていく。部屋に珈琲のアロマが広がり、ドリッパーの中の珈琲豆が膨らんでいく様子を見守っていると少し落ち着いてくる。書斎に戻り机に座る。
十二月と言うとクリスマス。しかし今の俺を悩ませるのは恋人とロマンチックな聖夜を如何に過ごすか? と言うことではなく仕事の事。こういう仕事している流石に素敵なレストランを予約してディナーを楽しみなんて事は出来るはずもない。逆にそういうカップルを楽しませて素敵なクリスマスを過ごしてもらう事を考えないといけない。
璃青さんも、十二月前に入る前から、クリスマス向け商品の製作や正月向けの書品など企画し、お店の飾りつけなどして頑張っていた。それが客商売の辛い所である。
jazzアーチストや学生バンドの人達とのスケジュールの調整や、商店街関連のイベント業務及びキーボくん出動、食材の確保など仕事は山積みである。オマケに資格試験の準備もある。仕事は楽しいけれど……璃青さんが足りない。キスして抱きしめて……と考えて恥ずかしくなり頭を振る。
目の端に紙小さな手提げ袋が目に入る。思わず頬が緩んでしまう。璃青へのクリスマスプレゼント。
先日都心にソムリエ講習に行った時に偶然見つけた小さなアクセサリーショップそこで見つけた可愛らしいリング。小さな誕生石がさり気なく入っていて流線型のデザインはなんとも可憐だった。といっても甘すぎなく男性でもつけられるシンプルなデザインの二つのリングを合わせると裏側にハートも模様が現れる。見ているだけでドキドキしてしまった。そのまま衝動的にお店に入り買ってしまった。
璃青さん喜んでくれるだろうか? 彼女の細く綺麗な指にも似合うと思うが、他のアクセサリーではなく指輪を贈るという事にドキドキするものを感じてしまう。その事で璃青さんひかないだろうか? アクセサリーを制作している人にアクセサリー贈るって良いのだろうか? 気を悪くしないだろうか? という思いが過ぎったりして更に落ち着かなくなってくる。ため息をつきマグカップ持ったままベランダに出る。手摺に持たれ少し下を覗くと隣の窓が見え、そこから漏れるカーテン越しの光を見てなんかホッとする。
同時に十二時超えているのに煌々と明るい部屋に心配になる。思ったよりも売れて在庫が危ないと言っていたクリスマスイメージのアクセサリーを作っているのかもしれない。俺はポケットから携帯電話を取り出す。
【今晩は。 璃青さんまだ、起きていますか?
俺は今珈琲煎れて一休みしています。
頑張るのは良いですが、根詰めて頑張り過ぎないで下さいね。時々休憩も大事ですよ】
そうメールを送ってから、なんかちょっと偉そうな感じになってしまったかな? しかも起きている事決定な内容が怪しい……と反省する。携帯電話が震え、メールの着信を伝える。ディスプレイの表示は【璃青さん】。
直ぐにボタンを操作する。
【はい、今アクセサリーを作っていました。でも大丈夫ですよ、もうお風呂に入って寝るところですから。
ユキくんこそ、こんな遅くに珈琲なんて、まだお仕事する気とか? 程々にして眠って下さいよ! 目の下クマ作ってお客様の前に立つなんて事ダメですよ!】
逆に叱られてしまったようだ。なんかその言葉が嬉しくて笑ってしまう。文章が璃青さんの声で心に入ってくる。元気も出てきた。もうすこし仕事も頑張れそうだ。
【はい、気をつけます。
璃青さん、夜は寒いので暖かくして眠って下さいね。
おやすみなさい。良い夢を】
メールではそう答えて、もうひと頑張りする事にした。
黒猫のクリスマスライブには、璃青さんも来てくれた。いささか恋人と過ごすクリスマスとは違うものの、白の大人っぽいワンピースでいつもよりもフォーマルな姿の為にカワイイと言うより美しく感じた。
もう璃青さんの定位置となりつつあるカウンターのその場所に彼女がいるだけで、俺の気持ちは昂揚し身体も疲れを忘れ元気になるような気がする。恋をしているって素敵な状況なのだと改めて実感する。
璃青さんは途中でやってきた凜と飲んでいるようで、彼女の楽しそうな笑い声が俺の耳に心地よく響いた。
セミプロのジャズアーチストによるライブを終え彼女が会計して去る時に、指で上を指して頷きあい退店する。
『仕事終わったら俺の部屋で会おう』の合図。こういう秘密のサインで通じ合う事もなんか楽しい。
都内でのライブの仕事を終えたギタリストRYOさん、サードラインのベーシスト神津さんとサックスの宮辺さんも駆けつけてきて、ライブを終えたアーチストらと交えての即興セッションが始まり、クリスマスの夜はよりジャジーに深まっていく。心地よい音楽にお酒もすすむのかお店は再びホットな空間となる。凜が急遽手伝ってくれたので、俺はカウンターに入りカクテル作りや料理の方を手伝う事にした。
今まで聞いていたJazzのメロディーを鼻歌で歌いながら、俺は六階の自分の部屋に戻る。
ホットなサウンドと楽しく仕事をしたことの達成感で気持ちがとてつもなく良い。制服を脱ぎシャワーを浴びると疲れと汗がお湯に流れていくように気持ち良い、室内着に着替え髪の毛を拭いていると、遠慮がちなチャイムの音が聞こえる。その音だけでも璃青さんだと分かる。玄関をあけると璃青さんの丸い目が俺を見上げてくる。
「……ごめんなさい。疲れてるみたいのに来ちゃって良かったのかな」
オズオズといった様子で璃青さんは俺に話しかけてくる。俺はその言葉に首を傾げてしまう。
「え、どうして“ごめんなさい”なんですか?」
璃青さんは俺を気遣うように見詰めてから俯く。
「だって、ホントの所、たまにはゆっくり身体を休めて欲しいな、って思ってたし……。ずっと忙しかったでしょ?町内の仕事もあったし」
なんかそうやって気遣われて心配されている事にくすぐったいような嬉しさがこみ上げる。璃青さんが愛しくてその頬に手をやりその温かさ滑らかな手触りが心地よい。
「だからこそ璃青さんに会いたくてたまらなかったです。ゆっくり会うことも出来なかったからこうして感じたかった……。璃青さんをより求めてしまう」
そう言いながら抱きしめながら来てくれた事にお礼を言う。玄関に立ったままという訳にもいかないので、俺は璃青さんをリビングに誘う。隣とはいえ寒い中やってきた璃青さんの為に珈琲を淹れる。
珈琲を嬉しそうに受け取って一口飲んでから、テーブルに置き、璃青さんは隣に座る俺の方を見上げてくる。
「えっと、わたしからは、これ。もし好きなブランドとかあったりしたら逆に申し訳ないんだけど……」
そういって手渡される青い紙袋。空けてみるとシンプルでいながら上品なデザインの腕時計が出てきた。その腕時計の秒針の動きに合わせて、俺の鼓動がトクリトクリと動いていく気がした。箱から出し手にとり金属の冷たい感触に触れると悦びがさらにこみ上げてくる。
「ありがとうございます! これを付けていると、時間が経つことも楽しい事になりそうです」
ジッと俺を見つめている璃青さんを見て、俺は思い出す。璃青さんと会えた事が嬉しすぎて忘れていた俺からのクリスマスプレゼントの事を。
璃青さんは包みを受け取り、箱を開けて目を見開く。そのまま固まる。その表情に俺は少し慌ててしまう。
「すいません、重いですよね。こういうのは……」
俺がそういうと、璃青さんは慌てたように顔を横にふり俺を見上げてくる。潤んだ瞳で。………お揃い?透くんと、わたし……?嘘みたい、どうしよう、すごく嬉しい……。こんなに素敵なもの、わたしが受け取っていいのかな………」
喜んでいることが分かった事で、俺の中のハラハラはドキドキに変わる。
「璃青さんだからこそ、ですよ。……嵌めてみてもいいですか?」
情けない事に、少し声が上ずっているのを感じる。そう言いながらもう璃青さんの左手を手にとっていた。
「サイズが分からなかったので……。一般的なサイズですけど、どうかな」
璃青さんの薬指に指輪をはめていると、余計に心がドキドキしてくる。
「………うん、大丈夫みたい。ありがとう。……でも、本当にわたしが貰ってもいいの?」
指環の嵌った指を胸に抱くようにして、璃青さんはまたそんな事を言ってくるので俺は璃青さんしか上げたい人いないと言って頷く。
「今までペアリングなんて興味なかったけど、なんか嬉しいものですね。いつも繋がっているみたいで」
そして、左薬指に指輪をはめてからある事に気が付き俺は、璃青さんの左手を大事な宝物のように両手で包み込む。
「……あの……コチラはあくまでも予約というか……クリスマスのプレゼントです。そしてその時は……俺がちゃんと一人前になったら、その時はまた改めてきちんとしたものを贈ります。ーーーあ、あと、これ。ここの鍵なんですけど、璃青さんも持っていて下さい。俺の仕事の都合上お待たせしてしまう事も多いので」
ポケットにあらかじめ入れておいた合鍵を出し、その手に握らせる。段取り滅茶苦茶で自分でみっともない程、必死でテンパっている事に気が付き恥ずかしくなる。しかし璃青さんはそんな俺に幻滅した様子もなく、逆に顔を赤らめて受け取った合鍵を見つめている。
「……これじゃわたしばっかり貰いすぎだわ……」
璃青さんは視線を俺、指環、鍵と動かし最後にテーブルの上にあるもう箱に残った一つの指輪へと動かしハッとした顔になる。
「透くんにも嵌めさせて。私から」
その言葉に鼓動が一段階大きく気がした。璃青さんの小さくカワイイ手が俺の手を取り、俺の薬指にお揃いの指輪が嵌めてくる。指輪が嵌った瞬間、俺の心の中で何かが繋がった音がした気がした。俺の鼓動が早くなり、心と身体が熱くなる。璃青さんが愛しくてたまらなくて抱きしめてキスをした。そのまま止まらなくて、頬、首へとキスを移動させていく。
「え、ち、ちょっと待って……!」
璃青さんが真っ赤になって、離れようとする。
「シャワーですか?俺は全然構わないんですが、仕方ないですね」
俺がそういうと、璃青さん少し困ったような顔で首を傾げる。なんか悩んでいるようだか、俺の目を真っすぐ見上げてから小さい声でシャワー浴びてくる。といって腕の中から離れていった。俺は若干の寂しさを感じながら、一人ソファーで溜息をつく。浴室から感じる璃青さんの気配を俺の心はまだ追っている。カランを回す音、そして流れる水の音を聞きながら俺は、璃青さんが近くにいるという喜びに浸りながらソファーに身を委ね目を閉じた。
良い香りのする心地よい温かさを抱きながら目を覚まし、俺はハッとした。昨晩のソファーからお記憶がまったくない。腕の中で眠る璃青さんの瞳が開かれる。その目は怒っている様子はなく俺に気が付き微笑んでくる。
「透くん、おはよう」
璃青さんの柔らかい声が耳に響く。
「璃青さん、俺寝ちゃってた?」
恐る恐る聞くと、璃青さんはフフフと笑う。
「ふふ、うん。ここまで運ぶの大変だったよ」
俺は思わず起き上がる。小柄の璃青さんが俺を運ぶなんてどう考えても難しい。そりゃ大変だろう。
「起こしてくれたらよかったのに」
璃青さんの手が伸ばされて俺の頭を撫でる。
「でも相当疲れてたみたいだし、それはわたしも、ね。だから一緒に寝ちゃった。ごめんなさい、わたしが帰った方が良く眠れるかと思ったんだけど、たまにはこういうのもいいかな、って」
そう優しく言われると、情けない気持ちになってくる。やはり璃青さんは大人で俺は子供に思える。しかし俺を嬉しそうに見つめる璃青さんの顔見ていると、情けなさよりこうして一緒にいることの悦びの方が勝ってくる。愛しくて、可愛くて思わず抱き寄せキスをしてしまう。
『ユキちゃん、璃青ちゃん、朝食できているわよ! 皆さんもお待ちなので降りていらっしゃい』
さらにキスをしようとしている時に、室内インターホンから澄さんの声が聞こえる。今日はjazzプレイヤーの皆さんが下で泊まっている事を思い出す。澄さんの声に璃青さんは真っ赤になって慌てている。
「え、私までいいの? そんな皆さんとご一緒に朝食なんて」
「大丈夫だよ、澄さんと杜さんはもう俺達の交際を知っているし、Jazzプレイヤーの皆さんは気さくで細かい事を気にしない人だから」
不安げに見上げる璃青さんに俺は『大丈夫だから』と笑いかける。璃青さんは小さく深呼吸して覚悟を決めたという様子でコクリと頷いた。
と言ったもののRYOさんは俺達二人が一緒に現れたのを見てニヤリと楽しそうに笑ってくる。
「透くんも男だったんだねぇ。クリスマスにこんな可愛い彼女と熱い夜って」
嬉しそうにそう話しかけてくるのに、朝の挨拶を返しそらそうとするが皆のニヤニャした視線が恥ずかしい。明け方まで飲んでいたままのノリでいるから困ったものである。璃青さんも真っ赤になりながら挨拶をして、澄さんに手伝いを勝って出て会話から逃げる。
必至に誤魔化していると小野くんの隣に座っていた凜がハッとした顔をして立ち上がる。
「まさか、透まだやってないなんて事ないわよね! そんなヘタレだったなんて!」
トンデモナイ事を凜は言ってくる。俺が『そんな訳ないだろ!』と言い返そうつぃたら
「そんな事ないです!透さんはいつも凄いですよ!それはもう、本当に。ただ昨日は疲れていただけで……」
代わりに璃青さんが必死に答えてしまう。皆の視線が璃青さんと俺を往復してきて俺は恥ずかしくて溜まらない。
「何? 昨晩はたたなかったの?」
凜、頼むからその話題から話逸らしてくれと、願いを込めて視線で訴える。
「いえ、疲れていたので眠っちゃっただけです」
凜の質問に真面目に答える璃青さん。皆の生暖かい目が今の俺に辛い。しかも『いつもはスゴイって……』と呟く神津さんお声に余計に恥ずかしさが増す。
「璃青さん、もういいから」
俺は一番この話題を止めてくれそうな璃青さんにそう声をかけた。
「まあ、あと三日したら店も休みに入る。その頃には疲れも取れているだろうし時間もたっぷりある。思う存分二人で楽しんでくれ! まる一日でも」
杜さんの人の悪い笑みで、そう言われて、俺はもう顔を赤くして黙ったまま朝食を食べるしかなかった。
たかはし葵さまの【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】にて璃青さん視点の話が同時刻に公開されえいます。
ご興味のある方は、そちらも併せてお楽しみください。




