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走れキーボくん

 俺は今の商店街を全力疾走している。キーボくんの姿で。

 道行く人が呆気に取られているけど構う心の余裕はなかった。根小山ビルヂングが見えてきて目的地はすぐだけど、慣性の法則でキーボくんの身体は止まらず。ズザーと横滑り。

 スリップして一旦Blue Mallowの前を滑って通り過ぎたものの、俺は直ぐ折返して店に突入する。この格好にしてはかなり機敏な動作が出来たと思う。

 そしてそのままBlue Mallowに突入しようとしたが入れなかった。

 店の入口は。キーボくんが通るには狭かった。中に入れずかといって出ることも出来ず詰まる。だから俺はドアに挟まったままは叫ぶ。璃青さんの名前を……。


 そもそも俺がキーボくんのまま商店街全力疾走する羽目になったのは、昨晩俺の姉が黒猫に来た事にある。

 璃青さんと別れて黒猫への階段を降りようとしたら、学生バンドの四人が店を出て登ってくるところだった。何故か俺の顔を見て少し顔を強張らせる。

「お疲れさま! 気を付けて帰ってね」

 そう声かけると、不自然に作った笑顔でお辞儀してそそくさと帰っていってしまった。俺は首を傾げ黒猫の扉を開けると、なんか変な空気が出来上がっていた。もうお客様ははけたようでいるのは杜さん澄さん小野くんそして凜。入ってきた俺に中にいた四人の視線が集まる。

「すいませんでし――」

「透!」

 仕事中に出てしまった事を謝ろうとしたら凜が遮って俺に声かけてくる。すっかり座った目をみて俺はため息をつく。

「凛、また飲み過ぎてるだろ!」

「そんなことどうでも良いの!

 あんたまた、つまらない女に引っかかって」

 その言葉に俺は固まる。『つまらない女?』って璃青さんの事言ってる? そういえば凜はいつも俺の彼女に何かと文句いっていた事を思い出す。そして今まで俺が彼女と別れた理由の殆ど、いや全てが凜だった事を思い出す。何かと口を出してきて、彼女に絡む。しまいには俺そっちのけで姉と彼女が大喧嘩して別れてきた。

「凛は、いつもそうだな。ただ文句付けたいだけだろ! そうやって俺に関わる事全てにイチャモンつけてくるの止めてくれない?」

「まあまあ、二人とも」

 澄さんのなだめる声がするが、凜はそれを無視して俺をキッと睨みつける。 

「ちっ、違うわよ! 貴方が心配なだけ。透は優しいから馬鹿女にも同情してすぐ引っかかるから! その今の彼女にも『過去にこんな悲しい事あったんです~』とか打ち明けられて絆されて捕まったんじゃないの! 年上女の甘えた言葉に」

 その言葉に怒りが込み上げてくるのを感じる。視界が熱をもってブレたようにみえた。

 璃青さんの事何も知らない癖に何故そんな事言える?

 しかも年上だけという事で何故そこまで言われなければいけない? 

 先ほどの璃青さんの泣き顔も頭の中で蘇る。今までの彼女だったら凜に理不尽な事言われてもキレて怒鳴り返すだけの強さがあったけど、璃青さんは? 多分、何も言い返せずショックを受けたてただ傷付くだけである。そんな事させない!

「一度も会ったことも話した事もない相手でも、よくそう勝手言ってこれるよね。

 でも凛、璃青さんの悪口は許さない。あと、彼女を傷付けるような事言ってみろ! 凛だって承知しないから」

 これ以上璃青さんの悪口なんて聞きたくなかった。それに凜から璃青さんを守らなければいけない。俺が不甲斐ないばかりに苦しんでいる璃青さんを、これ以上傷つけるのだけ避けたかった。それでいつになく感情的な声でそう凜に返していた。すると何か言い返してくるとおもった凜が何故か驚いたように俺を見つめている。何故か怯えたように澄さんの方を見る。

「凛ちゃん、疲れたでしょ? 先に部屋に行って休む? 私達まだ時間かかりそうだから先にシャワーでも浴びてきたらいいわ」

 そう澄さんに声をかけられ、凜の瞳からポロリと涙が流れ俺は固まってしまう。勝気でどんなことでも度胸で乗り越えてきた逞しい凜が泣くのなんて初めて見たから。え? 俺って、そんな泣かせるような事までは言ったつもりはない。

「凛ちゃん少し飲み過ぎて感情高まったみたいね、透くんも大丈夫よ、凜ちゃんそんな弱い子じゃないこと分かっているでしょ? 

 それよりも透ちゃん看板さげてきてくれる?」

 まあ、凜は酒がかなり入っているのは見ていて分かった。でも絡んで来ることはしょっちゅうでも泣くなんて、俺は戸惑うしかなかった。

 凜はそんな俺に『なによ! 泣いてないわよ!』と声出さず唇だけで訴える。その表情がいつもの凜ではある事に少しホッとして看板を下げに行くことにした。

 黒猫に戻る途中、エレベーターが四階へと移動するのが見えた。黒猫に行くとやはり凜と澄さんはいなかった。

 残っていた杜さんと、小野くんに謝ると二人は笑って顔を横に振る。

「相変わらず仲良い姉弟だな」

 杜さんの言葉に苦笑する。そして閉店作業を済ませ四階に様子見に行くと、凜はもう客室で呑気に寝てしまっていて、俺は溜息をついてしまう。なんか凜は悩みとかあってだから感情が乱れていたのではないと心配して、損した気分になる。


 そして朝、凜に叩き起こされる。身体を跨ってじゃれるように叩いてくる。

「エッグベネディクト作りなさいよ」

 早速の命令。でもその凜らしい感じに笑ってしまう。

「凜。昨晩はーー」

「私はお腹空いてるの! 日本に帰ってからまともなもの全く食べてないから!」

 昨晩、彼女は黒猫で色々食べていたと思うのだが、あえてツッコまないでおく。

 若干面倒な朝食を作らせて自分が食べる事で昨晩の事流そうとしているのが分かったから。

「マフィンとかないよ」

「大丈夫! 根小山キッチンの冷蔵庫には食材豊富に揃ってたから♪」

 明るく笑う凜の様子にすっかり俺は気を抜いていた。

 そして四階のキッチンの前のカウンターの所にニコニコと杜さんと会話を楽しむ凜を、見ながら澄さんと朝食を作り楽しむという平和な朝を迎えた筈だった。

 町内会の仕事あるからと俺は六階に戻り、キーボくんに着がえ小学校に向かった。そして自転車での交通安全の仕事を警察のマスコットと共にこなしている時に。キーボくん内のポケットの携帯が着信した。ディスプレイには小野くんの名前。しかし子供達を前に交通安全を説くお巡りさんの話を聞きながらフンフン頷いている仕草をしている時に出れる訳もない。俺そっと片手を抜き携帯を取り着信をきりメールを打つ。

『ゴメン今キーボくん』

 それで、分かってくれるだろうと、思っていたら、直ぐに返事がくる。

『実はお姉さんから連絡をもらいました。

 澤山さんに会いに行かかれると張り切っています。どうしましょか?

 今から何故か待ち合わせて行く事になってしまったのですが……』

 え? どういう事? 色んな意味不明で訳分からない。

「キーボくん? どうかした?」

声出したつもりはないけど動揺が外部に、伝わってしまったようだ。俺は慌てて笑顔を繕い、何でもないとポーズで示す。内部の表情なんて見えないと思うのに、動作にあわせた顔をしてしまうのは人間として仕方がない。

『小野くん! お願い!! 何とかして阻止して!! 今、俺うごけない』

 身体をフヨフヨ動かしながら、俺は祈りに似た想いで、片手でメールを入力して返信する。

 不安に駆られながも、自転車の正しい乗り方を指導する言葉に反応を返し、頑張って場を盛り上げていたら、返信がある。

『分かりました! 出切る限り時間稼いで頑張ります!!』

 頼もしい言葉に俺は感動し、小野くんという人物がますます好きになった。本当になんていいヤツなんだろうか!

 とはいえ小野くんはシッカリした子であるが、相手はあの凜である。止められるのか? 不安に苛まれながらもキーボくんとして仕事をしていたら、携帯が着信する。

『今、二人で駅ビルの喫茶店にいます』

 小野くん流石! 駅まで凛を連れ出してくれたようだ。ホッとしながらキーボくんに集中する事にした。そして交通安全の仕事をやり終えて、警察の交通課の方に挨拶して別れてキーボくんのまま帰る事にする。そして携帯を取り出し小野くんにメールする。

「コチラは終わりました。 着替えてすぐそちらに向かいます。今どちらに? まだ駅ビルの喫茶店?」

 取り敢えず一旦家に戻りキーボくんをサッサと脱いで凛を止めなけれぼいけない。そうして周りの人に手を振りながら商店街へ向っていると携帯が震える。小野くんからだ。

『今、Blue Mallowにいます。お姉さんと』

 書かれていた文字に俺は固まる。そしてその言葉の意味が理解出来た瞬間俺は走り出していた。


黒猫のスキャットの方で、小野くんの視点で同じエピソードが語られてます。

凜さんの一番の被害者は実は、小野くんなのかもしれません。

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